幕間 『──Myosotis──  或る乙女の日記 』

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12月9日。



あの写真と同じ場所は酷い有様だったわ。

これが地獄でなければなんだと言うの?


倒壊した瓦礫の街、沢山の積み上がった死人の山。

数多の人々の悲痛な叫び声。

絶望に染まった世界。


人の声に気付いて見て見れば、同じ種族同士なのに迫害し合う姿があった。


嗚呼・・・・あの人達も、みんな同じ【気持ち悪い肉塊】なのね・・・・・・。


本当に、気持ち悪い・・・・・。







――――――ふと、一人の【少年】と目があった。






あれは・・・・子供・・・・・?





綺麗な赤と蒼と緑・・・・。

なんて、美しいの・・・・・・。



怒りと憎悪が込められた凶刃があの子供の身体に突き刺さろうと迫る。



如何してなのか、理由は分からない。

わえの知らない感情と想い。



咄嗟にあの子供を抱き締めた。

そう、気が付いたらわえの身体は動いていた。



どうして?



分からない。



でも、私はあの子供を絶対に『助けたい』と思ったから。



だから。


『誰かを助けるのに理由なんかいらないの。

助けたいと思ったから助けただけ。

理由なんてそれだけで良いのよ。』




そう、口にしていた。




嗚呼・・・・本当に良かった。



あの時、見た貴方の瞳が綺麗だったから。



貴方が死ななくて本当に良かった・・・・・。



嗚呼、これが『恋』に落ちると言う事なのね・・・・。




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6月5日



その日も外は何時もと変わらない雨。

朝からとても息苦しいくて、咳き込んでしまう。



昔からこの苦しさには慣れているはずなのに。



心配そうにリュグは気遣ってくれる。

嗚呼、なんて優しい子。



あの子に心配はかけたくなかったから

孤児院の子達と遊んで来なさいって送り出したけれど。



・・・こうして一人でベットに横になる。

外はずっと降り止まない雨の音だけが聞こえる。



ひとり。



誰もいない部屋で外を眺めるなんて何時ぶりかしら・・・・?



嗚呼、時々兄様が来てくれた事もあったわね。

懐かしい。



自分以外誰も居ない部屋。其れだけがわえの【世界】。



何時の間にか眠ってしまっていたみたい。

気が付いたらリュグが隣に居てくれた。

心配になって帰って来たのかしら?


優しい子。

こんな優しい子にわえは、この子が自分の者にならないなんて理由で

あの人たちを・・・。




・・・・嗚呼・・・・愛しているわ。

愛しているわ、リュグ。

こんなにも貴方は優しいのに如何して・・・・わえは・・・・。

こんな【バケモノ】なのかしら・・・・・。





─────────


6月8日


リュグに部屋で待って居て欲しいと言われたけれど、どうしたのかしら?

今日はずっとソワソワしていたような・・・・。


こんな夜遅くに話があるとは言っていたけれど

何かあったのかしら???

ここ数日間はロークス達と何やらこっそり話をしていたようだけれど。


あら?ノックの音が聞こえる。

帰って来たのかしら?



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「こんばんわ、リュグ。さぁ、部屋にお入りなさい。

今夜も雨で冷えるからリュグの好きな甘い蜂蜜ミルクを淹れたのよ。

それで、一体どんなお話かしら?もしかして何か悩み事かしら?」




「え?違うの?ふふふ、本当にどうしたのかしら?

なんだかソワソワしてるようだけれど。

ん?時間?そうね、あと五分で零時になるけれどそれがどうかしたの?


えっ???目を閉じて欲しい?

良いけれど・・・・何だか少しワクワクするわね。

これでいいかしら?」




「・・・・・これは・・・・指輪・・・・・?

これを・・・・・ワタクシに・・・・・?

誕生日プレゼントに・・・・・?

・・・・・リュグとお揃い・・・・・?」



リュグからの誕生日プレゼント。


あの子の瞳と同じ蒼く輝く石が付いた銀の指輪。


どうして、わえの誕生日を知ったのかしら?

