第39話 エルマーのドラゴンノート
決起集会だと言って昨日に続いて飲みに連れて行こうとするギルバートを振り切って、グレッグはペガスエルーム城に一旦戻ることにした。
「お前に任せる」と一言告げてペルセウスはギルバートに連れ立って飲み屋に向かった。ペルセウスは飲み屋が気に入ったらしい。
「まったく昼間から。これだから大人は困るな。」
グレッグはブツブツと言いながらペガスエルーム城のエルマーの執務室に訪れた。
−−−
「フォグドラゴンですか。」
そう言ったエルマーの顔はいつもの笑顔を失っていた。
グレッグの話を聞いてそう一言漏らすと、エルマーはそのまま押し黙る。
フォグドラゴンは討伐予定にはしていたが、それはまだ先の話だった。
(ここでギルバートに遭遇するとはね。)
「ハァ・・」
エルマーは大きなため息をついた。
ギルバートは《フィールドオブブレイブ》に登場する。一時的にペガスエルームの仲間に加わり戦闘に参加する人物だった。
(二人でランソに行かせたのは果たして失敗だったのか。)
エルマーはグレッグの話を整理しながら思案する。
沈黙が続く中、グレッグはいつもと違うエルマーの様子に焦っていた。
(何か気に触ることをしでかしたのか、それともフォグドラゴンって相当ヤバイのか・・。)
グレッグは手に汗を滲ませる。
「フォグドラゴンはその名の通り、湿地帯を好み、またその存在を隠すかのように周辺はいつも霧で包まれています。ランク10とありますが、それ以上のランク付けが無いため、フォグドラゴンに限らずドラゴンは一様にランク10とされます。」
「それ以上のランク付けが無いというのは、他のランク10とは違う、と言うことですか。」
グレッグが聞く。
「はい、魔獣ランクの規格外の存在です。ちなみにアダマスドラゴンやシールドラゴンなどはドラゴンと名付けられていますが、ドラゴンの系統ではありません。この名づけによって世間ではドラゴンの恐ろしさがあまり伝わっていないのですが、真性のドラゴンはこれらとは格段の差があります。強いて系統を分ければワイバーン、ブルーリザードなどがドラゴンの亜種と言える存在です。」
「ではフォグドラゴンは真性のドラゴンなのでしょうか。」
「ほぼ間違いなく真性のドラゴンだと考えていいでしょう。」
エルマーはそう言うと今度は古びた薄い本を開く。
「これはおよそ80年程前にドラゴンの研究者がまとめたものです。大陸各地のドラゴン伝説や遭遇記録などを丁寧に記載しています。この本には先ほど言ったドラゴンと名がつく魔獣達の記載もありますが、真性ドラゴンとの差は明らかです。」
エルマーの話をグレッグは黙って聞く。
「この本から導き出される真性ドラゴンの要件は三つあります。まず高い知性を持つこと、そして二つめにドラゴンの住処付近の土地は一様に魔獣が多いこと、そして三つ目に神話や伝説を除き討伐記録がないことです。」
エルマーは続ける。
「魔獣が増えたという点でアルロ王国とスリジク王国の境界の森はその特徴を示していますし、フォグドラゴンの遭遇記録は歴史上多々あるものの、その討伐が行われたという記録はありません。」
「討伐記録がないって、つまり討伐不可能だっていうことですか。」
「そうとは言えません。エルームで一度ブリザードドラゴンを討伐しています。」
「えっ。」
グレッグは驚く。
「その討伐はリゲルがチームに加わる切っ掛けとなったものなのですが、アルロ王国の東にあるジューロ山脈にブリザードドラゴンが住み着き、その影響で麓の村は荒れていました。あのまま放置すればジューロ山脈一帯は人が住めない地域になったでしょう。」
「そうだったんですか。」
「ドラゴンは人里離れた場所にいる限り、大きな影響を及ぼさないと考えられていますが、それはここ200年程の話です。この本の作者が集めた伝説では、この大陸は2000年前にドラゴン達によって破滅的な被害がもたらされています。それ以降も度々各地でドラゴンにより村や街が襲われて被害を受けた記録があります。その為、その数が増えないよう討伐の必要はあるのです。」
そういうと、エルマーは『ドラゴン』と表紙に大きく書かれた紙の束を手に取った。
「このノートは僕が情報収拾してまとめたものなのですが、現在この大陸に存在していると思われるドラゴンは8体。オハル砂漠に住むスカーレットドラゴン、ドーアの南平原に住むステップドラゴン、そしてフォグドラゴンは遭遇記録によって確定しています。残り5体は僕の推測です。」
グレッグはエルマーのノートを見る。
「これは大陸全体の地図ですね。そしてこの赤い点がドラゴン。」
「そうです。」
「国の境界に位置しているものが多いですね。」
グレッグが言った。
