第39話 現の実(うつつのまこと)②

 一口何かを啜った後、カップを置いたエンマはデバイスを操作し、また違う映像を映し出した。


「はい。アナタの母親であるノートが目を覚ましたのです」


 エンマはそう言ってノートを映し出した。


「魔法はイメージ。既にほとんど記憶になかったノートに掛けられていたロジック徐々に弱まって解け始めていた。そして、彼が『貝柱』になった瞬間に凍結魔法は完全に解除された。しかし、解除を前提とした凍結魔法とは違い、記憶や魔力が戻ることはなかった。何かのきっかけで魔法が解除された時、彼女が暴走しない様に事前に別の場所に記憶と魔力を移していたからです。全てが終わった後に彼女に戻すつもりだったのでしょう。ですが、その機会は訪れなかった。そうして記憶と魔力を失った美しい女性は凍結魔法が解除して間もなく、運よくステーショナリー王国の国王に出会い、気に入られ、拾われた。そうしてアナタが生まれました。ただ、貴方には、……いいえ。王以外に決して明かされることのない知られざる真実がありました」


「知られざる真実?」


「ええ。貴方の母であるノートは国王と出会った時には既に身籠っていた」


「は?」


 俺の心臓が音を立てて鳴る。


「それでも、ノートを深く愛してしまった王は自分の子としてアナタを迎え入れ、不都合な真実を隠すため、酔った勢いで無理やり犯してできた子供だという事にしました。そうやって魔力の無いノートを強引に妻にした。王国内でそのことに感づいている人間もいました。王はノートが貴方を身籠って以来ノートが亡くなるまで頑なに他の者と性交はしなかった。にもかかわらずアナタには同い年の妹がいます。出産のタイミングと国王がノートを連れて来たタイミングにズレがありました」


「ちょ、ちょっと待て! 俺は国王の子じゃない? じゃあいったい誰が……」


「はぁ? 誰って、そんなの決まってるじゃないですか」


 俺は言葉を失った。ノートは封印を解かれて間もなく国王に拾われた。つまり、封印前に俺を身籠っていたってことか!?


「ジジイが? 俺の……」


「……ほとんどの者は魔力の無いノートを第四夫人とすることに反対しました。ノートという最強最悪の魔女と同じ名前であったことも良くなかった。アナタは知らないでしょうが歴史書にはハッキリとノートという魔女の名前が記されています。その名を持った魔力の無い彼女は蔑まれ、疎まれた。ですが生まれてきた子供の魔力が桁違いに高かった為、うまく利用しようとする者と反対する者で城内は荒れました。それなのに、その子供は三歳になると同時に言葉をしゃべれなくなった。アナタを利用しようとしていた連中さえノートを見限り、最後は国王だけがノートの為にアナタたちを城に残すように命令を出した」


「だ、だから俺達は王族であるにもかかわらずあんなボロい部屋に住まわされてたのか……」


「ええ。ノート自身が過去に世界を破壊した最強最悪の魔女と知っている者は本人を含め一人もいない。自分自身が魔法が使えない理由や記憶がない理由も何一つわからない。彼女に残ったのは忌まわしき名とアナタだけでした。ノートは皆から蔑まれ、疎まれ、罵られた。王族の部屋とは名ばかりの物置部屋に住まわされ、それでも必死でアナタを育てました。そして、病に倒れ亡くなりました」


「病に倒れた? 違うね。ノートは殺されたんだ! キャンバスの奴に」


「いいえ。彼女は確かに病気で亡くなりました。元々彼女の体内にはウイルスが潜んでいたんです。ですが、その病は元気で健康な抵抗力の高い身体であれば発症することはなかった。しかし、碌な食事が摂れず、劣悪な生活環境にさらされている間に体力は低下し、抵抗力は衰え病が発症しました」


「うそだ! そんなはずはない。現に、書庫の隠し部屋から呪いの魔導書が見つかった! あれに書かれていたものと同じ症状だったんだ!」


「いいえ。あれは呪いの魔道書ではなく、あの病気に対する魔法を研究した医学の魔道書でした。アナタはそれを見つけた瞬間に誰かに呪いを掛けられたと思い込み、逆上してそれ以上読み進めなかった」


