涙は見せない

神無月

涙は見せない

ー集中しろ・・・!

ー集中しろ・・・!

私は脳内でひたすらそう、念じ続けた

ー泣いちゃだめだ・・・!

ー自分を・・・壊すな・・・!

憎い相手に呪いでもかけるかのように

ただ、言葉を繰り返した

誰の声かもわからなくなって、洗脳が終わったんだと気づく

「・・・よし・・・」

パシャ!

つぶやきと同時に水を顔にかけた

冷たい液体は熱くなっていた私の頭を冷やしてくれる

顔を拭いて、身支度を済ませ、朝食を取って、ブレザーを羽織る

学生カバンを手にとり、玄関のドアノブを握った

急に広がった世界から雲一つない青空が顔を出し、目を開けてられないほどの光が差し込んでくる

目を細めてそれを受け取り、歩き出す

私の一日はこうして始まる


*

「おはよー!」

「今日も寒いね〜」

「聞いてっ!今朝ねえ・・」

お決まりの社交辞令みたいな会話の中を通って私は自分の席についた

今日も女子たちはグループを作っては毎日同じメンバーではなしている

この空気感にはいつも慣れない

目の前の教卓にはこのクラスの中心だと言わんばかりに大きい花びらをつけた黄色い花が花瓶に生けてある

私は教科書を机の中にしまって壁に掛かった時計を見た

ーもうすぐくる・・・

心の中で深呼吸をしたところで声をかけられた

「おはよう!」

なんてことはない普通の挨拶

なのに

私はいつも言葉を返す前に息を飲み込んでしまう

「ーおはよう・・・」

そっけないと思われないように注文された笑顔を付け足す

「元気ないな〜」

声をかけてきた人物~華奈(かな)は私の机の前に図々しくしゃがんだ

「相談相手にならいつでもなるよ?うちら、友達っしょ?」

漫画やアニメでしか聞かないような臭いセリフ

それをいかにも「本心です!」とばかりに主張する華奈を私は信用していない

「大丈夫!ちょっと・・・今日寝不足でさあー」

朝から満面の笑みを浮かべている華奈に合わせて声音を高くすることを心がける

「寝不足!?めっずらしー!しっかりしろよ?学級委員長さん?」

背中を叩かれて、私は「はは・・」と笑った

「あ、化学のプリント今日提出じゃね〜?また見せて!」

「うん、いいよ」

カバンからプリントを取り出して手渡す

「おおー!サンキュー」

私の手からプリントをひったくると、華奈は私の机の上でなにかに取り憑かれたかのように

必死の形相で答えを書き写した

華奈はいつもこうだ

私はきっと都合のいい道具としか思われていない

でも教室ではこうして過ごすしかない

ー孤立するよりはマシだ

「助かったよー!そうだっ!ジュースおごろっか?」

バンッ!

