第40話 回想:リゲルとの邂逅

 グレッグと話をした後、エルマーは執務室に戻った。


(フォグドラゴンの討伐はペルセウスの戦力があれば大丈夫だろう。あの時とは違い強力な武具もある。)


グレッグに伝えたようにフォグドラゴンの討伐はペルセウスに任せることにした。


 執務机の引き出しに入れてある日記を取り出して、パラパラとめくる。

あの時、ブリザードドラゴンを倒せたのは奇跡だった。そう思い返す。


 エルマーは特に魔獣討伐や冒険に関しては慎重すぎるほど慎重に行っていたが、あの時ほど勝算が危ぶまれるものに向かったことはなかった。


 リゲルを仲間にするため、あの村と共にリゲルを救うために行動した。


−−−


 「gp歴 539年3月21日 ジューロ山脈ふもと クリッケ村到着」


エルマーは記録すると、日記の空白ページを飛ばして最後のページを開く。

そこには細かに年表が書いてある。

『16歳』の欄には「リゲル」と書かれていた。


「無事に会えるだろうか。」

エルマーはつぶやいた。


 ゲームの中での時間の経過については曖昧だった。10歳で旅立ち、14歳で冒険者登録ができるようになり、ノワのクーデターが20歳で起こること以外その間の時間の経過を示唆する情報はなかった。


 この世界で冒険者登録してからメリッサと出会うまでの経過時間を基に、20歳までの年表の年齢軸は一度書き直している。


 メリッサが仲間になった後にリゲルを仲間にすることができるはずだが、これがいつの出来事なのかは推測でしかなかった。

出会えるのはジューロ山脈の麓の村であること、そして雪解け間近の時季だったということ以外はわからない。


 メリッサと出会ったイユヒンという街から、ここジューロ山脈までの道のりにほぼ1年かかっている。

 ゲームの中では途中でどんなにレベル上げで時間を使ったとしても、ここにくればリゲルとのエンカウントは果たせた。

そんな時間軸を気にしなくて良い世界と実際に1年経てば年をとるこの世界とではそもそも違うのかもしれない。


「ぶつぶつとうるさいぞ。」


武器の手入れをしていたメリッサが言った。


振り返るとタンクトップに短パンという格好で武器の手入れをしながらあぐらをかいているメリッサの白い脚が目に入った。エルマーは視線を泳がせる。


 出会ってから道中の宿泊はお金の問題でウバシュとメリッサとは同室である。エルマーより3つ年上のメリッサはエルマーを全く男だと意識しない。そのこと自体には何も不満はないのだが、メリッサの艶やかな黒髪と健康的な肉体は、転生前の世界でも相当に美しい部類に入る。


「考えすぎるのが悪い癖だ。」

メリッサはさらに言った。


それはエルマーも自覚していた。一度魔獣との戦闘中に余計なことを考え危うく死にかけたことがある。


 メリッサは常にその場の状況に集中して的確な示唆をする。メリッサが仲間になった事はエルマーにとって大きな助けとなっていた。


「すみません。僕はそろそろ寝ます。」

そういってエルマーは日記を鞄にしまうと、2つあるうちのウバシュが寝ているベッドに入った。ベッドに入ってウバシュのフサフサした肩に顔を埋めた。


 翌朝、早く目覚めたエルマーは窓にかかるカーテンを少し開けて外を見る。昨日の吹雪とはうって変わり、青空が広がっていた。ジューロ山脈の山並みがくっきりと見渡せる。


 まだ寝ている二人を残してエルマーは宿屋を出ると、村のパン屋に来た。朝ご飯を買うためだった。


パン屋の前はバターのいい香りがしていた。

エルマーはパン屋の窓から中を覗き込む。エルマーの好きなロールパンが積んであった。


店の扉に手をかけようとした時、裏手から声が聞こえた。


「これで3ギリーは少ねえだろ。」

「買ってやるだけでありがたいと思うんだな。」

「足元見やがって。」

「なんだその口の聞き方は。お前からは肉を買わないって、村中で決めてもいいんだぞ。」

「っわかったよ。」


男たちの声がする方をたどり、エルマーは裏手に回る。


エプロンをつけたパン屋の主人らしき男と、毛糸の帽子を深くかぶった男が話していた。


草で包まれた肉の塊のようなものをパン屋に渡した帽子の男は、小銅貨3枚を受け取るとふてくされて歩き出した。


声の感じからするとまだ若い男のようだ。腰にはスカートのように布を巻いている。エルマーはその男の後を追った。


 村の子供二人が、帽子の男に石を投げつけだした。

「痛いってえな、何すんだクソガキ。」

「お前のせいで魔獣が増えたって父さんがいってたぞ。このケモノー。」

「ケモノー。」

「なんだと。この野郎。」

男は子供を脅すような素振りを見せた。

子供達はさらに石を掴んだ。


「こら、やめなさい。」

その様子を見ていたのか、品の良さそうな高齢の婦人が家から出てきて子供たちをたしなめた。

子供たちはその婦人に何やら言い訳をして、慌てて去って行った。

エルマーがそちらに気を取られていると、その隙に帽子の男は何処かへ行ってしまった。


「あ、あの、すみません。」

エルマーはその婦人に声をかけた。

「はい、何か?」

婦人は穏やかに答えた。


「あの、僕は冒険者をしていて、昨日この村に来ました。色々と勝手がわからないのですが、もしよければ少しお話しできませんか。」

「えっ。」

婦人は訝しんだ様子でエルマーを見た。


(しまった、なんか変なナンパみたいな感じに思われたか。)