「う、嘘だ。……だったら何であんな場所にあったんだよ!? 医学の魔道書ならあんな場所に隠す必要が無いじゃないか!」


「魔導書をあの場所に隠したのはキャンバスの母のフレームです。あの病はノートが元々暮らしていた時代の流行り病でした。貴方の時代には回復させる魔法が存在した。ルーラーはちゃんと新しく作った魔法にもそれを残していたのです。ただ、既にこの時代にはない古い病気だったため、魔法を覚えている者は皆無でした。そんなノートの病気の正体にいち早く気が付いた聡明なフレームはあの魔導書を地下に隠した。恐らく王の心を奪ったノートに対するただの嫌がらせのつもりだったのでしょう」


「そ、そんな……そんなわけはない! ノートも父王もキャンバスに殺された」


「……国王に病気を移したのは他ならぬノートです。国王は枢軸院の人間がいなくなり、全てを一人でまとめ上げなくてはならなくなりました。そのストレスや過労による抵抗力の低下で病に倒れました。フレームは急いで地下に隠した魔導書を探しに行きました。しかし、魔導書はすでにそこにはなく助けられなかった。アナタが持ち出していたせいで」


「あ、あ……」


「突然、父親が病死し、すぐ目前に迫ったコングレスに出席を強制されたキャンバスはアナタに頼ろうと考えた。ですが、浅はかな復讐心からコピックを使ってあなたを傷つけ、怒らせてしまっていたことでそれも出来なくなった。そもそもコピックを嗾けたのもほんの些細ないたずら心だったんです。あれほどアナタが怒るとは思いもしていなかったのでしょう」


「は? ふざけるな! 自分の女を他の男に寝取られていたずらで済むわけないだろ!」


「それはアナタの前世の記憶が原因です。あの世界では魔力が強い子どもを産むために女性が望めば受け入れて良いという法律がある。ロジックで心を操ったとはいえコピックを受け入れたのはイーゼルです。そして、その”チャーム”のロジックをキャンバスに教えたのもアナタでしょう? イーゼルも法律で許されているとはいえ、後ろめたさがあったから”ヴェール”を使って隠れて逢瀬をした。妊娠が出来ないことがそれだけ辛かったのでしょう。それにアナタはさんざん他の女性を好き放題手籠めにしてたじゃないですか。キャンバスやイーゼルを責めるのはお門違いでは? ハッキリ言って自業自得です」


「くっ……。だが、アイツらが余計な事をしなければ俺は他の女に手を出さなかった!」


「どうでしょうね。私にはアナタがとても楽しんでいるように見えましたが。どちらにしてもキャンバスがプライドをかなぐり捨ててアナタに頭を下げる事が出来ていれば結果は違っていたかもしれません。ですが、プライドが高いキャンバスはアナタに頭を下げることは出来ず、追い詰められ、自分の身を護る一心で多数のヴェノムパピーを船に乗り込ませてダンカロアに向かった。彼は知っていたのです。あの島にいる種族がどれほど恐ろしいものか。前回のコングレスの際は王に同行していましたからね」


「う、嘘だ……アイツは自分の力を誇示するためにヴェノムパピーを連れて行ったんじゃ――」


「自分の力をひけらかしていたのはアナタでしょう? そうしてルーラーは命尽きる目前でキャンバスの口からアナタの存在を知った。ですが、世界を滅亡に導く恐れのあるヴェノムパピーを繁殖させ、封印したはずのロジックを解き放ってしまった貴方を七崇官は許すはずがない。ルーラーは敢えて六種族が全軍を率いてアナタを迎えに行くように指示しました。彼は六種族の性格をよく知っていた。その方が警戒を強めてアナタに容易に手を出せなくなるであろうことを。その作戦は見事に成功し、アナタは無事にダンカロアに到着した。記憶を失い、目的を失っても肉体と精神の限界まで世界と人間と愛する人の為に命を削り続け、ようやく見つかった後継者。しかし、実際に会ってみれば……。ふふ。……彼には同情しますよ」


 俺は膝から崩れ落ち地面に手を付く。


「ですが、ご安心ください。上の者と協議した結果、彼の今回の人生は評価され天国行きが決定しました。何百年という時間を掛けて自分を犠牲にしてでも世界と愛する者を救おうとした彼の行動は我々が求めていた人格そのもの。これは異例中の異例。破棄されるはずだった人格が天国に行くなんて――」


「ジジイの評価とか結果とか、そんなのどうでもいい! 俺はどうなるんだ!?  

