第30話 ローンテッド声明

 イングリウム王国は、我ら龍剣士団とその長たる国王によって打ち立てられた存在だ。


 かつてヨシューア大陸を追われた我らが祖先は、海を渡り未開拓のアルビオンから魔物を追いやり、今では海上覇権を握る強国となった。


 それでも海軍だけではこの覇権は作れない。少数かつ武勇に優れた龍剣士達が居たからこそ、迅速かつ早く敵に打ち勝つ事が出来たのだ。


 陸を征し、他者を征したのは紛れもなく龍剣士達の功績であり、これは事実であり否定できるものではない。


 しかし、、、


 龍剣士は不当に追い立てられている。武勇ではなく、経済においてだ。


 忠誠を尽くすべき王はこれに何もせずにしないどころか、近年ではその流れに力を貸している始末だ。


 我々が問いたいのは3つである。


 1つ。なぜ龍剣士の特権であった選挙権を高額納税した輩に与えてしまったのか。財を成しただけで真に愛国心や忠誠があるか甚だ疑問である。


 2つ。なぜ祖先に賜った土地や家財への金利を統制したのか、これでは我らが貸したもので金を儲ける事が出来なくなる。


 3つ。新たな龍剣士の勲章を全廃したのに、軍人達への勲章を新たに【龍剣士章】制定した事である。これはこれまで我らが築いた威信にただ乗りする如き侮辱である。


 我々は議会によって制定されたこれらの屈辱的法案に対して武力で応じなかったのは、我らが長であり同盟者である国王自身がこれを承認したからである。


 それでも我らを滅ぼそうとするならば、我らは我らの意思と誇りによって自分を守る権利がある。


 ―――


 アビサルはゆっくりとポットから流し込む。ポットの中でしみ出した茶がカップに注がれて、湯気を上へと昇らせる。


「どう見るのですか?」


 彼の背中から声をかけるのはハイゼル。テーブルへと向かって、手元にはローンテッドの記事と声明。


「さて、どうしたものか」


 鉄のトレイに載せた2つのカップ。アビサルはハイゼルに差し出すと、ゆっくりとした手つきでカップを選ぶ。まるで自分の運命を掴むかのような逡巡と共に片方を手に取った。


「……アビサル公爵」

「どうしたんだ」

「あなたであればもう少し穏便に済ませれたはずです」

「過大評価だ。私もそこまで万能ではないよ」


 ハイゼルの選ばなかった方のカップを手に取って彼は自分の席に着きハイゼルと見合わせる。


「なにを、焦っているのですか」

「……そうだな」


 ハイゼルとアビサルは二人共カップに手をかける。互いに目配せをして口を付けた。


 ~


 まず、イングリウムはその国家的立場上友好国は極めて少ない。


 龍結晶の産地であるアルビオン島と、龍結晶を使える一部の血統による武力での覇権。それは著しく安定性を欠いたものだ


 事実、ヨシューア大陸のプロイセル王国等は古代にロムルス帝国を築いていたが、代替わりの戦争は龍剣士の軍閥による内乱が巨体を大いに傷つけ、最後には崩壊してしまった。


 それがイングリウムで起こらない保証はない。ただイングリウム王家の龍剣士は特別優良な血統であり、他貴族を抑える事が可能であった。その偶然がイングリウムを永らえさせたとも過言ではない。


 ハイゼル。君の今持っている低出力型の龍結晶が量産の暁には、ようやく人間は属人的な軍事体制を見直す事が出来る。


 安定的な軍事力はまさに友好国が少ない我らの立場によく合っている。官僚的な軍事機構への転換はまさしく必須なのだよ。


 つまり龍剣士は過去の遺物となる。過去を描いた物語だけの存在となるんだ。


 ……そうだな。あと一つ伝えておこう。


 東岸のアン・トーはまだ良い。ただの『残り3つの四外征』。


 「北洋のシュバルベ」・「南洋のホーカッハ」・「西果てのピルグリム」


 アン・トーとは違い。彼らのもたらすのは富だ。富とは拡大する。同時に人も国家も拡大させる。


 イングリムはかつて数百年前に種を外へと追いやった。だが、成長した植物は航路を伝ってアルビオン島への干渉を始めるだろう。


 私がやっているのは、彼らより先にこちらの準備を整える事だけだ。


 ~


 パカーン


 二人が窓に顔を向ける。斧を切り株にたたきつけると同時に薪が転がっている。シャツとズボン姿で銀髪を揺らし、ロベニアはひたすら薪を割っている。


「……とは言え。結局、私もロベニアとディステルがいなければ、本土の龍剣士が武力で訴えてきた時どうしようもない」


 パカーン


「……」


 パカーン


「ああ、アリーシャ君が彼女に勧めた……いや、命令したのか。あの時は驚いた。やりなさい!ってロベニアに詰め寄ったんだから」

「アリーシャさんが?」


 パカーン


「私も放っておくしかなかったからなぁ。アリーシャ君の態度は龍剣士で王族の彼女には絶対に取れない態度……なのがそれが逆に良かったのかな」

「それにしても、ペースが落ちませんね」

「あの子の体力と筋力の賜物でね。おかげで割った薪を近所に分けてるよ」


 パカーン


「もし平和な時代であれば。ディステル社長は彼女を森林伐採業者にしていたでしょうね」

「間違いない」


 苦笑しながらアビサルは茶をすすった。


「さて、次のカルミア殿の行き先だが。南洋のホーカッハ。彼の元へと向かってもらう」


パカーン……。

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龍剣士カルミア・グレインヴェーゼ 雑魚亡者 @HOI2nobu

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