アナザーカムパネルラ

軍艦 あびす

アナザーカムパネルラ

 産まれたその瞬間から持ち合わせていたモノなのかは分からないが、私にはなにか、異質な能才があるようだ。

 ふとした瞬間に、誰かが私の脳に語りかけるように。正確なタイムは示されていないが、数分後に起こる出来事が分かってしまうのだ。所謂、未来予知というやつだろうか。

 とある日の何気ない日常の最中、唐突に、有名な俳優が深々と顔を隠して連行される光景が浮かぶ。すると当日のうちに、テレビ放送で全く同じ光景が映し出された。

 用を足し、手を洗う最中、先ほどまで仲睦まじく会話に勤しんでいた友人の二人が言を荒くして吐き捨てる光景が浮かぶ。教室へと戻ると、またしても、思考と同じ光景が眼前に陳列されていた。

 本当に、何気ない瞬間に浮かぶのだ。知りたいことをピンポイントで知れる訳でもなく、それが無関係であったり、己に有益なものとは限らない。

 

 

 

 と。長々とした前提を脳内の独り言と嘲笑して、窓の向こうを見つめる。もう少しで、美しい一面のあおが現れる頃だろう。

 現在、二年の秋に行われる修学旅行の初日、朝の十時半。申し訳程度の眠気を連れた御一行の有象無象である私は、どうしようもない事象に頭を抱えていた。

 先程語った前提が何の為だったのかというのは、察しの通り。今現在進行形で私の思考を騒ぐ予知に由来していたからである。 

 馬鹿みたいな話だが、見えてしまった。

 私たちが乗るこの新幹線が、十数分後に通過する橋から転げ落ちて碧の中に沈んでいく。だんだんと、意識は海底へと消えてしまうというのだ。

 過去からの経験、この予言が覆った事は一度も無い。何をしても、私は死ぬのだ。もしかしたら他の中から生存者が出るかも知れないが、私は確実に死ぬ。そんな光景が、残念ながら見えてしまった。

 

 予知能力、或いはタイムリープのお約束。誰かに未来の光景を伝えたとて、ただ僅かな笑いを錬成するだけである。幼き頃からこの力と生きてきた私は、当然それをしっかりと理解している。だから、諦めに近い感情を抱きつつ、身体は正直に恐怖のまま一歩も動けない。そんな、窓際席の一角でふかふかとした椅子に埋もれていく。

 

 溺死できし溺死できし……

 

 どれだけ考えても、想定できないものである。コップ一杯の水で他人が溺れるとはよく言うが、実際にその光景が想像できるかと言われれば、とても難しい。

 生きるためではなく、どれだけ苦しまずに死ねるか。その思考を優先してしまった時点で、相当勿体無いことをしている。無論、長年を百発百中の予知と生きてきた私には、希望を持てというのは無理な話だ。

 もし、今この場で突然に絶対当たる予知能力を与えられたなら、生きる手段を優先していただろうか。もしそうというのなら、私はとうに狂ってしまっていたのだろう。

 

 溺死できし溺死できし……

 

 ふと、単語の影から顔を見せたのは、単調な顔をした一人の男のイラストだった。どこかで見たことがある。

 それは紛れもない、数年前の記憶。小学五年の頃に飽きるほど見た教科書の中に居た、不条理な死の被害者である。

 何故今、彼の事を思い出したのか。もしかして私は今、彼と同じ立場に居るのだろうか。などと、厚かましい疑念を浮かべた。

 彼は、川に溺れた他人を助けるため、己を顧みず溺死した。そんな勇気に溢れた男と、今の私では、似つかわしく無いにも程がある。

 数分後に起こる大惨事を知ってなお、誰かを一人でも助けたいと願う訳でもなく、己の命すらも諦めている。別に、彼になりたいわけではないが、私自身の惨めさを痛感させるようで、随分と居心地が悪い。

 これは、神様からの戒めか何かだろうか。勝手にこんな力を与えた癖に、薄情だと説教でもしたかったのか。どちらにせよ、私は残念ながら彼にはなれない。授業で知った程度の知識は何の役にも立たずに、迫る最後の気分を随分と悪くした。

 

 身体が、ぐわん、と揺れる。

 騒がしく旅に心躍らせた周囲が、途端に静まり返った。突如として人の声が消えた狭い空間は何故か、吐き気を催すまでの不快感を孕んでいた。

 

 重力の方向が変わってゆく。隣に座っていた女子生徒が私の身体を押し潰すよう、窓の方向へと身体を落とす。続くように、横同列の生徒が降り注いだ。

 

 

 銀河ではなく、海の底を。

 二人きりではなく、多くの姿と。

 夜ではなく、太陽に照らされて。

 

 

 もし次回の命があるのなら、彼のように……

 なんて、フィクションの勇気に憧れることも出来ないが。

 

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