幕間 魔術師が二人、光が七つ

   ○○○

 時は遡る。

 ぽつりぽつりと降りしきる雨。見上げても傘に隠れて見えない、灰色の雲が空を覆う午前十時。そんな暗い日の中でも外から訪れた異邦人は忙しなく雨の街を右往左往している。


「おい、依頼されたローウルフの毛皮九枚と牙が三つだ。さっさと換金してくれ」

「あいよ、この質の毛皮と牙なら………………銀貨六枚ね」

「チッ、しけてやがんな…………まあいい」


「ロクスの職人集団ガンドウ一門が作ったレブルドー鉱石の短剣だよ! 今なら銀貨十枚だ!」

「レブルドー鉱石か。鉄剣よりは上等だが値が張るな」


 ダリアンの最南、『エリア・ホット・ケイキ』。

 雨雲に覆われた宿場町の通りには屈強な冒険者と金に目敏い商人が変わらぬ日常を送っていた。

 そんな雨の埃が舞い上がる通りの中心に、一台の馬車が止まった。


「はいよ、ここでいいかい?」

「ええ、ここからなら大丈夫、ありがとうね」


 見た目も格式も至って普通な辻馬車の扉が開くと、中から異常極まりない女性が雨の街に降り立った。


「あれはガキか? だけどあの格好は…………」

教育国家アシュバルト主幹教諭グラスグリーンだ。しかしあの引きこもりの学者共の一人がなんでここにいるんだ?」

「しっ、関わるな。アイツらに突っかかるとロクな目に遭いかねない」


 女性の体躯に似つかわしくない黒のローブに緑のマント。怪しさしか感じられない女性は通りを行き交うの者達の畏怖の視線を気にすることなく、街の奥へと歩みを進めた。


 そうして辿り着くのはこれまた怪しげなお屋敷。

 ここ最近では『夜中に幽霊を見た』という噂話が囁かれており街の子供すら近づかない曰く付きの建物の前で、ローブの女性は足を止めた。

 ラプソディ邸。ローブの女性…………魔術師・シャル・クラウドからすれば数年振りに訪れた馴染みのある家だ。


 そして本来なら固く閉ざされている門は、まるで彼女の来訪を予期しているかのように小さく開かれている。


「勘の良さは昔から変わらないわね」


 それに応えるように魔術師は屋敷の中へと入って行った。



   ○○○

 外から漏れ入る淡い光。雨の日の屋敷内は夜とはまた違う暗さを感じさせた。

 しかし進む道が埃とシミに汚れていては郷が削がれるものだろう。


「インテリアの趣味は変わったわね。昔の方が好み」


 皿やナイフが飛び散った食堂には何かが燃えたような跡が至る所に見受けられる。

 貴族の屋敷だと言うのに手入れの行き届いていないその内装はまさしく廃墟と見間違うほど。この様では街の者から言われない噂を立てられても仕方ないだろう。


 しかしそんなことは魔術師には関係ない。

 埃に塗れた廊下を進み、階段を登り目的の部屋の前に辿り着くと、扉にノックをすることもなく部屋の中へと入るのだった。


「ぷぷっ……ぷぷぷぷ…………。アシュバルトでは他人の部屋をノックもせずに入るのがマナーなのかい? 教育国家も最低限のマナーは教えてくれないようだね…………ぷぷっ!」

「それはお互い様ね、貴女もずっとその耳で私のことを街に訪れた時からわよね。もし貴女じゃなければその細い身体を真っ白に凍らせていたわね」


 部屋の中にはソファでくつろぐ金髪の猫族ニングスの女性………………ヘミアン・ドゥ・ラプソディの姿があった。

 彼女は突然の来訪者に驚くことなく、ただただ愉快な表情で笑っている。

 

