謎を見つけた彼女は、カップラーメンができるまでに謎解きを終わらせる!

夜野 舞斗

1.食パン男殺人事件

 一秒もロスタイムは許されない。何としてでも走らなければ、学校に遅刻する。昨日の夜にゲームをやり始めたのがいけなかった。そのせいで時間を忘れ、徹夜をしてしまったがために今に至る。今日は学校でぐっすりねむねむをしようとしていたのに。遅刻をしたら教師に目を付けられ、眠っている場合ではなくなってしまう。

 寝不足で体力もない状態。

 角は必ず止まろうとの思考力もなく、飛び出した瞬間だった。僕は少女にねられた。


「やっばいやっばいやばいやばい!」


 僕より背格好の低い、小学生みたいな少女だ。あまりの声の大きさにダンプカーがクラクションを鳴らしながら、こちらを轢き飛ばしたかと勘違いしてしまった。

 彼女は後から僕を突き飛ばしたことに気が付いたようで「あっ! ごめん!」とこちらを見ながら去っていく。

 僕が「そっちは学校も家もない行き止まりじゃ」と言おうとした時だった。目の前が見えてなかったがために彼女は近くの用水路に飛び込んでいった。

 大事故である。ヤバいのは遅刻ではなく、彼女だった。


「ああ……おーい!? 大丈夫かっ!?」


 声を掛けても、手を伸ばしても反応がない。よく曲がり角で男女がぶつかり合って、恋に発展するものはあったが。まさか事故に発展するものとは予想がつかなかった。

 よくよく観察すると、同じクラスメイトの女の子だ。

 彼女との思い出が蘇ろうとしていた。


「いろんなことが……」


 しかし、何も思い出せなかった。そもそも何の思い出もないのである。


「ううん……なかったな」

「ちょっとちょっとちょっと! 何、一人でぼーっとしてんのよー!? 用水路から引き上げてくれてもいいでしょ!」

「あっ、生きてた」


 彼女は全体が水に浸かってしまった鞄をぶんぶんと振っている。ついでに体もぶるぶると。こちらに水滴が勢いよく飛んでくる。

 限りなく不快だ。

 仕方がないから、こちらのハンカチも提供することにした。

 

「あ、ありがと! ええと、洗濯して……あっ、でも、男子って女の子の臭いで興奮するって言うから、このまま返した方がいいのかな?」

「溝の臭いしかしねぇんだよ。洗って返せ」

「了解!」


 第一印象は不思議な子。気付けば教室から姿を消していることが多く、高校に入学したての僕の記憶に残っていないのも当然だった。

 しかし、今、彼女が印象に残ろうとしていた。


「あぁあああああ!? 何々!? 何が起きたの!?」


 何事かと思い、彼女の視線を辿ろうとした時、聞こえてきた。


「し、死んでる……!」


 殺人事件がこんなとこで起きるのか。一体誰の死体かと確かめようとしたところ、地面に落ちている、真っ白で欠けのない食パン一枚が目に入った。


「食パン男が死んでる……!」

「食パンが落ちてるだけだろっ!? 驚かせんな!? ってか、それ、アンパンが落ちてたら、アンパン男が死んでるってことになんのかよ!?」

「当然! カレーパンまで落ちてたら、レギュラーメンバーはほぼ全滅必至だね! やったぁ!」

「今の何処に喜ぶ要素があったんだよ!?」


 変なことを騒ぐ彼女。呆れながらふと僕は思い出した。もう行かないと、僕は完全に遅刻する。寝る時間も減る。

 彼女をスルーし、進もうと思ったのだが。勢いよく引っ張ってきた。


「待って待て待て! これは貴方にも一因があるのかもしれないよ!」

「何でだよっ!?」

「だって、ここで遅刻しそうな男女がぶつかったんだよ!? この世界がラブコメ漫画だったとしたら、何が必要か分かる!? 食パンだよ! つまるところ、今の状況でラブコメ要素が足りないと判断した神様が事実を改変したんだよ。認めなさい! 自分は食パンを食べていたと!」

