片付けのできない小崎さん

不璽王

片付けのできない小崎さん

 暑すぎる。夏休みはとっくに終わっとんのにまだ暦の上でしか秋が来とらん。実体を伴った秋はいつ来んねん。はよ来いや秋このボケェ。

 などと考えながら作業を進めていると、あるはずの位置にガムテープやハサミがないだけでイライラして「道具使いっぱで戻さんヤツどこのどいつじゃい!」なんてヒスった声の高さで叫んでしまい、私のイライラがクラスメイトに伝播してしまう。反省。

 私が文化祭の実行委員を仰せつかった2-Aクラスでは、金曜日の放課後である今、脱出ゲームの準備が今まさに佳境に突入している。三日後には前夜祭。四日後には文化祭当日で、朝から作業出来る日はもう明日と明後日しかない。おいこれ間に合うんかいや、なんて野村くんの焦り気味の呟きに誰もが内心共感しながらも何も反応を返さなくて、雰囲気は最悪だ。ギスギスしている。

 これ以上雰囲気が悪なんねやったらたまらんわ、と私は自分を棚に上げて無理やり笑顔を作り、小崎さんを目で探す。必要なのはガムテープで、そのガムテープは二〇分くらい前に小崎さんがどこかに持ち出していた。そういう記憶が蘇ってきたのだ。思えばそれから、他に誰もガムテープを使っていない。小崎さんは教室の端で、その小さな体をベニヤ板の上に丸め、丸っこい顔に真剣な眼差しで何かを塗っている。そしてガムテープはここに無い。どこやったんじゃい、と恫喝しそうになったのを寸前で押し留めて、軽く咳払いをする。

「ガムテープ最後に使ったん、たぶん小崎さんよな? どこにおいてったか覚えてへん?」

 相手を高校生と思ってはいけない。小学生を相手にするときと同じ気の使い方で物を聞かないと、小崎さんの相手は出来ない。私がこの文化祭準備の間に学んだことだ。

「あ、いいんちょ。ちょっと待ってな。思い出すわ。えっとな」

 木工用接着剤をベニヤ板に塗っていた小崎さんは、フラッと立ち上がるとぶつぶつ呟きながら教室の外に出ようとする。そのスカートに小さな膨らみがあるのを私は見逃さずに「ちょい待ち!」と呼び止める。

「ガムテ探しにどっか行くのは構わへんけど、そのポッケのハサミは置いてってくれへん? まだ他で使うし」

「あー、ごメンゴ」

 てへぺろって感じで謝る小崎さんはめっちゃめんこいな、とハサミを貰って教室から出ていく姿を見送りながら思う。めんこいが、愛嬌だけでは作業は進まへんのよな。例えば『小崎さんを守り隊』みたいな組織が出来て、その鈍臭さをカバーするような働きを見せてくれるなら、めんこさに免じて無能っぷりを広い心で受け入れることができるかもしれない。だけど私のクラスには無能な他人をカバーができるくらいの有能さを持つ人が少ないから、それも期待できない。寄せ集め集団。どうせ特進クラスに選ばれなかった人が集まる普通クラスだし、高い期待をしても仕方がない。文化祭の準備なんていう、一丸となって取り組む課題はかなり不得手な集団だろう。脱出ゲームなんていうプランニング力もディレクション力も現場力も必要な出し物を、なんで選んでしまったのか。私も一票を投じたけど、あの時誰か止めてくれればよかったのに。

「トイレの洗面台にあったわ。よかったー見つかって」

 とガムテープ片手に小崎さんがクラスに帰ってきたのは二十分ほども経つころで、しかも手に持っているガムテープは痩せ細ってもう五〇センチくらいしか貼れそうにない。

 我慢する。アンガーマネジメントだ。六秒経てば怒りのピークが過ぎるとかなんとかいう根拠不明なアレを思い出せ。いち、にぃ、さん、チッ。ダメだ、我慢できずに舌打ちしてしまった。チッ。止まらない。

