第29話 国内の批判

「プロイサ訪問。ご苦労だったな」


 ディステル社長は深く腰掛けた豪華な革製のソファに座り、私達労ってくれました。

 手元にある新聞にはプロイサ海軍基地で握手を交わす私とルイーズ市長の写真。


【カルミア・グレインヴェーゼ様。新たなプロイサ訪問と同国の友好】


 私の感想はほっとの安堵とは程遠く、私は半ばイングリウム王国と同一視され始めているような気もしてくるのです。


「しかし……テロリストとはな。もしこれが世間に知られれば、君の初めての外交仕事は我々の意図とは異なるものとなっていただろう」

「ハイゼルさんとルイーズ市長のおかげです。二人のおかげで無傷で済みました」

「彼にはよく褒美が必要なようだな」

「はい……」


 しばしの沈黙。それから、私は口をかすかに動かしますが、思いとどまります。


「カルミア殿」

「え、はい」

「聞きたいことがあるなら今聞いた方が良い」

「……ハイゼルさん。彼は一体」

「プロイセル王国の王位継承者1位だ」

「身も蓋もありませんね」

「本当の名は、マクシミリアン・ヴェーネング・プロイセル。王政が統領政府に代わられた際に死亡したと、公式では発表されている」

「でも、プロイサの人達は生きていると知っていました。ルイーズ市長達は……」

「カードの一枚だと思ってくれ」

「……」


 少しですけど、私はディステル社長の人を時に人として見ない所はどうも好きになれません。


「……」

「……」


 ちらりと横を見ます。社長室の隅っこに居るアプリコットは器用にカーペットにお尻をつけて寝ています。


「彼も頑張ったそうじゃないか」

「アプリコットはただ飲み食いして車を貰っただけだったような気がしますが」


 アプリコットは帰国してからルイーズ市長から貰った車を走らせて、私を載せてロッドシティの街を巡りました。道路も未だに整備されてるとは言いづらいですが、安全にゆっくり運転するアプリコットの姿をみんなが指さして熱い視線を投げかけてきます。そんな私もアプリコットの運転する車でここに来たのですが。


「ロッドシティも古い町でな。車を十分に動かすにはインフラ整備が必要不可欠だし、港も拡張しなければ増える荷物を抱えきる事は出来ん」

「そんなにひっ迫しているのですか? 技術が進んでいるのに……」

「しがらみが多いのさ。金融を育てれば宗教がうるさいし、技術を応用すれば労働者がうるさいし、利権をおかそうとすれば地主がうるさい」

「イングリウムの発展を望んでないのですか?」

「望んでいるさ、誰しもな。それは自分の利益が確保されながらのものだと、誰しもが望んでいる。私だって、正直そうだ」

「……」

「浅ましいと思うか?」

「食い扶持を奪うのは疑似的に殺すと同じです。誰だってそうではありませんか?」

「実にその通りだ……」


 社長のうなづきと同時にアプリコットが大あくびをして起きました。


「……キュイー!」


 アプリコットの両手でお腹をさするジェスチャーはまさしくお腹が減ったと言う合図です。


 ―――


 皆、着ている服は上等なものから上品なものまで。一つの赤く丸いテーブルを囲んでいる。

 老人から年若い者まで男も女も一つの【円卓】を囲んで皆が沈黙している。

 ただ一点。扉から最奥に居る老人が口を開く。


「円卓会議を開いたのは他でもない。我々は龍剣士として、祖先の頃からイングリウムに仕えてきたし。これからもそのつもりだ……」


 しかし、王家は我々に参画どころか無断で半民半官のサプライライン社を立ち上げ、龍剣士団【円卓】のメンバーの債務の代わりに差し出した土地や港湾利権を確保し始め、資本を増強させてから我々の利権周りを回収しに回っている。


 これらは我々の祖先から作り上げられた褒美であり権利だ。それをサーバリスが立ち上げた歴史も矜持もない魂なき営利企業に奪われるなど決してあってはならない。


 我らは議会によって政治が国民に開かれることや、軍隊の再編によって龍剣士としての誇りを奪われる事を許容した。


 しかし、この度の事は流石に我慢できん。これは我々【円卓】の存亡にもかかわり、ひいては誇り高い我々の血筋がただの国民の一人に成り下がる事を意味する。


 断じてそれを許す事は出来ない。


「……」


 老人は席が一つ空いているのを見る。ため息を吐いてつぶやく。


「アビサル公爵……貴様はなぜ我々が滅びる様を……」


 不満はある。切ると言う選択肢は、ない。


「不甲斐ないばかりだ。奴が円卓と王族を繋がなければ、今頃誰も滅せられて……」

「くそう。先代の時に反乱でも起こせばよかったものを」

「言うな!」


 参加者の恨み節を老人は黙らせる。


「円卓が王家に反すればイングリウムはどうなる!」

「しかし!王家が我らを見捨てるなら、どうして我らが王家を助けるのでしょう!?」

「ううむ……」


 老人は黙って腕を組む。


「忠誠を誓ったのは我らだ。だが、相手が忠誠を尽くせる相手であるかは決められるのは我々でもある」


 ……


 翌日、老人。ローンテッド侯爵(そうろうしゃく)は新聞に以下の文を送り、新聞社はこぞって彼の顔写真と共に見出しに取り上げた。


【伝統的龍剣士社会の破壊。イングリウム王国の外れた道への警告】

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