第41話 ギルバートとフェンリ村

 武器を調達した翌朝、グレッグはランソの東門にある馬車の停泊場で待っていた。


 ペルセウスとギルバートは連れ立って現れた。


「おう、グレッグ、待ったか。」

ギルバートは白い歯を見せて笑いながらゆっくり歩いてくる。


「はい、2時間ほど待ちましたよ。」

グレッグはそう言うと頬を膨らませた。


「いやー昨日は遅くまで飲んだからな。」

未だ酒が残っているかのような上機嫌なギルバートに呆れる。


「のんきなものですね。ったく俺が真面目に準備して来たって言うのに。」


 グレッグはエルマーと話した後、騎士団の訓練場でメリッサと狙撃銃の訓練を行なった。厳しいメリッサが合格を出したのはすっかり日が暮れた頃だった。


「その馬・・。」

ギルバートはグレッグが手綱を持っている3頭の馬を目を凝らして眺める。


「こりゃアンデッドホースじゃねえのか。」

「そうですよ。」

「そうですよって、どう言うことだ。アンデッドホースをテイムしたのか。」


「それは後で説明します。この赤い印のある鞍をつけているのがベイク、青い印がナツメ、白い印がシャドーです。名前を呼ぶと主人だと認識し従順ですが、不用意に触ると敵だと判断するので気をつけてください。」

アンデッドホースに手を伸ばそうとしたギルバートは慌てて手を引っ込める。


グレッグが馬を割り当てると、ギルバードは担いで来た大きなリュックをベイクに括り付けた。


「ここからレリスタの街までは海岸に沿って通商路を進む。馬を飛ばせば日が暮れる前には着くだろう。レリスタからは田舎道を進むことになるが、目的のフェンリ村までにデンネムという小さな街がある。そこに寄れば野宿しないで済む。」

