【短編版】一人暮らしは寂しいのでメイドを雇った俺、雇ったメイドがヤンデレだった件

依奈

第1話


 五月。新緑の季節。

 暖かな風が肌を通して伝わり、気持ちが良い。そんな過ごしやすい季節のことだった。


「本日よりご主人様のお世話を担当させていただく、メイドの神崎かんざきと申します。よろしくお願いいたします」


 一人暮らしをしていた祐介ゆうすけもとに舞い降りてきた美少女メイド・神崎。それも彼が依頼したのだ。


 腰まで到達する程の長い黒髪。クールなのにどこか可愛らしい、猫のような栗色の瞳。背は少し高めだった。


(良かった、本当に来てくれたんだ……)


 実は内心、メイドなんて本当に実在するのか? と半信半疑だった。何せ初めてのことだから。



 ――時は遡って先月。

 両親が脱線事故で他界した。高校に入学してすぐのことだった。タイミング悪すぎるし、神を呪った。両親の後を追って自殺を考えるほどに祐介の心は荒んでいた。


 引き取ってくれる親戚は居らず、彼は一人暮らしをする事になった。


 だが、そんな生活は3日でリタイア。

 毎食カップラーメン。荒れ狂う部屋。洗濯機の操作方法が分からず、洗濯出来ない故の毎日同じ服。せめて下着くらいは洗おうと手洗いを試みるものの、更に悪化し臭くなった。


(もうダメだ……)


 畳でごろんする祐介。

 正直、一人暮らしがここまで寂しいなんて思ってもみなかった。家事だって限界を迎えてるし。両親の遺産は結構あった。でも家事が出来ないんじゃ意味が無い。それに物欲もそんなに無い。


 何か打開策がないかとスマホを開く。


(ここに家事をやってくれる誰かがいたらなぁ……)


 そんな思いで『使用人依頼』と検索をかけてみる。


 すると『美少女メイド館』というサイトに飛んだ。で、何故か百件以上メイドがいるのに残っているメイドは3人ほどだった。彼はその中でも一番料金が高いメイドを指名した。


 祐介は『美少女メイド館』がメイド依頼サイトと謳ったマッチングアプリだとは知らず――


 その翌日。

 玄関を開けると神崎が現れた。


 ***


 神崎は家の中へと入る。


「それではわたくしは何をすればいいのでしょうか。して欲しい事があれば、遠慮せずにわたくしに仰ってください」


「家事全般よろしく頼む」


「承知致しました、家事全般ですね」


 そう言うと神崎はそそくさと台所へと向かった。数秒後、キャベツのみじん切りする音が聞こえてくる。仕事が早い。


 祐介が身支度を済ませた頃には既にご飯はテーブルに並べられていた。


 丁度腹が減っていたのだ。有り難い。


 神崎と共に昼食をる。


「ご主人様。料理のお味は如何でしょうか」


「すごく美味しい。ありがとな」


 かああぁ、と神崎の顔が赤くなる。

 彼女のポリポリ、と頬を掻く仕草に祐介は思わず可愛いと思ってしまう。


 その後、箸の手を止めて祐介をじーっと見つめる神崎。何事かと思い、「どうした?」と彼が聞くと……


「あ、あの。ご主人様のことを親しみを込めて名前で呼んでもよろしいでしょうか」


「別にいいよ」


(それを聞く為に長い時間、恥ずかしそうに俺を見つめていたのか……)


「承知致しました」

「で、では祐介様、祐介様、ゆ、祐介、さまぁ……ぶしゅっ」


 メイド・神崎は鼻血を出して倒れる。


「ごめんなさい」


「大丈夫か?」


「はい……祐介って素敵なお名前ですね!」


「ありがとう。両親に感謝……ってもういないんだ――ごめん、暗い話になって」


「……」


 数秒、固まった後、神崎は――


「いえ。祐介様にはわたくしがいます。ずっとずっとそばにいます。だから、安心してもいいのですよ?」


 心が軽くなった気がした。

 その一言で癒やされて、このメイドを雇って本当に良かった、と心から思えた。


 食事を再開する。


「これは愚痴になってしまうのですが、全然指名してくれないんですよー。実は祐介様がだったりします」


(ここは飲み屋か)