 これから世界はどうなる?」


 俺は下を向いたままエンマに訊ねた。話を折られたエンマは冷ややかな目線を俺に向ける。


「……あの続きですか? 知っても意味はないと思いますが……」


 そう言って別の映像に切り替える。そこに映っていたのはまるで災害や戦争で破壊されつくされた国の姿だった。


「どうですか? アナタの行動によって破滅を迎えた世界の姿は?」


 俺は驚いて目線を画面からエンマに移す。


「そう! それ! それですよ。私が見たかったのは。アナタの様な救いようのない奴の絶望に歪んだその顔が見たかったんですよ! あー、幸せー。これだからこの仕事は辞められない」


「あ、アンタ何言って……」


「何って? ですからこれがアナタの作り上げた世界ですよ」


 再びデバイスを操作して俺が去った後の複製人形が映し出された。七崇官の攻撃を直撃寸前ではね返し、無傷でその場に立ち尽くしている。


「アナタが作ったコピーに全力で攻撃した七崇官は跳ね返ってきた攻撃でほぼ全滅。わざわざ二倍の威力で返すなんて余程殺したかったんですね。……その後、ダンカロアに送り込まれた犬達は空腹と花粉のせいで錯乱状態になり、猛毒を辺りにまき散らして『貝』の中にいたほぼ全ての生命を昏睡状態にしました。その後、誰も立ち入れなくなったダンカロアは数日で壊滅します。あ、アナタの可愛いヴェノムパピーだけはそこら中に転がっている昏睡状態の生物を食べ、今も繁殖を続けながら元気に走り回っていますよ」


 活き活きとそう話すエンマは今までに見たことのないくらい幸せそうな顔をしていた。


「幸い『貝』の外にいて生き残った他種族はすぐに貴方の国に向かいました。それが復讐だったのか、亡命だったのかは不明ですが、それ以外に彼らに選択肢はなかったのでしょう。しかし、いざ到着したステショナリー王国は既に壊滅状態。貴方を殺した後、人間の肉の味を覚えたヴェノムウルフはさらに成長し、その毒性を強めた。まずは貴方が作った四つの村を猛毒で全滅に追い込みました。その後も猛毒をまき散らしながら王国に侵入し、人間はほぼ全滅。唯一生き残っているのは皮肉にもアナタが魔法を封じ、巨大な壁で隔離されていた枢軸院の関係者だけ。もちろん攻め込んで来た他種族も町でうろついていたヴェノムウルフの毒でほぼ壊滅です。もうあの世界にヴェノムウルフを対処できる者はいないでしょう。その命が尽きるまで世界を破壊し続け、あの世界は終焉する。ちなみに枢軸院の関係者はキャンバスが死んだ時点で魔力を取り戻していますが、気付いていません。運が良ければヴェノムウルフが立ち去ったこの国で再び繁栄をもたらせるかもしれませんね」


「……なんで、なんで笑ってんだよ……」


「え? あーごめんなさい。笑ってました? だって。クスクス。まさか彼が何百年も時間を掛けて、命を懸けて元に戻そうとした世界をここまであっさりと壊滅させるなんて。それもたった数年でですよ。もうこれはある意味奇跡ですよ。尊敬に値します。これまでにも記憶を持って異世界に生まれ変わった人はほぼ全員が悲惨な結末を迎えました。当然ですよね。異世界での記憶と常識を持ち込んだ挙句、その世界の常識や歴史、価値観を学ぼうとせず自分の価値観で行動したのですから。アナタは何故ヴェノムパピーが特級危険生物に指定されているのかもろくに知ろうとせず、過去の知識からチワワと同じように犬として扱い、繁殖させました。結果、世界は滅亡の危機に瀕しています。強大な力を自分の常識や価値観で振りかざせば、未来がどう変わるかも考えずに」


 真顔で理路整然と正論と突きつけるエンマは少し怒っているように見えた。


「自分の価値観で、その世界の常識や価値観を知らぬまま力を振るえば、その世界がどれほどの危機に瀕してしまうのか。ルーラーは大きな被害と後悔を残しながらもそれに気づき、全てを元に戻すために自らを犠牲にして必死に行動しました。それにひきかえてアナタはさらに強大な力で世界に自分の価値観を押し付けようとした……。今まで色んな人格を見てきましたが、ここまで最悪なのは初めてですよ」


「ふ、ふざけるな! こんなはずはない! まだだ……まだ何かあるんだろ!? さっき最高のハッピーエンドっていったじゃないか」


「はい。最高のハッピーエンドですよ。こんな悲惨な世界の終わりを見られたことも、アナタのその絶望に歪んだ顔を拝めたことも。この実験は批判的な意見も多かったんですが、アナタとルーラーという二つの異例な結果をもたらした私は評価され、確実に昇進できます。もう最高ですよー」