プリントを乱暴に机に叩きつけると華奈が提案した

「えっ・・・いいよ、これくらいで」

「遠慮すんなって!友達だし」

私の断りも無視して華奈はダンっと机にジュースをおいた

「今、払うね」

財布を取り出そうとする手を華奈に止められる

「大丈夫!おごりだから」

口調こそ優しげだがその目は笑ってはいない

ー黙って受け取れよ

無言の圧力を感じて奥歯を噛み締める

「・・・ありがとう・・・」

私は苦々しい思いで何とかお礼を紡いだ

「どういたしまして!」

自分が仕込んだ芸を飼い犬が完璧に覚えたことを褒めたつもりか

どこか、格下の生き物でも見下ろすように華奈は微笑む

ー集中しろ

苦渋を出さぬよう、表情を取り繕う

ドクンドクンと波打つ心臓の音を聞きながら早くチャイムがなることを祈った


                 *


「文化祭の準備放課後残ってくんない?」

「クラスのノート集めを頼みたいんだが」

「クラス代表として会議に参加してほしい」

「部活の審判講習会に出て」

私は全てに”yes”と答えた

断る理由はない

本当はめんどくさいがこういう仕事をやるのが学級委員だと自負しているからだ

まさかこんなに言われるとは思ってなかったが

「手伝うよ!」

クラスのノートを集めてると華奈が手伝いを志願してきた

「一人でやれるから大丈夫だよ」

なんて断るとあとが大変なので素直に厚意はうけることにしてる

「ほんと、よくやるわなーマジそんけー」

どうも善人面する人間の声はすぐ耳に入ってこない

華奈の場合は自分に酔ってるのもあるせいか

「。。ってさあ、善人ぶるの好きだよね」

「!?」

私は意味が理解できなかった

華奈が私の名前を呼んだこともだが・・・それより

「だって〜絶対メンドイじゃん?本当に好きならただの馬鹿だし、内申のため?すごいな〜」

「え・・・」

全否定はできない

内申のためっていうのも少なからずあるから

でも・・・

「皆のための仕事、好きだから」

本当だ

終わったあとの達成感に変えられるものなどない

「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

随分長い相槌に私は鳥肌が立っていくのを感じた

「本当に?じゃあ聞くけどさ・・・」

私の中の本音を舐め尽くそうとするかのように華奈は質問を重ねた

建前と本音を上手く織り交ぜながら返答する

「そろそろ終わりにしない?外暗くなってきたし」

「最後に一つだけ、。。にとって、うちは何?」

ーメンヘラかっ!

心の中で盛大に突っ込んで私は目を見開いた

「ー友達だよ」

今、こいつが求めてるであろう言葉を伝えてやる

震えている腕は寒さのせいだ

「そっか、良かった〜!じゃね〜」

何事もなかったかのように去っていくやつに手を振った

              

             *


「放課後、来てくれなかったね」

「クラス代表の自覚あるのかっ!?」

「今更点の入れ方間違える?あ〜いいよ、サボってたせいだもんねww」

あのまま他の仕事を忘れて帰ったせいでとんだ目にあった

私は部屋のベッドに飛び込むと顔を毛布にうずくませた

ー最悪だ

脳内に善人面した女の顔が浮かび上がる

あいつのせいだ

調子を狂わされた

それともたくさんの仕事を受けた自業自得?

分からない

胸が締め付けられて私は命じた

ー集中しろ

明日も学校はある

この気持ちを全て封印して、朝日を浴びなければならない

泣いちゃだめだ

こらえろ・・・!

唇を噛み締めた

鉄の味を感じて、それでも足りなくて

震える腕の皮膚の上に爪を食い込ませる

ー集中しろ

学校は永遠には続かない

泣くことは恥じることじゃない

でも

ここで泣いたら負ける気がする

何に負けるかはわからないけど

今まで十数年積み上げて来たものが全て崩れ去る

だからー私は泣かない

毛布を頭まで被って決心した


           *


次の日私は登校した

「おはよう!」

昨日と変わらず挨拶をしてくる華奈に「ーおはよう」と返す

「昨日は災難だったみたいだね〜?」

どこから仕入れてきたのか

面白そうに問いかけてくる華奈に

「別に・・・いつものことだよ」

と、笑う

私が思いの外平気そうなことに驚いたのか、その目が一瞬大きくなる

「へええ〜ならいいけど、良かったね」

ー嘘つき

本当は私のことなんて微塵も友達だと思ってないくせに

どうやったらそんなに嘘つきマシーンになれるの?

聞いてみたい問いを喉の手前でとどめて

「ありがとう」

落ち着いた声音で言ってやる

友達じゃなかろうが、平気なふりして

だってこれで私の負けじゃない

不満を漏らして喧嘩や悪口に発展するくらいなら

素直に、無理のない程度につきあってやる

私は負けない

涙は見せない

ー集中しろ

目線の先に花瓶が映る

黄色い花びらがひらりと一枚床に落ちたのが見えた

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涙は見せない 神無月 @2kuusou2

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