 酔っぱらいの愚痴にも似た彼女の態度に祐介は呆れる。


 でも妙に「全然指名してくれない」という言葉が引っかかった。


「意外。神崎ってハイスペックで美少女で何でも出来そうだし、優しいのに。少なくとも俺は君を雇って良かったと思ってるよ」


「あ、ありがとうございます。褒めて頂き、大変嬉しいのですが、選ばれないのにはちゃんと理由があります。このメイド、いわくつきなのかもしれません」


「……いわくつき」


 祐介は頭を悩ませる。


「いえいえ、余計な事を言ってしまったようですね。今後分かることかと思いますので。あんまり気になさらないでください」


 そう告げると、神崎は気を取り直して食器洗いを始めた。


 さっきの彼女の言葉が引っかかったままだが、それよりもしなきゃいけない事を見つけたので、慌てて自室に戻り、茶封筒を引き出しから抜き取った。そして彼女の元へ。


 後ろ姿の彼女に声を掛ける。


「あの、お金。お前の給料、先に払っておこうと思ってな」


 確か月14万だったっけ?


 お金には困ってない。


 神崎は振り向き、キリッと真面目な表情になると。


「祐介様のもとで働けるのなら、お金なんていりません」


「え、でもサイトには月14万って書いてあったはずじゃ……」


「あんなのはどうでもいいです。わたくしが欲しいのはお金なんかじゃなくて、祐介様の身体――いえ、なんでも?」


(隠しきれてないよな?)


「へ、へー。あ、でも一円くらいは払っておかないと申し訳ないというか……本当に払わなくていいの?」


 さすがの祐介も動揺した。


「承知しました。一円くらいなら貰っておきましょう」


 そう言うと、やれやれといった表情で神崎は一円をポケットの中に入れた。


「何といいますか。わたくしが祐介様に貢ぐのはいいのですが、祐介様がわたくしに貢ぐのは、ちょっと嫌な気がするんです」


「そうか」


 彼女の事情は汲んだ。


「さて、早速ですが、メイドを雇う上での説明をさせて頂きますね。まず、金銭は不要で――」


 今、彼は神崎から共同生活する上での説明を受けていた。食品の買い出しのことだったり、風呂の時間、神崎の部屋のこと、そして約束事。


 対面する形で椅子に座り、祐介はふむふむとメモをとりながら聞いていた。


 だがこのメイド、都合の良いことしか説明してない。最後まで聞いた所で肝心の契約解除の説明が無かった事に気づき、祐介は口を開いた。


「あの、万が一、合わないとか金銭上の都合とかメイドが必要無くなった、とかで契約解除したい場合ってどうしたらいいんだ? 会社に問い合わせればいいのか?」


 という言葉を聞いた瞬間、神崎の目はギロッと獲物を狙うような目つきに変わり、つめた~い眼差しで祐介を捉えた。


 祐介は冷や汗を掻きながら、怖気づいている。


「契約解除? そんなのわたくしが認めません。だって一生わたくしはあなたのそばにいますから」


「いや、でも気が変わったとか――」


「シャラップ!」


(シャラップ?)


「自立できるようになったとk――」


「シャラップ!」


「人生何があるか分からないだろ!」


「シャラ――そうね、人生何があるか分からないものね。例えばわたくしが祐介様と結婚するとか。そしたら、関係性が変わって契約解除……そしてゆくゆくは子育て……80歳になっても一緒にいられるのかな…………」


「もしもーし」


 彼女は絶賛妄想の渦に巻かれ中だ。


「ハッ」


 ようやく気を取り戻したようだ。


「話を戻しましょう。わたくしは祐介様に契約解除されたら、死にます」


「そんな簡単に死ぬとか言うなよ」


「簡単ではありません。こっちは深刻なんです。祐介様に契約解除――つまり捨てられた。祐介様から必要とされてない、社会からも必要とされていない。死ぬしかありません!! わたくしは要らない存在……!」


「他のメイドも契約解除されたら死ぬのか?」


「? それは分かりません」


(なんとなくこいつの性格分かってきた。いわくつきの理由も。すげぇ病んでる)