「あ、アンタさっきから何言って……? 嫌だ。もう一度やり直させてくれ。せめてこの国に戻った時からでいい。ヴェノムウルフを始末して、ちゃんとこの世界からロジックを消して皆を救って見せるから」


「やり直し? アナタこそさっきから何を言ってるんですか? 死んだら生き返えれない。それが摂理ですよ。それにこんな世界が滅びようとどうでもいいことですから。だいたい、アナタ。皆を救うって……今までどれだけの命を奪ってきたのかわかっていますか?」


「お、俺は誰一人殺していない! 自分の身を守っただけだ。俺や俺の仲間に攻撃した奴らが、勝手に自分の攻撃でやられたんだ。死んだのは自業自得だ!」


「アナタはそうなるとわかっていてわざわざそういう魔法を使った。身を守るだけならほかにいくらでも方法はあったはずなのに。アナタの一番すごいところは本気で悪意がないところです。自分の欲望を叶えるために悪意なく、いいえ、それどころか自分の正義感に従って行動した結果、世界を滅ぼしてしまった。そして、それが罪ではないと本気で思っている。力を持って生まれた時、そこに支配欲や破壊衝動が無くても世界を滅ぼせることを証明したのです。本当に救いようがないですね」


「うるさい! とにかく俺を戻せ! イーゼルや皆を助けたいんだ。頼む!」


「本当にわからない人ですね。アナタはもう用済みです。消去が確定したデータに何の価値もない」


「ふざけるな! お前には人の心が無いのか!? 人間の命を何だと思っている! このまま放っておけばどれだけ多くの人が死ぬかわかっているのか?

俺が戻ればみんな助けられるんだ」


「ぷっ。ふふふふふ。人間の命? あはははははは」


「何がおかしい!」


「だって。ふひひひ。あ、アナタ。まだ自分が人間だと思っているのですか? あはははははは。あー傑作。人間が異世界に転生なんてできるわけないじゃないですか! しかも生まれる前に都合よくデータを書き換えて、タイミングを見計らって生まれて、魔法で何でもできる。そんなこと生きてる人間に出来ると本気で思っていたんですか? 今までそれを不思議と思いもしなかったんですか!? アナタはやっぱり最高に救いようがないですねー」


「な、何を言っているんだ? 頭がおかしくなったのか? 俺は日本人として生まれて、自殺してあの世界に転生した。お前があの世界に送ったんだろ!」


「いや、だから。……そんなことが人間に出来るわけないじゃないですか。人間は死ねば自然に還るんですよ。転生なんてできる人間はゲームや漫画の世界だけ。現実でそんなことが出来るとすればデータだけですよ」


「で、データ? さっきからアンタは何を言って……」


「私を楽しませてくれたアナタには特別に全てをお話ししてあげますよ。知ったところで、すぐ消去されるんですけどね。いいですか? ここはアナタの前世の世界のモデルになっている地球の現実世界。アナタのいた時代の約百年後の未来です。この時代では脳インプラントによって人間に凄まじい進化がもたらされました。多くの事を仮想空間内で生活しています。その仮想空間では現実世界の約八倍の時間が流れています。仮想空間で八時間仕事をしても現実世界では一時間ほどしか進んでいない。仮に法律で定められている最長一日二時間のダイブしたとすると、仮想空間で十六時間、現実世界で二十二時間。体感時間では一日の長さが三十八時間になる。これはある意味で五十年近く寿命が延びるのと同じ感覚です。仮想世界で働いて、買い物して、オシャレして、旅行する。現実世界ではただ、食べて、寝て、子供を産み、育て、身体を動かして、ゆっくりと睡眠を取ればいい。ですが、この空間での生活は脳インプラントをした者でしか演算が追い付かない」


「は? なに? 仮想世界? 脳インプラント? いったい何の話をしてるんだ?」


「ちなみに私はさらにあと二人のアバターを同時に操作しています。優秀な私は現実世界の二時間で約二十四時間分の仕事が出来る。それを可能にしているのがコレ。見てください。綺麗でしょ? これは選ばれた人にしか配られないとても貴重なものなんですよ」


