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 静かな教室に、私の笑い声だけが響いている。


 私の目は、軽蔑した表情を浮かべるみんなを通過し、ようやく真也にたどり着いた。伏せた状態の視界に、真也の首から下が映っている。肩を震わせたまま、私は思い切って目を上げる。


 真也の、顔が目に飛び込んでくる。そこに私の想像していた表情はなかった。軽蔑、拒否、憎悪のどれも浮かんでいなかった。


 真也はただ、どうしたのかと心配そうな顔でこっちを見ていた。


 あぁ、気づいてないんだ、とゆっくり悟る。


 私が何で笑ってるか、思いもつかないんだ。


 ずっと宝条有栖のことをまっすぐに見てきて、私のことも信頼してくれている真也は、私がどんなに汚く醜い理由で笑っているか、わからないんだ。


 彼の瞳に見つめられて、安堵するような長い息とともに、私の笑いはおさまった。


 ふと頭に、三人の帰り道の風景が浮かび上がる。真也のあたたかい瞳と、宝条有栖が曲がった指で花を触るときの柔らかい動作が思い浮かぶ。


 心から自分が嫌になって、みじめで、本当に、死んでしまいたいと思った。


 気づけば私は泣いていて、そんな私に、どうしたの、と真也の声がかかる。その声があまりに温かくて、涙があとからあとからこぼれ、机を濡らした。


「泣かないで」


 声が聞こえて、私は顔をあげる。こちらを心配そうにのぞき込む真也の向こう、宝条有栖が、私と同じように苦しそうな顔で確かにそう言った。


 やさしくなりたい、と痛いくらいに思った。あなたみたいに。


「最低」


 教室の中の、誰かが言った。

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