「いいんちょ、怒ってる? あたしのせいかな、なんかしてもた?」

「いや、別になんでも。ちょーっとイライラしとうだけやねん」

 深呼吸を一つして、血圧を落ち着ける。

「小崎さんも作業に戻って。時間も時間やし、きりのええとこで今日は切り上げよ。みんなもそれで!」

「りょ!」と小崎さんが返事をしたのに続いて、クラスのあちこちからも「OK」や「進まんかったー」などの声が上がり、ひと段落した時の気の抜けた空気になる。

 私も水性塗料とハケを片付けて、遅れが出ているグループがいないか教室をぐるりと見回す。酒田野村北口の男女混交グループがげはげはと笑いながら寄り道していこうと話している。元気だなーと思いながら小崎さんのところを見て、途端に眉間に皺がよってしまった。額に手を当てて思う。どうしたもんかな。いや、私も悪かった。

「あっちゃー」と小崎さんが嘆いている。目の前には接着剤を塗られたものの、何もくっつけられていないベニヤ板。ガムテ探しの旅の間にすっかり乾燥して、もう何もくっつかない。

「ひっつけてから探しに行きゃよかったー」と後悔してる。「あー、それか誰かに続きを頼んでおけば」とも後悔してる。「いいんちょも気付いてくれて良かったのに……ってのは人のせいにしすぎか。でもなぁ。あっちゃー」とかなんとか。とりあえずなんでもいいから、嘆くのをやめてリカバリーに取り掛かって欲しい。いや、もう今日はリカバリーもいいから片付けて帰ってほしい。

「小崎さん。もうええから、あんたは帰り。で、覚えとったらでええねんけど、ボンドの中身スッカスカに足りんくなってそうやから、カインズかどっかで買って明日持ってきてくれる? あと、ガムテも。レシート持ってきてくれたらちゃんと清算できるし」

 そういって、私は教室の片付けにパパっと手を付ける。中途半端に乾いてる接着剤も明日には完全に乾いて剥がしやすくなっているだろう。ペリペリペリッて剥がす時は気持ちいいかもしれないし。

 私に促されて教室をあとにする小崎さんを追って、酒田くんが話しかけている。

「小崎っちカインズ行くの。俺も一緒でええ? 欲しいもんあんねん」

「えー、酒田いっしょに帰ろうよ」なんてぶー垂れて怒る北口さんを、酒田くんは手を振って軽く追い払う。

「ほらいこいこ。レッツゴーカインズ」

 誰かと一緒なら小崎さんがガムテープと接着剤を買い忘れることもないだろう。私も早く片付けを済ませて、おいて行かれないようにしよう。


🔨


 土曜も朝から集まれる人は全員集まって作業するからねっつって集まってる人間が五人。昼過ぎてから来れる人もいるからまぁいいけどさぁなんて考えてるが、気持ちの方はあと二日しか作業できないのにって焦りに焦ってどうしようもない。