「ぷぷぷ…………これは手厳しい。でもいいよ、旧友との久しぶりの再開なんだ。これぐらい言っておかないとつまらないよ」

「ええそうね。…………久しぶりね。アミー」

「ふふっ…………こちらこそお久しぶり、先生」


 そうして二人の魔術師は妖しい笑みと共に再開を果たしたのだった。


「ぷぷっ…………、それにしても先生が雨に濡れる姿を見せるなんて珍しいなぁ。何かあったのかい?」

「来る時に道に迷ったのよね。途中で親切な人に馬車を乗せてもらったからここまで来れたけどね。『…………火よ、柔らかな温もりとなり、湿潤を払え』」


 シャルが力の籠った言葉を紡ぐと、突如として手のひらから揺らめく小さな炎が出現し、彼女の服や肌にまとわりついた水滴を瞬く間に細かな霧とさせた。

 そして炎が消えた頃には水一つ付いていない魔術師の姿があった。


「ぷぷぷぷ…………、久しぶりに見たけど相変わらず実用性の薄い魔術だなぁ。そして相変わらず方向音痴なんだね」

「私のことはどうでもいいわ」

「ぷぷっ…………それもそうだ。まあ座りなよ」


 そうして二人はソファへと腰を下ろし暫しの時間を過ごす。

 外は未だに降り続ける雨の音が窓を強く打ち鳴らしている。まるで二人の胸の内を表しているかのように。

 雨音の静寂の中で生まれる沈黙。その沈黙を最初に破ったのはシャル・クラウドだった。


「………………あの二人はどうなったのかしら?」


 何気なく繰り出された疑問。

 この問いにラプソディは噛み殺すようなほどの笑顔を浮かべた。


「ぷぷっ……ぷぷぷっ…………、パパもママも結局虹色の光になったよ。今は屋敷の中を彷徨っているよ」

「……………………そうなのね」

「まああれは二人の自業自得さ。ワタシはそうならないように気を付けるつもりだよ…………ぷぷぷっ!」

「……………………」


 ラプソディは誰かを見下すような下卑た笑みを浮かべる。まるで落ちそうになる涙を堪えるように、湧き上がる怒りを抑えるように!

 その光景をシャル・クラウドはただそれを無言で見つめていた。まるで先の見えない暗闇に転んでしまった子供を憐れむように。


「ぷぷぷっ…………、それで? そろそろ先生がここに来た理由を教えて欲しいなぁ」


 そうしてひとしきり笑ったラプソディは吐き出すようにして来訪の理由を聞いた。まるで先程のやり取りなぞ存在しなかったかのような変わり振りだ。

 

「………………を探すためにラプソディ家に協力、もしくは事の傍観をお願いしに来たのよ」

「ぷぷっ…………、それはなんとも物騒だねぇ。聞いた話じゃ確か銀の調査とワルツ家に魔術を教えに来たんじゃなかったっけ?」

「……………………」

「ぷぷ…………、まあいいよ。かの偉大な魔術師様の頼みとあったら断れないからね」

 

 魔術師は沈黙を貫いたまま、まるで予想外の言葉に戸惑っているように。

 一方、了承の意を示したラプソディは変わらない笑みを浮かべたままにこう続ける。


「でもね、きっと先生が行動を起こさなくてもそれらの問題は勝手に解決するはずさ」

「…………それはどういうことかしら?」

「ぷぷっ…………簡単だよ。このダリアンという街には、という素晴らしき盾があるからね」 


 芸術という盾、なんとも甘美な響きだろうか。

 しかしその真意を…………言葉の奥底に書かれた何かを魔術師は掴めなかった。少なくとも『この話を理解する必要が無い』ことを察知した程度だ。


「そう。でも私は私で動くとするわね。久しぶりの自由も満喫したいしね」

「ぷぷぷぷ…………、先生ほど自由な人は存在しないと思うんだけどなぁ」

「あら、これでもアシュバルトでは『学園一の苦労人』って言われてたのよね」

「ぷぷっ…………、たぶんそれは先生の隣でお守りを任されている学園長に向けられた言葉だよ」


 そうして、二人の魔術師は久しぶりの再会に、歓談の花を咲かせるのであった。


「ぷぷぷっ…………、そういえば聞いたよ。ワルツ家の昼食で出されたハンバーグに見た目相応な声を出したみたいだね」

「…………………その話、誰が発端なのかしらね?」


 その光景を、魔術灯の輝かしい七色の光は静かに見守っていた。まるで成長する花を愛でる淑女と紳士のように。


 ちなみに話しを終えた二人が別れてから一時間後、貧民街の父上ヴァーロンの使いである珍妙な話し方をした男が訪れるのだが、それはまた別の話だ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダリアン幻奏楽譚〜弦と剣にてワルツを奏でる〜 ジョン・ヤマト @faru-ku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