だって、わえはあの子に言った事なんて無かったのに・・・。



リュグが嬉しそうにわえとお揃いだって言ってくれた。


あまりの突然で考えが纏まらない。

大好きな、愛するリュグからの、『たからもの』。


嬉しくないわけがない。

でも、本当に貰っていいのかしら・・・・・・・・。



だって、わえは・・・・・・・・・。



わえは貴方が、リュグが思っているよりもずっと醜くて、汚くて・・・・。



始めて人前で涙を見せた。

嬉しくて泣く事もあるのね。

なんて、あたたかいのかしら・・・・。




えっ・・・・・?

わえ、リュグに・・・・・・



え・・・わえは夢を見ているの・・・・?

えっ、さっき、リュグ、の唇が・・・・・・



嗚呼・・・・・・。




ずっと、このまま。



永遠に。




この夜が明けなければいいのに・・・・・。




――――――――――――



6月9日



翌朝、あの子に手を引かれて孤児院に行ったら子供達が

わえの誕生日パーティーをしてくれた。

皆でバースデーソングを歌って、皆で造ったケーキや料理を食べて、

皆からプレゼントとして小さなオルゴールを貰ったわ。



帰り道にあの子の手を繋いで二人で一つの傘に入って夕暮れの雨の街を歩んで行く。



その時、言ってくれたリュグの言葉。



麗霞リーシャさんと僕はずっと同じ場所に居られるよ、

これからもずっとずっと一緒に。

麗霞リーシャさんはずっと此処に居ていいんだよ。

僕は麗霞リーシャさんと出会えて幸せだから。』





照れたように笑うリュグ。






──────それは本当に夢のような時間。





嗚呼、こんなにもわえは『シアワセ』で世界はこんなにも美しいのに。




なのに如何してわえは孤独なのかしら・・・・・。



愛しているのに。

リュグに愛されているのに。



如何してこんなにも。

泣きたくなるほど胸が切ないのかしら・・・・・?





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きっと、貴方と出会うまで

わえはの心は死んでいたのでしょう・・・・・。




きっと、初めからこの想いは歪んでいて

壊れて、狂ってしまっているのでしょう・・・・・・・。




きっと、わえの『愛』は、間違っていてリュグはわえを恨んで、

憎んでいるでしょう・・・・・・・。




でも。




でもね、リュグ。




それでも。




どんな風に思われていてもわえは、貴方の事が。




わえは貴方を愛しているわ。





ずっとずっとずっと・・・・・。

貴方を。







リュグを愛しているわ。






嗚呼・・・・。

こんな独りよがりな想いでいたら怒られてしまうかしら・・・・・。




だって、わえの初めての『恋』なんですもの・・・。





駄目ね、想いを隠し続ける演技は慣れているはずなのに。




貴方へのこの想いだけは本当の気持ち。




嘘ばかりの、偽りばかりのわえのたった一つの真実。





嗚呼、でも。





こんな『噓吐き』のわえはリュグと添い遂げれはしないでしょうね・・・・。






――――――――――――



七つの大罪の中であの子が選んだのは



『嫉妬の大罪』。



取得条件は『他人を許せる強さ』・・・・・。

『罪を憎んで ヒトを憎まず』・・・・。




一度、リュグはわえを許そうとした・・・・・。




でも。





≪あの人は絶対に僕の手で 殺す・・・・。≫




「僕は貴方を 許さないっっっ!!!!!!

絶対にあの日された事は

    忘れてないからなっっっ!!!!


あの時やられた事、あの日やられた事、

全部、全部、全部、全部っっ!!!


そっくりそのまま返してやるっっっ!!!!!


貴女は僕がこの手で直々に

    首を撥ねてやるっっっ!!!!