「ガムテとボンド、忘れんと買ってってくれてんやな。ありがと。レシートは?」

「げ、なくした」

 遅刻だけはしたことのない小崎さんの返答が予想通り過ぎて、あははと笑ってしまった。

「レシートなかったらほんまは清算でけへんねんけど、しゃあないな。橿原さんには私から話しとくわ。もし怒られて絶対払えへん言われたら、二人で折半な? 金額わかる?」

 会計担当の橿原さんはそこまで頭が固くないから、多分払ってはくれるだろう。イヤそうに。

「えぇ? 自腹なんて絶対いややな。あー、値段はいくらやったかな。たしか二つで千円払って、お釣りが百五十五円やった気がする」

 八百四十五円って言えや。算数の問題文ちゃうねんぞ。

「昨日ってどこまでやったっけ?」

「酒田が発泡スチロールでなんか作ってたよな」

「おらんかったら確認できへんな。なんで休んどん?」

 野村くんと橿原さんが話しながら加工しかけの発泡スチロールを手に途方に暮れてるところへ、遅れて北口さんも合流してくる。

「酒田からのLINE見た? 酷くね?」

「気付いてなかった。なにこれ、朝の六時? 寝とるわ」

「ヤバない? ナンパ成功したから今日は不参加って朝六時に送ってくるやつ。酒田ってそんなゲスやった?」

「あいつ小崎さん狙いやなかったんかな。げ、メッセージ送っても既読つかへんやんけ。最中か?」

「思い返したら、酒田は昔からゲスやったな」

 そんな会話を小耳に挟みつつ、口だけやなく手ぇも動かして欲しいなーって気持ちばかりがやきもきする。

 同じ会話に耳を澄ませてた小崎さんが「そんなこともあるんやねぇ」って首を傾げているが、そんなことあるわけないだろ。なにを考えているんだ。

「ほら! 時間無いからちゃっちゃとやろ! 昼合流組が来た時にスムーズに作業かかれるようにしとくのんも忘れんといてな!」

 教室中に指示を出して、私も作業に取りかかる。まずはちょっと楽しみにしてた乾いて役に立たない接着剤を剥がす作業から、と目をベニヤ板に向けると「いいんちょ、これ気持ちいいで。やる?」と小崎さんがすでに大半をペリペリーッと剥がし終えている。こういう時だけ仕事早いんだよな、小崎さん。


🔨


 暑さがピークを迎える頃。それぞれ時間も食べる場所もバラバラでとってた昼休憩を終えて(私はコンビニのサンドイッチ)教室に戻ると、小崎さんが一仕事やり遂げた満足げな顔をしていた。

「お疲れ小崎さん。終わったん?」

「んーん。まだなんやけどな。とりまひと段落や。見てこれ」と四角い箱を見せてくる。

「鍵入れる箱、ちゃんと形になっとるやろ?」

 小崎さんが作っていたのは、謎を解いて得られる四桁の番号を使って南京錠を解錠すると、景品が入った宝箱をどれか一つ開けれる鍵が手に入るという趣向の小物だ。私はその箱を手にして、ぐるりと縦に横に回転させる。そのうちに嫌な予感がして、指関節でコンコンと叩いてみる。うん。

「小崎さん、これ鍵どうやって入れんの? ただの立方体やけど」

「え?」

「一つの面は接着せんと置いとって、蝶番でパカパカする様にして南京錠で鍵つける予定やったやろ? 話聞いてなかった?」

「あー、そういえばそんな話しとったね……ごめん、いいんちょ。どないしよ」

 私は腕を組んで考える。どうするか。接着を剥がしてやり直すのもいいが、そもそも論で言えば……。

「ダイソー行って南京錠つけれる箱、買ってくる?」

「えぇー! こんなに頑張ったのに!?」

 確かに、普段の私なら人の頑張りを無にするのは胸が痛む。でも、今の相手は小崎さんだ。

「だってこれ、ゴミやん」

「いいんちょ、ひど。なにその言い草」ボブカットで目が大きく、丸い印象を受ける小崎さんだが、この時は珍しくそのまなじりが鋭く吊り上がる。人でも殺しかねない眼差しに見えて、相手が小崎さんなのに少し背筋が冷えた。

「せやったら、この上んとこだけ壊す?」

「うん、あたしそっちのがええわ。野村くーん、ちょっと手伝ってー! 男子の腕力でこの箱、軽ーくバキッていって欲しいんやけど」

 呼ばれた野村くんが、首を抑えてヤレヤレのポーズをとりながらこっちに来てくれる。

「力仕事は酒田の領分やねんけど……あいつ、昼過ぎてもまだこんな」とかなんとかぶつくさ言いながらも、軍手をはめた手で軽くバキッとやってくれる。男子の腕力すげー。


🔨


 そんなこんながありつつも土曜日の作業は割とハイペースで終わり、今まで積み上げてきた進捗の負債も結構返済出来た。明日でほとんどの作業を終えて、前夜祭の日に軽く仕上げて完成する目処がつく。こんな石々混淆のチームでもやればできるもんだな。