「食べてねぇよ!?」


 滅茶苦茶な論理が展開されたものである。例え改変されたとして、自分が食べたとは一ミリも思っていないのである。狂ってやがる。

 否定している俺に更なる質問が飛んできた。


「じゃあ、朝ごはんは何食べたの!? やっぱ、朝はトーストだよね! こんがり焼いて、たっぷりバターを塗った」

「いや、僕はご飯派なんだけど。納豆とご飯だよ」

「交渉決裂じゃあ! 殺す!」

「な、何でっ!?」


 とんでもない過激思考。彼女に何故生を与えたのだろう。神は何をやっているのやら。

 飛び掛かってくる彼女ではあるけれども、何とか僕が手を顔に付けたところで止まってくれた。

 確かに食パンが何故、落ちていたのかは気になってしまう。昨日まではこんなもの、なかった。


「落ち着けよ……お前はこの食パンの真実を知りたいんだろ?」

「あっ、そうだった……。ご飯派を抹殺してる場合じゃなかった……」


 彼女は一旦気持ちを静めると、じろじろパンを観察する。最終的には拾ってきたものをほいっと渡してきた。


「食べる?」

「食べねぇよ?」

「まだ誰も口付けてないよ? ジャムも塗ってないから、味付けできるよ!」

「お前は誰も食べてなきゃ、靴でも食うのか!?」


 僕が食べないと知ると、彼女は「仕方ないなぁ」とパンを置いておく。

 ただ彼女の言う通り、誰かが食べて走っていたとしたら、この食パンには歯型や唾が付着していたはずだ。

 それが何もない。

 彼女がその点に注目していた。


「ううん、誰かが持ってきたはずなのに……傷一つついてないなんてね。純粋な私のよう」

「誰が純粋なんだ……」

「遅刻遅刻ってなってたら、間違いなく握るよね」

「まぁ、その通りだな。走る時に手に力が入って……それを振る訳だから」

「つまるところ、その誰かは食パンをまるまる袋に入れてたってことだよね……」


 そこから彼女は幾つかのワードを呟いた。

 用水路だけのある行き止まり。

 入学式から、そこまで間もない今の季節。

 汚れてもいない食パン。

 彼女が考えているところ悪いが、分かってしまった。


「あっ、そっか。分かった。美術部の人だ。美術部の人がよくパンを消しゴムみたいに使うって」

「あまぁあああああああい!」


 鼓膜どころか耳までもが吹き飛ぶところだった。実際に僕の鞄は手から落ち、用水路の中に転がっていった。


「えっ? ジャムが? 蜂蜜が? えっ!? あっ、鞄が……!」


 彼女は僕の鞄なんかに目もくれず、真実を見通した。


「こっちには用水路のある行き止まり、だけなんだよ。つまるところ、私みたいに前を見ず走るような人位しか間違って通らないの。通らない場所に食パンをうっかり落とす? それに美術部の子が使うのって、ちぎったパンだし……そんなに食パン一枚持ってく?」

「そういや、そっか……何かピンと来ないか。じゃあ、何で用水路なんかに……まさか用水路に用があったのか?」


 僕が口にすると、彼女は少しだけ可愛らしい笑顔を見せてきた。頬を上げて、ニヤリ。そんな顔をこちらに近づけてきた。


「その通り! この用水路にきっと用があったんだよ!」

「えっ? 用水路、食パン?」

「そして、キーワードは今の季節」

「季節……今の季節、さっき新入生どうたらこうたら……あっ」


 考えてようとしていた僕の目に真実が映った。これ、と言われたら納得できそうな真実が。


「そう! 可愛い可愛い新入生さん達のために、きっと犯人は落としていったんじゃないのかなぁ?」


 人生、いや、鳥生の新入生だ。

 カルガモの親が小さくてふさふさしていそうな雛達を連れて、泳いでいたのである。小さく辺りをキョロキョロ見回して。それでも親の後を必死についていこうとする姿がいじらしい。

 彼女はうっとりしてしまっていた僕に説明をしてくれた。


「今は繁殖期だからね。見守ってた、近所の人が食パンをちぎって与えていた。たぶん、袋ごと持ち出してきて、ね。で、その袋に穴が開いていたか、でパンを落とした。これなら結構、辻褄は合うんじゃない?」

「確かに!」

「で、カルガモさん達が五匹で、ええとつまるところ、六対一でパン派の圧勝じゃあ!」

「まだ、その話してたの!?」


 なんて楽しい時間を過ごして、雛達に見とれていた。

 僕達の近くでキンコンカンコンと一時限目の鐘が鳴っているとも気付かずに。そして僕の鞄に入っていたエロ本が下流で発見されることなんて誰も知る由がなかった。

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