ギルバートは地図を広げて二人に説明した。


「デンネムまでの経路は魔獣は滅多に現れないから心配しなくていい。」

心配している事を察したのか、ギルバートはグレッグの肩に手を置いて笑顔で言った。


−−−


 予定通り日暮れ前にレリスタに到着した3人は、ギルバートが馴染みだという宿屋に入った。


「それにしても驚いたぜ。本当に日暮れ前に着くとはな。」

宿屋の食堂でギルバートはビールを一気に飲み干す。

「確かに、普通の馬なら夜遅くなってましたね。」

グレッグはソーダ水を飲みながら眉を寄せてギルバートを見る。


「グレッグが不安そうな顔してたからな。夜遅くなるって言ったら怒ったろ?」

「まったく。遅刻しておいてごまかすとは。俺はそういうの逆にイラっとくる質なんで、正確な情報をお願いします。」

「わかったよ。今日は俺のおごりだ。さあ、ペルセウスも遠慮なく飲めよ。」


宿屋の食堂は徐々に客が増えて賑わいを見せていた。


「なあ。そろそろ教えてくれよ。誘っといてなんだが、あんた達一体何者なんだ。」

ギルバートは聞いた。


「作戦会議も必要ですし、場所を移しましょう。」


−−−


 「俺たちはペガスエルームに所属しています。」


部屋に持ち込んだワインの栓を脱いたギルバートは一瞬固まり、おもむろにワインをグラスに注ぐとゴクリと喉を鳴らして飲んだ。


「ペガスエルームね。あまり詳しくはないが、領主まで上り詰めた冒険者だしな。アンデッドホースをテイムできる程のチームってことか。」

ギルバートは言った。



 グレッグは、エルマーから聞いたドラゴンの情報を丁寧に伝える。


「ランクの規格外か。それは想定外だったな。」

ほろ酔いだったギルバートは真顔に戻っていた。


「エルマーですら用心が必要だと言っていました。それで、武具を預かってきました。」

グレッグはカバンから長い剣を取り出した。


何も入っていないようなペラペラの肩掛け鞄から、長い剣が出てきたのを見て、ギルバートは目を丸くする。

「なに、その鞄。」


「これはペガスエルーム特製の異次元カバンです。」

グレッグはさらっと流して剣の説明をする。


「ペルセウスとギルバートの分も合わせてフル装備用意しています。フェンリ村に着いたら渡します。」

グレッグはそう言うと、剣をカバンに戻した。


「それと、一番大切な事なのですが、ペルセウスには回復薬も回復魔法も効きません。」


「どう言う事だ。」

「ペルセウスは特殊な体質なんです。」

「つまり、怪我を負ったら戦闘の継続は難しいって事だな。」

ギルバートが確認する。

「そうなるな。」

ペルセウスが言った。


「戦闘中にペルセウスが怪我を負った場合は、すぐに退却します。」

グレッグが言った。


「わかった。俺も無理はしないと決めている。」

ギルバートは頷いた。


「退却することになった場合、ペルセウスの状況によってはペガスエルームに戻します。」

「わかった。」

ペルセウスが言った。

「ペガスエルームに戻すってどういうことだ?」

ギルバートが聞いた。

「転移魔法です。」

グレッグはギルバートに転移魔法について説明した。


「異次元カバンに転移魔法ね。まるで勇者伝説だな。」

ギルバートは言った。


−−−


 土砂降りの中、グレッグ達はフェンリ村に到着した。


ギルバートは迷う様子もなく、一軒の家の前で馬を降りた。ペルセウス達も馬を降りると馬小屋に馬を入れる。


「ギルバートなの?」

家のドアを開け、大きな声で言ったのは若い女性だった。

3人は女性に促されて家に入ると、ずぶ濡れの服を着替えた。


女性は奥の部屋から椅子を持ってくると、4人は簡素な木のダイニングテーブルを囲んで座る。


「1年ぶりね。」


暖かいお茶を用意したと、ポットを運びながら女性が言った。


「テリーは?」

ギルバートが聞いた。

「兄さんは半年前にアルロの王都に出たの。たまに手紙で連絡をよこすわ。今は荷運びの仕事をしてるみたい。」

「荷運びね。」


二人が話し出したのを見てグレッグはギルバートをつついた。


「おう、すまん。ソフィー、こちらはペルセウスとグレッグ、今パーティを組んでるんだ。で、こっちはソフィー。」

ギルバートは両者に紹介した。


「この雨の中大変だったわね。」

ソフィーが言った。

「突然お邪魔してすみません。」

グレッグが言った。


「この様子だとしばらく雨は止まないわね。兄さんの部屋が空いてるし、今日は休んでいってね。」

「悪いな。」

ギルバートは言った。

「あら、殊勝なこと。」

ソフィーはそう言うと、食事を準備すると言って席を外した。


「綺麗な人ですね。」

グレッグはギルバートに言った。

「え、ああそうだな。」

ギルバートは動揺した様に見えた。


 食事を食べながらソフィーはこの村周辺の様子を教えてくれた。最近はランクの高い魔獣が目撃される事も増えたと言う。


「直接の被害は出てないけど、村を出る人も増えてきてるわ。兄さんみたいに狩を仕事にしてた連中は特にね。」

「そうか、だんだん酷くなってるみたいだな。」

ギルバートはそう言うと、目撃された魔獣の情報を確認した。


「今回はやれる気がするんだ。ペルセウスは俺より強いし、グレッグは賢いからな。」

「なにそれ、自信持って言う割には、人頼みじゃない。」

ソフィーは笑った。


食事を終えてしばらく話しをした後、ペルセウスは席を立った。

「我は先に寝る。」

そう言うとペルセウスはグレッグの腕を掴んだ。

「あ、じゃあ俺も先に寝ます。」


−−−


 二人きりになったダイニングでソフィーはテーブルを片付ける。


「ワイン飲む?」

「ありがとう、だが今日はいい。」


「ねえ、これからも今の仕事続けるの?」

ソフィーがギルバートに聞いた。


「・・そうだな。俺にはこの生き方しか分からないからな。」


「そう。わかったわ。」

ソフィーは下を向いて微笑んだ。


「言いそびれてたけど、私、来月お嫁に行くの。」

ソフィーはギルバートの目を見た。


「へ、へえ良かったじゃねえか。」

ギルバートはわざと明るい声で言った。

「そうね。」

ソフィーは悲しそうに笑った。


「ソフィーを嫁に貰ってくれるっていうモノ好きがいたんだな。」

少し間が空いた後、ギルバートが言った。


「私がモテるって知らなかったみたいね。」

ソフィーはいつもの調子で冗談ぽく言った。



−−−


 翌朝は青空が広がった。


ギルバート達を見送りに、フェンリ村の多くの人達が集まった。


「頼んだぞ、ギルバート。」

「期待してるよ。」

フェンリ村の人達はギルバートに明るく声をかける。


「無理しないでね。」

ソフィーが3人分のお弁当を渡してくれた。

「おう、ありがとう。」


3人は手を振る村人達を背にして、森へ向かった。

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