「まだ日ぃ高いけどそろそろ学校に怒られるし、この辺で切り上げよか」

 そう号令をかけると、喋りながら作業してた人も黙々と手を動かしていた人も一斉に騒がしくなる。漫画のコマならワイワイガヤガヤって描き文字が書かれるシーンだ。

「酒の字、丸一日来んかったな」

「あー、帰ったら火入れないと」

「昨日どこで別れたん?」

「あいつぅ、LINE無視すんなやダボ」

「詳しく聞きたいねんけど、マクド一緒に行って話さへん?」

「あー、寄り道したなかったけどしゃあないな。今日助けてもらったしポテト奢るわ」

 荷物を詰めながらなんとなしにクラスの中の会話を聞いていて、最近マック食べてないなーと思う。たしか私の好きな月見バーガーはまだ始まってなかった気がするけど……うん、それでもすごく食べたいな。


🔨


 マックのメニューは数あれど、一番うまいマックは久しぶりに食うマックだよ。何食ってもうまい。うめー。


🔨


 日曜日の朝が来る。学校に行き、準備を進め、小崎さんがポカをやらかし、私をはじめクラスメイトみんなでカバーした結果、昼過ぎにはもう完成間近になっていた。マジか。こんなにうまくいくことがあるのか。

「なんか、こうやって見てるとさ」

 道具を使う作業、やらせない方がよくね? という意見がみんなの総意になり、応援&息抜き係に抜擢された小崎さんは、作業がほとんど終わると何も手伝うことがなくなったのか私にちょっかいをかけてくるようになった。周りに聞こえない様に私に耳打ちしてくる。

「謎解きはどっかで見たようなんの焼直しやし、クオリティは中学生に毛が生えたようなレベルやしでさ。単なる、あー、劣化版やない?」

「やって文化祭やもん、こんなもんやろ」と私は返す。努力の結晶をバカにされて正直言うとかなり腹立たしいが、実際にできたものを見直すと、悔しいけど小崎さんの言う通りの出来栄えで間違い無い。

「ハンドメイド感がごっついよな……」

 って喋ってて、ピンと来た。むしろ、それをウリにするのはどうだろう?

「ハンドメイド脱出ゲーム! なぁみんな! この展示の名前、今『2-Aからの脱出』ってなってるやんか! それを『ハンドメイド脱出ゲーム』に変えへん?!」

「お? おん……」

「いいんちょがそうしたいんやったら、まぁええんちゃう?」

「やったら、野村が書いた看板作り直しやな。まぁ文字んとこだけやったら一時間せんと終わるか」

 自分の思い付きに興奮して大声を出してしまったが、みんなの平熱な対応が私を冷静にさせてくれた。タイトル変えるくらい、別にそんなアイデアってほど大仰な思い付きちゃうやん。恥ず。

「せ、せやなせやな。名前変えるんやったら作業増えるんわ増えてまうわな。そりゃそやわ。ええでええで名前変えんのに誰も反対おらんのやったら、私自分で書き換えとくから……あっええですええです自分でやりますんでへへへ」

「なに急に卑屈になってんいいんちょ」

 小崎さんがケラケラ笑って私の頬をつんつんする。へへっ、すいやせんねこんな三下に構っていただいて、みたいな気分。あー恥ずかし。一瞬でも調子に乗るとこういう反動が来るから乗りたくないんだよな、調子。

「一応、看板書いた野村にも聞いてみるわ。なんか今日あいつも来てへんのよな」と言いながら北口さんがLINE通話を掛けると、野村くんがいないはずの教室で呼び出し音が鳴り出した。