 ***


 午後は暇だったので、祐介はベッドの上でゴロゴロしながら漫画を読んでいた。


 その間に神崎は彼の部屋を掃除する。


 神崎は祐介と常に一緒にいたいのだろう。彼がいない間のほうが効率良いはずなのに、そうしない。


 祐介はというと、神崎は病んではいるものの、彼女がいることによって、一人でいる寂しさが紛れるから、少なからず彼女に感謝していた。


 神崎は掃除機、ウェットシート、モップ、はたきの4点を使って掃除をしている。床に散らかっていた物の片付けも全部してくれた。祐介は指示を出していただけ。


 窓の掃除まで終え、一通り掃除は終わったように思える。

 祐介もかれこれ三時間くらい時間が経過しているので、漫画は全て読み切り、眠くなってきたらしい。

 部屋を退室しようとした祐介。

 だが、まだ神崎が掃除をしている事に気づく。しかもよく見れば、同じ所を掃除している。


「神崎、一旦離れていいか? 眠いし喉渇いた。てか、掃除もほどほどにしろよ」


「いいですよ。わたくしはまだ敵と戦っています」


「……敵?」


「はい。祐介様の髪の毛は祐介様の一部なので敵ではありません。なので、こうして袋にしまってあります。ですが、埃! 埃は敵です。この埃が長い間、祐介様と共存していたと思うと腹が立って仕方ありません」


「埃に嫉妬するなよ」


 と言っても聞く耳を持たず、同じ所を繰り返し掃除する神崎。


「もうピカピカじゃん! 充分綺麗だって」


 自分でもここまで綺麗に掃除出来た事が無いので、忖度なしに褒めた。


「この世界には祐介様とわたくし以外、存在してはいけないのです」


(とうとう掃除のし過ぎで頭バグったかな)と祐介は思う。


 しかし彼女の目は本気だった。


「ですので、敵は全て抹殺します」


 神崎の掃除はエンドレスだった為、祐介は無理やり掃除用具を奪い取り、強制的に終わらせたのだった。


 ***


 それから3日後。

 祐介と神崎の仲も徐々に深まり、この日は長いソファーに二人並んで座って、ローテーブルを囲うようにティーパーティーをしていた。


 今日飲んだのはローズヒップティーとストロベリーティー。


 紅茶の仄かな香りが部屋中に漂う。まさに落ち着く空間。


 ゆったりと紅茶に浸っていた祐介の耳に飛び込んできたのは、神崎からの衝撃的な告白だった。


「わたくし、最近になって好きな人が出来たんです」


「そうなのか、良かったな。おめでとう!」


「は、はい。ありがとうございます」


 神崎は嬉しそうに赤かった頬を更に赤らめる。


「仕事仲間とか? 年上? 年下?」


 何故このように沢山聞くのか、祐介自身も分からなかった。けれど、神崎の恋愛事情に興味を持っているのは確かだった。


 神崎は両手を頬に添える。


 そしていつもとは違う、高くか細い声で返答する。


「仕事仲間じゃありません。年下です」


(へー、誰だろう……)


「心当たり、ありませんかっ?」


 彼女はつい噛んでしまう。


「んー無いなぁ……隣んちっていっても付き合い無いし、そもそも神崎のこと、あまりよく知らないし」


「左様ですか……」

「わたくし、今もその人に会いたいです……ずっとその人に触れていたい……」


 神崎はそわそわし始める。

 足をバタバタさせ、手を組み直したり、落ち着かない様子だった。


「そんなに会いたいなら、会いに行けばいいじゃん。俺、お留守番してるから」


 するとあろうことか、彼女は距離を縮めてきたのだ。祐介との物理的距離を。


 何故近づいてくるのだろうか。神崎の好きな人は外にいるんじゃないのか。はてなマークが頭に幾つも浮かぶ。


「まだ分からないですか? わたくしの好きな人は――」


 視界が激しく揺らぐ。

 気づいた時には神崎の顔が目の前にあった。


 祐介は押し倒されたのだ。


 そして、唇に柔らかい神崎の唇が当たった。それはほんの一瞬で。


「つーかまーえた♪」


 恐ろしくも妖艶な声がしたと思えば、祐介は紅茶の良い香りと気持ちよさで眠ってしまった。






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