第42話 フォグドラゴン

 濃い霧に包まれた森の中に、沼を見つける。


「ここだ。」

霧で覆われた沼の、見えない中心を見据える様にギルバートは言った。


その沼の大きさが果たしてどの程度あるのかグレッグ達には計り知れない。


「まず俺が魔法で沼に攻撃をする。攻撃を知ったフォグドラゴンが現れるはずだ。奴がこっちを視認したら出来るだけ早いスピードで攻撃をしながらあそこまで走る。」

そう言うと、先程通って来た草地を指差す。

「グレッグは草地の奥の木の陰で待機していろ。沼に向かって正面に位置するようにだ。うまくおびきだせたら俺が左側、ペルセウスが右側、そしてグレッグが正面に来るような配置だ。」


「わかった。」

グレッグは緊張したように言った。


「常に距離をとってヤツから見えない場所だぞ。」

ギルバートはさらに指示する。

3人はお互いの連携を確認する。


 グレッグはカバンからガスマスクを3つ取り出す。

「マスクはしっかり被ってよ。」

グレッグが言った。


 フォグドラゴンの体力が半分以上削られた時、咆哮とともに口から霧状の神経毒を噴射する。これを少しでも吸い込むとすぐに身体が麻痺し五分程度で死に至る、と、エルマーが集めた情報だと言って教えていた。

ガスマスクはその為の装備として3人分持って来ていた。


「毒霧ねぇ。」

そう言いながらギルバートはグレッグから受け取ったガスマスクの構造を確かめるように触る。

「まあ、用心に越したことは無いからな。」

そう言ってギルバートはきっちりとガスマスクを被った。


−−−


「ハァッハァッ」

マスクの中で自分の吐く息の音が大きくこもる。


ギルバートはフォグドラゴンに攻撃を仕掛けて草地におびき寄せてからずっと、30分は休みなく全力で走り回っている。


反対側にいるペルセウスが攻撃を仕掛けたタイミングで走りながらフォグドラゴンの後方回り込み、隙を狙って剣を突き立てる。フォグドラゴンは攻撃を受けた方向に長い首を向けてダークボールを連射する。斬りつけてから離れる、この一連の動きの繰り返しだ。


ギルバートは息を荒げながら考える。

フォグドラゴンのダークボールを避けながら止まらないように走る。

斬りつけることは出来るが、一向にフォグドラゴンの様子は変わらない。


「同じところを狙うか。」

これまでより慎重に走りながら足の付け根付近を狙う。


何度か繰り返した後、ギルバートはある事に気づいた。

「自己回復のスピードに追いついていない。」

何度もつけたはずの傷は未だドラゴンの血を流すには至っていなかった。


ペルセウスのサンダーボルトも10回以上ヒットしているが、これも同様に自己回復しているようだった。

「やはりダメか。」

走り続けて足がもつれ始めてきた。


ドラゴンから距離を取り、急いで魔方陣を自分に向けて描き回復魔法リキュパレイトをかけて体力の回復をする。


「キリがないな。」

ディフェンスや回復魔法を何度も使用したせいで魔力も残り少ない。


ペルセウスに合図する。事前に決めていた退却の合図だった。


「下がっていろ。」

ペルセウスはマスクを一瞬外すと大声で言った。


ペルセウスは全く息も上がっていない様子だ。


「なんだ、まだ本気出してなかったのか。」

ギルバートは言う通りに下がった。

(どう仕掛けるつもりだ・・。)


 ギルバートが下がったのを確認したペルセウスは再びマスクを被る。同時に、一瞬消えたかのようなスピードでフォグドラゴンの正面に出ると轟音と共に斬りかかっていた。


薄っすらと霧の張った一帯に穴を開けたかのようにペルセウスの動きと共に空気が動く。

ペルセウスは疾風を起こしながら縦横無尽に動き回りフォグドラゴンを翻弄する。

フォグドラゴンは大きな体をバタつかせペルセウスの動いた方に首を向けながら移動するがそのスピードについていけない。だがこれまで放ったものより数段威力の高いダークボールを次々とペルセウス目掛けて打ち続ける。

しかしペルセウスにはまるで当たらない。

草が生い茂っていた地面はダークボールの着弾を受けて黒い水玉模様が広がっていく。


胸を斬り付けられたフォグドラゴンは遂に咆哮をあげた。


エルマーの情報通り、霧状の白いもの口から噴射した。


霧状のものを噴射し終えるとドラゴンは羽を広げた。羽ばたきで強い風が起こる。まるでウィンドスラッシュを放ったかのような風の刃が近くの木の葉を切り刻み、舞い上げる。

ペルセウスは強烈な風を防ぐ為、防御の姿勢をとる。


「まずい、逃げられる。」

ギルバートが叫ぶ。


すると「パンっ」と言う乾いた音とともに、ドラゴンの広げた羽を支える骨が折れ曲がった。

グレッグの狙撃だった。


ペルセウスはひるんだドラゴンの身体を伝って高く飛び上がり、回転しながらフォグドラゴンの羽の片方を切り落とした。

ドラゴンはドスンと片側に傾いた。


次の瞬間、ペルセウスの剣からはまるで流星群のような光が幾筋も同時に放たれ、スピードに乗ったペルセウスがフォグドラゴンの胸に剣を突き刺した。


倒れてバタつくフォグドラゴンの胸にはペルセウスの黄金の剣が根元まで刺さっていた。


 ドラゴンが息絶えると、辺りは爽やかな風とともに一気に霧が晴れる。


「終わったんだな。」

マスクを外したギルバートの顔は穏やかだった。


−−−


 ギルバートがドラゴンの解体を進める間、グレッグが森の中での植物採集を終えて戻って来た。

「これで合ってますか。」

グレッグは摘み取った植物のカゴをギルバートに見せる。

「キランゲソウにミツガシワ、ミナミオトギリソウだな。よく見つけたな。あとは赤草だな。あれは洞窟の中にしか生えないからな。」

「赤草はアテがあるので大丈夫です。」

グレッグはそう言うと植物達をカゴごと鞄に入れた。


「それにしてもこの剣、すごいぜ。ドラゴンの鱗をやすやすと剥ぎ取れる。」

使い道がありそうだと言ってギルバートはドラゴンの図体から切り取ったものを種別ごとに分類しながら分けている。

「鱗は素手で触っちゃダメですよ。」

「おう、大丈夫だ。エルマー様から借りてるグローブがあるからな。」

ギルバートはそう言うと剥ぎ取った鱗を見せた。

30㎝ほどの扇型の鱗は光を反射して七色に光った。



「時間かかるのか。」

様子を見ていたペルセウスが聞いた。

一枚一枚鱗を剥がし出したギルバートに呆れ顔をしている。


「確かにな。この調子じゃ丸二日はかかっちまうな。」

「そうか。場所を変えないか。」

「そうだな。もう夕方だし一旦戻るか。」

「ああ。まとめて転移する。」

そう言うとペルセウスは乗って来たアンデッドホース3頭と横たわる無残なフォグドラゴンをまとめて転移した。

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