「え、ここに野村のスマホあんの?」

「音鳴っとんどこやろ、ここらへん?」

「あれ、それあたしの鞄」

 と言ったのは小崎さんで、程なくして野村くんのスマホは見つかる。小崎さんの鞄のサイドポケットの中から。

「ど、どういうこと?」

「やば、なんなん」

 ざわめきの中、呼び出し音の止んだスマホを手に小崎さんの顔は青ざめる。

「え、なんかアプリで録音中やねんけど」

「は?」

「え、ガチ?」

「野村が小崎さん盗聴しようとしたってこと?」

「ヤバ臣鎌足」

「消せ消せ、録音データ消せ!」

「ごめん、ロック解除でけへん」

「知ってる、貸して」と言って北口さんがスマホを小崎さんから奪い取り、タタタタタッっと操作してデータを消す。

「マジきしょいなぁ」と言う北口さんの顔は本当に嫌悪感に歪んでいる。私も同意見だ。野村くん、きしょすぎ。

「どうする? 先生に言う?」

「あー、いや、データ消えたんやったらそこまで大ごとにせんでええわ。きしょいけど」

「スマホどうしよ」

「野村の机の中入れとけば?」

 みたいな感じで騒動は収束を見せるが、残りの作業中みんなの口に上るのは野村に対する罵詈雑言ばかりだった。ケケ、ざまみろ。

 ほくそ笑みながら看板の文字を書き直す。文字を一度背景と同じ色で塗りつぶし、その上から新しくハンドメイド脱出ゲームと書いていく。

「手伝うわ。あたし、こっちの端から字書いていくから」と小崎さんが手を貸してくれるが「ちょっと待って」と止める間もなく下ろされた筆が、まだ背景を塗ったばかりで乾燥しきってない部分に命中したので当然塗れないし、塗れないどころか汚れてグチャグチャになっている。手伝う前より状況を酷くする、名人の技。

「……そうなるから。手伝ってくれるんやったら、狭くなるけどこっちで一緒に書いてくれる?」

 と小崎さんを肩が触れ合うほどの場所に呼び寄せる。終わらないナツいアツのせいで制汗スプレーも貫通するほどの互いの汗の臭いが感じられるが、それほど不快ではない。なんならJKの香りとして商品化も出来そうな。

「なにクンクンしてんの、やめてやもう」と小崎さんが眉を顰めつつ苦笑する。

「汗臭いのはお互い様やねんから、気にせんでええでーみたいなこと言いたかったんやけど、普通にいい匂いな気がしてきたからなんも言えんくて」へへっ、と笑うけど、笑うことでキモさが増してしまったとすぐに後悔。

「えっと、私な」変な空気になる前に間を繋ごうと口を開いた瞬間、自分が今から言わないでいいことを言ってしまうんだと分かってしまった。「小崎さんのこと、結構リスペクトしとんねん。普通の人やったら『悪者にされたら嫌だな』とか『失敗したら私が悪いことにされちゃうな』って無駄に考えて躊躇するようなことでも全然やってまうみたいな、そういうとこ」

「えぇー? なに急に。それ褒めてる?」

「めっちゃ褒めてる。私、自分の生き方がすごい辛かってんな。自縄自縛で雁字搦めみたいな、息苦しさがずっとあった。そんな時に小崎さんを見て、人間一人が背負える責任なんか大したことないんやなって実感出来て楽になったっていうか。まぁそんな感じやな」

 筆を動かしながら小崎さんははにかむ。褒められるのに慣れてないんだろう。動きが縮こまって可愛さに磨きがかかる。

「あたしもな」と小崎さんが口を開いて、私と同じように言わないでいいことを言うんだなとピンと来る。「いいんちょを見てちょっと楽なってん。なんでかって言うとな、いいんちょってしっかりしてるように見えて、実は結構抜けてるとこあるやんか」

「え、褒めのパターンになるんやないの?」半笑いで尋ねる。意趣返しか? いや、小崎さんにそんな器用なことは無理か。

「いやいや、ちゃんと褒めやで。最後まで聞いてや。でな、抜けてるいいんちょやけど、なんかあった時にすぐ謝れるし、人に助けを求めれんねん。それがあたしすごいなって思って。あたしがやらかした時って、なんとなく笑って誤魔化して、なんも言わんでもカバーしにきてくれる他の人に頼りっぱなしで感謝もできてないみたいな感じになんねやんか」

「うん、なってるな」

「せやねん。あたし自分から謝ったり、助けてって言うのが苦手やねん。でもいいんちょが軽い感じでそれやってるの見てさ、めっちゃ誠実やなって。誠実なんって重っ苦しい感じやなくて、軽やかってことなんやなって分かったっていうか。やからあたしも、いいんちょのことめっちゃリスペクトしてんやで」