「もともと国の境界は山脈や砂漠などですから、人里離れていてドラゴンが住みやすかった、と考えることもできます。ただし、今はドラゴンによって境界が確定させられた状態であるとも言えます。」
「この依頼、受けないほうがいいでしょうか。」
グレッグはエルマーの言葉の意味を考えて言った。
「あの地域でのフォグドラゴンの最初の遭遇記録を考えると、まだ若いドラゴンだと推定されます。成熟前の今のタイミングであれば戦力が揃えばフォグドラゴンの討伐は可能だと思います。僕たちが倒したブリザードドラゴンも恐らくまだ未熟な状態だった。ペルセウスなら以前の僕たちより戦力は高いでしょう。それに、実は僕もフォグドラゴンの討伐計画を立てていました。」
「では、ギルバートとではなくペガスエルームで討伐に行ったほうがいいんじゃないですか。」
グレッグの言葉にエルマーは複雑な表情を浮かべる。
「ペルセウスがギルバートと討伐に行くことに受諾したと言うことは、ギルバートを気に入ってその目的に賛同していると言うことです。」
(確かに、あの孤高のペルセウスがギルバートに馴れ馴れしくされても嫌がる様子を見せていない。)
グレッグは二人の様子を思い浮かべる。
「彼は今はペガスエルームに所属してくれていますが、そもそも魔国の皇帝です。やむを得ない場合を除いて僕がしゃしゃり出て行く真似は避けたいのです。」
エルマーは笑顔で言った。
−−−
エルマーとグレッグは城の地下に続く階段を降りる。
「ここは武具倉庫です。」
エルマーは重たい鉄の扉に掛かっている錠をガチャリと外す。
グレッグは初めて訪れる武具倉庫に感動する。その広さもさることながら、一つ一つの武具が綺麗に並べられ、各棚に武具の名前とレベルや特徴が記載された説明書きが貼られていた。何列もある棚の間を奥に進む。そこにはドラゴン対策用の一画があった。
「ギルバートは剣士レベル60と言っていましたね。」
エルマーが確認する。
「はい。」
「ではこの剣が使えるでしょう。」
そういってエルマーは青く光る刀身の長い剣を手にした。
「これはドラゴンスレイヤーと呼ばれる剣です。僕がブリザードドラゴンを倒したときに使用しました。」
グレッグはたじろぎながら剣を眺める。
「ドラゴンの鱗は強酸性の粘膜で覆われているので、一般的な鋼の剣では、ドラゴンの方がその耐久度を上回ってしまいます。この剣はプラチナのような特色を持つ金属を加工した金属で作られています。この金属で作られた剣はこれ以外は現存していません。」
エルマーはドラゴンスレイヤーの刀身を鞘に納めグレッグに渡した。
「そんな貴重な剣を、いいんですか。」
「もちろんです。」
そう言うとエルマーはさらに奥の区画に移る。
「これは覇者の剣と僕が呼んでいるものです。」
黄金色の太く分厚い刀身をもつ剣が飾られている。
覇者の剣は北の砦の先にあった古代遺跡に残されていたものだった。
「大きな剣ですね。」
「これははっきり言えばペルセウス専用の剣です。」
「ペルセウス専用ですか?」
「これは魔力レベルが100に到達していないと使用できない上に、魔剣士と聖騎士のクラフトレベルが80以上ないとその効果が発動しません。」
「魔力レベルが100って・・それに魔剣士と聖騎士って・・。」
グレッグは驚愕した。
「おそらく常人には不可能な領域です。長く生きる魔族だからこそ到達できるレベルです。」
「へえ。」
グレッグはペルセウスの強さを改めて数値で知らされ、言葉が続かなかった。
「これをペルセウスに使うように渡してください。」
グレッグは恐る恐る受け取る。
触れているだけでも威圧されるような剣をそのままカバンの中に入れた。
「魔法の威力を乗せて剣を振るうと巨大なダメージを集中させることができます。」
エルマーは説明した。
「それと、グレッグはライフルですね。」
再び区画を移動する。
「これはギルフで改良したSAC82と言う種類の大型の狙撃銃です。グレッグはできるだけフォグドラゴンから距離をとって2人の援護をしてください。」
「こんな大型のライフル、使ったことないです。」
「そうですか。では少し練習していったほうがいいですね。射程範囲も500メートルあり、ドラゴンに衝撃を与えるに足る威力もあります。銃の使用方法などはメリッサが教えてくれると思います。」
その後、エルマーはノートを見ながらフォグドラゴンの攻撃を軽減できるという防具や盾を選び次々とグレッグに渡した。
「知っていると思いますが、ペルセウスに
エルマーはグレッグにアドバイスをする。
グレッグはそのアドバイスと共にエルマーが渡した武具の意味を理解して頷いた。
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