エルマーは焦る。


婦人はにっこりと笑うとエルマーを自分の家にあげてくれた。


「随分若い冒険者さんなので驚いたわ。それに、この村に冒険者が訪れるのは珍しいの。」

婦人はソーサー付の上品なカップに紅茶を注ぎながら言った。


「ありがとうございます。いただきます。」

エルマーは紅茶に口をつけた。

「いい香りですね。」

「まあ。若いのに紅茶の香りがわかるのね。」


婦人は突然現れた冒険者に好意を持ったのか、お茶うけの砂糖菓子も勧めてくれた。


お茶を飲みながら婦人は村のことをにこやかに話す。旅人が立ち寄れそうなお店や、牧場で作られる名産のバターの話などをしてくれた。


「あの、さっきの子供たちが『魔獣が増えた』って言ってたんですが、それは本当ですか。」

「そう見たいなの。数年前ぐらいからかしら。以前は山に山菜や薬草なんかを取りによく出かけたんだけど、最近は山への立ち入りが禁止になったわ。」

「それは困りますね。」

「ええ。そうね。」

「さっきの男が関係しているって子供が言ってましたが。」

エルマーが聞くと、婦人はため息をついた。


「さっきの・・彼の事ね。あの子、といってももう大人になる歳だけど、いい子なの。村のみんなは色々というけれど、根も葉もない事だわ。」

婦人はそういうと悲しそうな顔をした。


「根も葉もない事って、どんな事ですか。」

「他所から来たあなたにはあまり関係のない事かもしれないけど、あの子は少しみんなと違うところがあって誤解をされてるの。」

「誤解ですか?」

「ええ。もともとあの子は村の外れに住んでた私の従兄弟のライナスが育てていたの。本当に可愛らしいやんちゃな子で、その頃は村のみんなも可愛がっていたわ。でもライナスが亡くなって、あの子は教会で引き取られて。」 

エルマーは頷きながら話を聞く。

婦人は涙を浮かべる。


「悪い偶然が重なったの。あの子が引き取られて間も無く教会の神父様も亡くなってしまって。ちょうどその頃牧場で牛が殺される事件もあって、だれかがあの子のせいだって言い出したわ。」

「牛が殺される事件ですか。」

「ええ。それこそ全く根拠も無い噂だったんだけど、村中であの子は疎まれるようになってしまって。教会にもいづらくなったのか、しばらくして一人で山の中腹にある猟師小屋に住み始めたわ。その後、牛を殺したのは魔獣だってわかったけど、村のみんなの態度は変わらなかった。そのうちに今度は魔獣が増え出したのはあの子のせいだって言い出して。」

「確かになんの根拠もなさそうな話ですね。」

「ええ。私はライナスのところによく世話をしに行ってたから、あの子が他の子達と違うなんて思った事ないわ。でもね。」

婦人は言葉を詰まらせた。


「この村の人たちはみんな臆病なの。私も含めて。私は彼をかばってあげる事が出来なかった。」



 エルマーは婦人にお礼を言うと宿屋への道を戻る。


途中パン屋の前を通ったが、宿屋の味のない粥で我慢するか、と思い直して足早に帰った。


 婦人は明言しなかったが、あの男はリゲルだろう。エルマーは確信していた。



−−−


 山小屋までの道中は予想外に苦戦を強いられた。


雪が残る山道はぬかるみ、湿ったブーツが重たい。

ランクの高い魔獣が次々と現れてエルマーたちは体力を消耗する。


「少し休憩しよう。」

エルマーはそう言うと見晴らしのいい開けた場所に腰を降ろした。


「もう疲れたよ。一旦引き返そうよ。」

ウバシュが言った。メリッサも同意見のようで、黙って切り株に座り、荒い息をしている。


(確かに、山の中腹まではまだありそうだ。それに肝心の山小屋が見えてこない。ウバシュが疲れたってことは魔力を半分は消耗してしまっている。このまま進んで魔力が枯渇することになれば貴重な回復薬や聖水を使わざるを得なくなるな)

エルマーは悩む。


 一息つく間も無く、また魔獣が出て来た。ドードーの群だった。


エルマーは慌てて剣を抜く。


(ここに来てドードーの群れって、やはりこの山を舐めてたか・・。)


エルマーは息を整えながらドードーの動きを確認する。囲まれないように距離を取りながら3人は広がる。


連携しながら何とかドードー達を倒していく。ウバシュの動きがかなり鈍い。


(不味いな、魔力が持たないか。)


「後1体だ。気をぬくな。」

メリッサが声を掛ける。


エルマーは刺し殺したドードーから剣を抜きながら、残りの1体に目をやる。

動きの鈍くなったウバシュに狙いを絞ったのか、最後のドードーがウバシュ目掛けて突進した。


「おい、ウバシュ、後ろだ。」

エルマーは慌てる。


(まずい、間に合わない・・っ。)


その瞬間、エルマーの目の前を、ビュン、と矢が通り過ぎた。


「ギュアァァ」

ドードーがその場に倒れた。

倒れたドードーの太い脚には矢が刺さっていた。


 矢が飛んで来た方向の木陰から男が現れた。

男の頭には獣の耳があった。大きな尻尾を揺らしながら歩いてくる。

男は射ったドードーが倒れているところまで来ると、その首根っこを掴み剣で首を刈った。


男はそのままエルマーの方へ振り返る。


「あんた、村にいたな。ここに何の用だ。山は立ち入り禁止だと知らねえのか。」

男が言った。


「僕のこと気づいていたんですか。」

エルマーはにっこりと笑った。


−−−


 出会いの後、エルマー達はリゲルの山小屋に毎日通った。そしてしばらくしてリゲルと一緒にブリザードドラゴン討伐に向かった。

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