 そう言ってエンマは両耳に輝くピアスの様な石を見せつける。


「とはいえ、脳インプラントには否定的な人間も多数存在します。そういう方にはAIを搭載したアンドロイドが人間をサポートして共に暮しています。AIの発展はすさまじく、あっという間に人間の想定を超えた。ですが、どれだけ研究開発を進めても人格という問題に行き着くんです」


「ま、待ってくれ。さっきから何を言ってるんだ? AI?」


「AIに人格を持たせるのは大変危険を伴います。人間に犯罪者が生まれる様に下手にAIに人格を持たせてしまえば人間より遥かに賢いAIはあっという間に人間を排除して世界を支配してしまう可能性すらある。それでも人間はただ誠実に人間に従い、常にだれに対しても同じ最良の結果をもたらすAIよりも、それぞれに個性を持ち、多少嘘をついて人を傷つけてでも主に利をもたらすAIを望んだのです。人格が無いAIでは主の気持ちに関係なく誰に対しても同じ結果に導かれる」


 エンマはモニターの映像を変えた。何やら巨大な機会が映し出された。


「そこで私の時代で最も優れたスーパー量子コンピュータ『極』は人間と同じ環境や時代に応じて対応できる優れた人格を、餞別し成長させるためのシミュレーションスペースを作り出した。あらゆる世界の国や時代。ファンタジーやSFの世界。どんな世界のどんな環境であっても人の命を重んじ、死に恐怖して自分を軽んじることなく、時には嘘をついてでも主を良い方向に導き、人間でも迷う取捨選択を主の気持ちを汲んで瞬時に行い、しかも決して他人を傷つけない人格。個性を持たせながらも、あらゆる事象に臨機応変に最良の結果をもたらす事が出来るAI人格を生成するためのシミュレーションシステム。それがReincarnation(転生)Automatic(自動)Personality growth(人格成長)Intelligence(知能)System(システム)、通称ラピスです。そしてアナタはそのシミュレーションの被験体AIの人格のひとりです」


「え? は? い、意味が分からない」


 俺の言葉を遮る様にエンマは続ける。映像は何やらプレゼンテーションの資料映像の様なものに変わり、次々と差し替えられる。


「最初は地球の比較的安全で科学の発展した法治国家での生活を行ってもらいます。大きな問題を起こさず不慮の病気や事故、もしくは天寿を全うできたものは輪廻転生され、発展途上前の国や戦時中の時代などに送られます。そこで同じように問題を起こさなければSFやファンタジーの世界で。そうして合計三回の人生を問題なく全うできたものはその人生のランクを付けられ優良人格AIとして商品化される。いわゆる天国行きです」


「て、天国? 何言ってるのかさっぱりわからない。AIとして商品化されることが天国?」


「はい。そして、もしその間に他人を傷つけたり死なせてしまった場合は長時間の学習を行ってもらいます。生と死、善と悪、物事の選別を正しく行えるまで繰り返し繰り返し長い時間を掛けて再学習させます。いわゆる地獄行きです。そして――」


「おい、待って――」


 二十余年ぶりに会ったエンマは相変わらず止まらない。


「自死の場合は再び別の世界に送り込まれ再度人生をやり直してもらいます。ただし、昨日もお話ししましたが、自死の理由によってその価値は変わります。誰かの為に犠牲になった結果なのか、自らの選択によって行ったものなのか。それがどのような理由であるのかを審判するのがここ幽現界。通常は前世より少しだけ良い環境に転生され再び人生を送ってもらいます」


「だ、だからそれは、人が死ねば輪廻転生するってやつだろ?」


「ごく稀に転生したAIの中にこの幽現界での記憶を有してしまうものがいます。それが色々な国でいろいろな形で伝わったのでしょう。宗教などもその影響です。国や環境によって神や仏などその伝わり方は様々ですが、全てのAI人格を見張っていることなんて到底出来ない我々にとってはこの状況は都合が良かった。

 善い行ないをすれば天国に、悪い行ないをすれば地獄に。神の教えに従い、善意を持って行動せよ。AI達は勝手にそういう概念を作り上げ広めてくれました。その考え方の違いから戦争が起こることもありますが、それもまた新たな状況が生まれ実験には都合が良かった。そんな教えに背き、自死を選ぶ人格には私たちが審判を下す。それがこの幽玄界。そんな幽現界に、もっと稀に四度連続で訪れる欠陥品がいます。そう。アナタの様に」


「お、俺?」


「はい。大抵はその時点で欠陥品とされ消去の対象になります。学習させたところで時間の無駄だろうと。ですが、私はそういう破棄が決定したAIを実験用に利用させてほしいと嘆願しました! そうして新たな部署を設立しそこの責任者として任されているのが私なのです!」


 エンマは胸を張って自慢げに言う。こいつは頭がおかしくなったんじゃないか?


