忘れられない味

てぃん

第1話

俺は今人を初めて食べている。なんて旨いのだろう。こんなものを食べてしまってはもう戻れない…。今まで食べてきた肉より一段と深みがあり、硬いが骨も旨い。眼球はまた面白い食感だ。ブヨブしていていいアクセントになっている。そう俺は頭の中で思いを馳せている。あたり一面にはさっきまで人だったであろうものが散らばっている。どうしてこうなっているのか。それは数時間前に遡る。


俺は山に住んでいた。山と聞くと過酷そうに聞こえるかもしれないが、そうでもない。過酷なのは冬だけだ。食料も腐るほどある。最近は木を伐採されることも増えてきて色々面倒ではあるがそれでもまだ木の実は腐る程あるし、肉だって鹿など美味いやつらばっかりだ。俺は今日、自分の家で考え事をしていた。考え事と聞くとなにかハプニングでもあったのかと思うかもしれないがそんな大層なことではない。さっきも言った通り冬が来るのだ。冬は保存の効く食料を持っていないととてもじゃないが餓死してしまう。木の実だって冬だと無いしさっき言った鹿だっていないだろう。俺は備えをすることを億劫に感じていた。俺はあまり我慢強い方ではない。ちまちまと食料を貯めるのも嫌だし、第一、食料を目の前にするとついつい食べたくなってしまう。毎年毎年我慢しなきゃいけないのについつい食べてしまい冬に痛い目をみる。全く、分かってても食ってしまう自分に腹が立つ。そういう自分がいることが分かっているからこそ億劫なのだ。俺は何かいい案がないかと模索している間にあることを思い出した。昔の親友がちょうど今の時期に大量の食料を持ってきたことを思い出したのだ。その親友は確か山を南にずっと行ったら食料がものすごくあったと言っていた。もしかしたらまだ大量にあるかもしれない。流石に食いきれないほどの食料を得ることができれば我慢しなくても良くないか?そうと思えば善は急げた。俺はすぐさま飛び起き南に行くことに決めた。


南に移動しながら俺はどのくらい食料があるのか期待していた。頭の中では期待してはいけない、どうせいうほどもう少ないだろうし期待してる分だけ落胆も酷いだろうと、期待しないよう言い聞かせていたが、やはり心の底では期待していた。それに加え、俺はもう一つ期待していることがあった。もしかしたらこのことを教えてくれた親友も冬に備え、そこに食料を取りに来てるかもしれない。あいつはなぜかそれ以降見なくなってしまったが冬も近い。きっと同じ考えだろう。と、期待してはいけないと分かっていながらもやはり期待に胸を膨らませていた。


そんなこんなしながら歩いているうちにそこについた。期待していなかったわけではなかったがこれほどまでにあるものなのか…!見渡す限り食料だらけだった。まるで天国だった。俺は興奮しながら食料を集めつつ食った。なんて最高なんだ。今まで少ない量をせこせこ集めていたがもう必要ない。ここには大量にある。あぁ、なんて幸運なんだ、あいつに感謝しなければ。そう思いを馳せていると俺の近くに人がいた。うわっ………まじか………。俺は人が苦手なんだ。なんか怖いし目も合わせたくない……。俺はどうしようか迷っているとその人がものすごく叫んでくる。うるさいなぁ。俺はその時天国から急に地獄に落とされた気分だった。そして段々イライラしてきた。せっかくの気分を台無しにしやがって…!!気がついたら俺はその人のことを殴っていた。その人への恐怖心はイライラとした感情と、ここを見つけたことからくる今の俺は何でも出来るという全能感によって消えていた。グシャリ。そしてその人は死んでいた。ものすごく脆かった。まったく変な気分にさせやがって。早く食料調達に戻るか。いつもの俺ならそう思ってたかもしれない。だが、それからなぜか俺は目を逸らすことが出来なかった。頭が真っ白になっていた。そしてそこから発せられる異様な雰囲気に飲まれ、気がついたら俺はそれを口に運んでいた。


そして今に至る。あぁ、旨かった。俺は今まで味わったことない満足感に浸っていた。今まで俺は食わず嫌いだったみたいだ。これからは冬への備えに人肉も付け加えよう。俺はそう思いながら食料を調達し終え、倫理観を失ったまま帰路についた。俺は親友のことをすっかりと忘れていた。


数日経ったある日。俺は人の味に思いを馳せていた。食べたい食べたい食べたい。まるで何かの催眠術にかかったようにそれしか考えることが出来なくなっていた。すると僥倖なのか知らないが、人が数人近づいて来るのを感じた。なんてタイムリーなんだろう。あぁ、神様愛してる。俺はすぐさま家を飛び出し足音と鈴の音がする方へ向かった。

「よっしゃあ!!見つけた!!!」


パンッ!パンッ!


俺の意識は途絶えた。



『次のニュースです。おととい未明、民家を熊が襲い男性1名が死亡。その後その熊を猟友会が射殺しました。そこでは熊の被害が相次いでいたということです。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘れられない味 てぃん @TN3DESU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る