 照れる。まさか小崎さんにそう思われていたなんて。

「嬉しいな、なんか」

「な? あたしもおんなじ気持ち」

「せやけど、やからって」

「あ、ちょっと待って。それ多分あたしも言おうと思っとったことやから、あたしに先言わせて」

「どうぞ?」

「いいんちょみたいには生きられへんけどな」

「私も、小崎さんみたいには生きられへんな」

 二人で視線を交わして吹き出すと、ほどなく看板の書き換えが終わった。教室に残っていたのは、もう私たち二人だけ。

「片付けて帰ろっか?」

 風通しのいいところに看板を立て掛けて、机の横にかけていたカバンや、中に入れていたスマホを手に取ると小崎さんに手を振る。

「ほな、また明日な。今日はまっすぐ帰るん?」

「あたしにしては珍しく二日連続で寄り道したし、今日は直帰やな」

「そっか。気ぃ付けて」

「バイバーイ」


🔨


 翌日の夕方、前夜祭が始まる。前夜祭と言っても学校なので、本当の夜ってわけじゃなく夕方、薄暮の時間だ。文化祭実行委員会が出し物の確認で見回りをした後、みんなで校庭に集まって委員長(私じゃない)が激励の音頭を取って、それを聞いたみんなでウェーイってするだけの集まり。参加も任意。気楽な集まり。

 私は校庭の端の方、クラスメイトが集まってる辺りの隅っこで膝を抱えて座りながら、周りの会話をなんとなく聞いている。

「暗なってきたし、暑いし、怖い話でもしたなってきたな」

「お前だけや」

「ゴミ捨て終わったんか」

「知っとる? 小崎さんの家って焼き場やっとるやんか。アレがたまに営業日外でも煙突から煙出てるって噂」

「何が怖いねん。メンテかなんかやろ」

「学校のゴミ捨て場に捨てるやつはやったで」

「いやあたしも実際に、一昨日この目で見てんって」

「ていうかそんなん、娘がここにおんねんから聞けばええねん」

「ん? 呼んだ?」

「リサイクルせなあかんやつは?」

「営業時間外に煙突から煙でとんのなんなん? って」

「あー……詳しくは聞いてないけど、たまに仏さん以外も焼かな『こびりつく』って言うてたことあるから、それかもしらんな。知らんけど」

「いいんちょの家がリサイクル工場やから、持ってったら引き取ってくれた」

「え、なんか、勝手に出る煙より怖ないか。なんや『こびりつく』て」

「知らんわ。おとんに聞きに来たら」

「前から思っとってんけど、家がリサイクル工場って便利そうよな」

 顔を上げ、振り向く。

「まあな、捨て放題やで」

「あ、いいんちょ。そこおったんや」

 立ち話から抜け出した小崎さんが、スカートを膝の間に折り込んで私の隣に座る。そのポケットから、ガムテープの芯がこぼれそうになっている。

「ゴミ、捨てんかったん?」指差して聞くと、小崎さんは全然記憶になさそうなポカンとした顔で芯を手に取る。

「いつから入っとったんやろ」

「知らんがな」笑って、私は空を見上げる。マジックアワーというやつか、空が冠位十二階の位が高い人しか身に付けれなさそうな色に染まりかけている。「小崎さんってほんま、人とか絶対殺したあかんタイプよな。証拠残しまくりですーぐ逮捕されてまうで」

「えぇ? そうかな」膝を抱えた小崎さんは不本意そうな声を出す。「いいんちょが言うんやったら、そうかも知れへんけど」


 小崎さんも上を見上げて、秒単位で色合いが変わる空をぼんやりと眺める。私にも聞こえない様な小さな声で、ぼそりとつぶやく。


「でも、まだバレてへんねんけどな」


 ううん。小崎さん。

 私は知ってんねんで。


「そういやみんな」背後の方で、北口さんの声が聞こえる。「酒田と野村から連絡来た人おる?」


 逆に、小崎さんは気付いてないんやろな。私が小崎さんの代わりに片付けしとったこと。

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