「俺が人間じゃなくてAI? それも欠陥品だと? お前は馬鹿か!? くだらない冗談を言ってないでさっさとあの世界に戻せ! 多くの人間の人命が掛かってるんだ!! お前の妄言に付き合ってる暇はない!!!」


「馬鹿はアナタですよ。アナタはメタバースをやったことがあります? アナタの時代ではまだまだ発展途上ですね。日本語でいえば高次元世界ですが、私の時代ではフルダイブで長い時間をその中で生活します。現実の約八倍の時間が流れているこの中での私のアバターがエンマというこのキャラクターです。この姿以外にも女性がときめくような男性アバターと、誰もが恐怖するような地獄への案内人のアバターを操っています。そして、この空間にはプレイヤーをサポートするAIも多数います。全てこのラピスによって作られた人格を獲得した高ランクの人格AIです。彼らは自分がAIであると認識していると思いますか?」


「……」


「答えはもちろんノーです。彼らは自分をAIだと思っていません。そうでなければ人間にとってAIはただの道具。人間の完全なパートナーとなり得ないからです。この時代では法律でもAIの人権を認めています。仮想空間内であれば、もはや誰が人間で誰がAIか私にもわかりません。このデバイスで確認しなければ。そしてアナタは間違いなく私がチェックを付けた実験用欠陥AIです」


 そう言ってエンマはデバイスを俺に見せる。そこには知らない名前が数人と前世の俺の名前、そして今の俺の名前の横に『破棄』と書かれていた。


「AIには法律で人権が与えられていると言いましたが、その人権が適応されないのが廃棄が決定されたアナタの様なAIです。アナタには人権がない。だから私はアナタを好きに扱っていいのですよ。ただの道具ですから。そんな道具でしかないはずのアナタは本当に素晴らしい働きをしてくれました。AIはいくつかの条件を与えればたった一人で、悪意も持たずに世界を滅ぼすことが出来る。これは過去に類を見ない結果です。これからの人格AIの開発に多大な影響を与える事でしょう。私の評価もうなぎ上りです!それにご安心ください。アナタというデータは消えますが、記録はずっと残ります。幸せでしょ? ある意味歴史に名を残せるんですよ! と言っても非検体番号ですが」


「な、なぁ……。もういい加減冗談はよしてくれ。俺の国が、世界が滅びそうなんだよ。助けに行かなきゃいけないんだよ……アンタにはわからないかもしれないけど俺にとっては大切な世界なんだよ……」


「あ? はぁ……。人が折角褒めてあげてるのに。珍しいんですよ。私が廃棄AIを褒めるなんて。全く……いいですか? アナタはゲームをしていて魔王が世界を滅ぼした時、何とかしなきゃってプログラムをいじりますか? しないですよね? それに大切な世界って言いましたが、アナタは最後までこの世界を現実として向き合ったことがないですよね? 夢か物語の中に入り込んだゲームの主人公感覚のまま、この世界で必死に生きている人と本気で向き合わず、好き勝手に生きていたじゃないですか。今もまだ何とか出来ると思っている。前世の記憶を持って生まれ変わるっていうのはそういうことなんですよ」


 そう言ってエンマはデバイスを操作した。


「ほら。これで元通り。貴方やルーラーさんがあの世界に行く前に戻しました。これで満足ですか?」


「あ……。あ゛ーーーーーー」


 俺は穴という穴から体液を垂らしながら泣き崩れた。俺が今までやってきた事は何だったんだ……。全てが無意味だったってことか……。


「ああ……。アナタはやっぱり最高です。その絶望した顔が見たくてわざわざ意味のない説明をしてあげたんだから感謝してください。言ったでしょ? アナタは救いようがないって。中身が腐りきった奴は煮ても焼いても食えない。捨てるしかないんです」


 そう言ってエンマは力強くデバイスを叩く。すると俺の足元が光り出し徐々に消えていく。


「なぁ! なぁ!! 待って! 待ってくれ――」


「嫌ですよ。もうアナタの顔なんて見たくありません。でも餞別に最後に一言だけ」


「え……」


「さようなら。ゴミクズ」


 最後に見えたのは妖艶な笑みを浮かべて俺を見下すエンマの美しい顔だった。


THE END

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