僕が貴女を殺してやるから待ってろっっっ!!!!!」




そう、あの子は言ったのわ・・・・・。




それはわえがあの日、リュグに掛けてしまった約束の言葉。




貴方を縛ってしまった呪いの言葉。




貴方の憎悪、憤怒、侮蔑。




嗚呼、こんな約束に縋ってしまう

わえをリュグはきっと卑怯って思うわよね・・・・。



自分勝手な醜い感情で貴方と離れてしまうのが嫌だと言うそれだけの事で

犯してしまった許されざる行いも。



あの日、貴方を苦しめて貴方に耐え難い深い心の傷を与えたわえの事も。



リュグが一番大事にしていた、貴方の大切な家族のあの子達を

死なせてしまったわえを。



貴方の大事な友達を助けられず、喰らってしまったわえの事を。




ええ、貴方はきっと。永遠に許しはしないでしょう。



でも、それでいいの。それでいいのよ、リュグ。




リュグ。わえを許さないで。許さなくていいの。




どうか、永遠に許さないで。




リュグ。





わえを一生、許さないで。




――――――――――――





(手紙は震えて歪んだ文字で

所々に赤黒い血の飛沫と涙で滲んでいる。)







・・・・・・たとえば。








たとえば霧のように降りしきる雨の日。

たとえば燃えるように揺らぐ夕暮れの景色。

たとえば優しい潮騒が響く夜の海。

初めて貴方と出会ったあの日の青と緑。






貴方がいて、笑ってくれるだけで、嬉しかった。



貴方がいて、触れるだけで、安心できて、不安になる。



貴方がいて、歩いているだけで、嬉しかった。



貴方がいて、名前を呼んでくれるだけで、『シアワセ』だった。




一緒にいれて、一緒じゃないのに。



ほんのひととき。



嗚呼、その木漏れ日が暖かそうで立ち止まっただけみたいに。




・・・・・夕暮れの雨の中、一緒に手を繋いで帰ったあの時。







麗霞リーシャさんと僕は同じ場所に居られるよ。』と言って

貴方は笑ってくれた。








麗霞リーシャさんは此処に居ていいんだよ。

僕は麗霞リーシャさんと出会えて幸せだよ。』





あのね、リュグ。



わえはずっとその言葉を、ずっと、誰かにそう言って欲しかったの・・・・・。








貴方は、リュグはわえのたった1人の英雄ヒーローよ。




だって、貴方に出会えてわえは救われたんですもの。




嗚呼・・・・・。



もしも、わえの想いが伝わるならもう一度、リュグに笑って欲しい。



もしも、わえの想いが届くならもう一度、リュグと手を繋ぎたい。




わえの名前を、本当の名前を・・・・・。

『ミネルヴァ』って呼んで欲しい。




もしも、もう一度。あの日のように・・・・・。




でも。そんなこと。もう叶いやしないのに。







ごめんね、リュグ。




――――――――――――



(日記の最後に挟まっていたのはかつての孤児院の子供達と

はにかんだ笑みを浮かべ、リュグと子供達と一緒に手を繋いでいる

ミネルヴァの誕生日会の一枚の写真であった。

二人の両手にはあの日の指輪が嵌められ、其処に写る彼女はまるで

初めての淡い恋を語るような一人の乙女であった。)





夢を見たわ・・・・・・・・。



かけがえのない貴方と大好きな、愛するあの子達との日々。




その陽だまりのような、あたたかな光のセカイ。




ずっと夢を見ていたかったけれど、もう、覚める時間ね・・・・・。





きっと、今日がわえの、最後・・・・・。

今日、リュグに 逢える・・・・・。






だいじょうぶよ、リュグ。

きっと、あなたは 誰よりもずっと、強いから。




だいじょうぶ。

貴方のそばには たくさんの 仲間が家族が いるから。




だから。きっと。わえを 殺せるわ。



嗚呼、もう行かなくちゃ。もう、時間ね・・・・・・。




でもさいごに。




さいごに。

神様、どうか、祈らせてください。




どうか、どうか。

リュグの、【夢】が 叶います ように・・・・。




どうか、どうか。

リュグが、いつまでも 笑ってくれますように・・・・。



リュグ。



リュグ。



どうか、どうか。いつまでも。いつまでも。




『シアワセ』に、なってね・・・・・。




リュグ。




ずっと、いえなかった。




初めてあったあの日、あなたと出逢えて。




わえは 『シアワセ』よ。




リュグ。りゅぐ。



こんなわえと 手をつないでくれて ありがとう。




リュグ。



たくさん ひどいことして くるしめて ごめんなさい




りゅぐ。




だいすきよ。





あいしていているわ。




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『 Memento Song 』 ぐるこ☆さみん @alice996602

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