第28話 復讐の欠片


【カルミア・グレインヴェーゼ様 新プロイサを観光】


 ハイゼルは街の新聞を買って広げると薄いペーパーに書かれた見出しと写真。多くの軍人に囲まれながらもルイーズやアプリコットと共にプロイセル王国の博物館などを視察している様子が印刷されている。


 結局ホテルでのテロ攻撃は報道されていない。どこの新聞にもどこにもそのような報道はない。


 しかし、ハイゼルには確信がある。これはアビサル公爵の判断であり、彼はテロが公になる事を嫌がったと言う事だ。


 腕の時計を見てから袖を隠す。ルイーズから渡されたメモには住所。見やった錆びた鉄の板には通りと番地。


「まだ余裕はあるが……」


 レンガ造りの道の両脇の建物は古びた石がそびえたつ。ボロを纏った人間が数人ハイゼルを睨みつけている。当然ではあるがハイゼルの着るものに安物はない。ただただこの通りの中では目立ってしまうのだ。


 ただ、すぐに襲う事もしない。


 ここらの住人は知っている。わざわざこんなところに一人で入って来る奴なんて相応の実力があるに決まっているからだ。最悪こちらが返り討ちにで殺されかねない。


 まるでエサの周りをまわるカラスのように彼らはハイゼルの後を歩いて追う。ハイゼルもそんな彼らを無視して目的地までやってくる。


 とあるアパート。そこで足を止めた。


 洞窟のように薄暗いフロントを通り抜け。狭い階段を昇ってある部屋の前に止まる。


 ドアを二回たたく。


「……」


 もう一度二回たたく。扉が開かれ中から男が現れる。


「なんだよ……」

「……」


 一目見てから男は扉を閉めようとするが、ハイゼルがネクタイを下げると、首元に光る龍結晶を男に見せつけると男は観念してドアを放した。


「いまさら、な、なんのようだ」

「統領政府総裁が。こんなところで何をされているですか?」

「し、知らん。俺は、俺はただの何の関係も……」

「そうですね。私はあなたとはもう何も関係ありません。それと、男子をはべらせて奉仕させる趣味はもうなくなったんですか?」

「おーそうだ。そうだよな。お前の凛々しさは十何年前より更に磨きが……」


 少し笑顔になった男にハイゼルの拳がめり込む。手袋に血がしみこむのも無視してハイゼルは淡々と言う。


「女を痛めつけるのも趣味だったよな? 息子の前で家族が増える光景を見させるのも」

「ち、違うんだ。お前の母親が産んだのは私の副官の種で……」


 蹴り。ハイゼルが一歩踏み込めば転がる男は白髪で哀れな初老。


「こんなくそ哀れな男に、俺の家族は滅茶苦茶にされたのか」

「違うんだ。俺はただアビサルの野郎に騙されただけで……」

「知ってますよ。そんなこと……」


 感情なく呟いた言葉と抜かれたナイフの切っ先が光る。


「だ、誰ですか!」


 女の声に振り向いたハイゼル。酒瓶を持った少女がハイゼルを指さして叫ぶ。


「け、警察に通報しますからね!お父さんを傷つけないでください!」


 勇気を振り絞った言葉にあっけにとられるが、男が扉から這い出て少女に怒鳴る。


「帰りが遅いじゃないか!おかげで俺は……」

「お父さん。この人誰?」

「知らん”!こいつの事なんて知らないんだ」

「でも、色々話してて……」

「黙れ!お前は父さんの言う事を聞いていればいいんだ!!どいつもこいつも……!」


 病的に男は少女から酒瓶を奪うとすぐさま開けて口を付けて瓶をひっくり返す。


「……はぁ。殺されるなら最後に酒ぐらい飲ませたって叶わねえだろ。はっはっは」


 勝ち誇ったように男は笑う。ハイゼルは何も言わなかった。男を眺めて、少女を見る。


 少女は顔はアザがあり、肌は一部病気なのか隆起している。服は双方とも穴やほつれだらけ。


「……かつてのあなたが、今のあなたである事。それ自体が、私からの罰です」


 血の付いた手袋をその場に脱ぎ捨てる。素肌の手をマジマジ見てからハイゼルは下の階へと飛び降りた。


 ―――


 カルミア・グレインヴェーゼ。自分の名前の書かれたバッグをおしりにしいて私はずっとこの光景を眺めています。


「ピッピー!」


 アプリコットが車に乗ってアクセルを踏み込むと彼(?)のハンドル操作に合わせて軍港の空き地に車が走ります。


 プロイサ最後の日。アプリコットが毎日のように車に乗りたいとごねるので、ルイーズ市長がプロイサの工場で出来上がった1台を融通してくれたのです。


 テロを受けて軍港から出向する軍艦での帰国となりましたが、ハイゼルさんが野暮用での外出から帰って来るのを待つのみです。


 その間にハム族の巨体に合ったシートを付けた特別仕様の車の調整を行っています。技師やスタッフが待機して、アプリコットが乗り回す車を見るのを繰り返しです。


 プロイサの車会社は近々イングリウムにも進出する予定で、アプリコットの車がその第一弾とも言えるのかもしれません。


「……」


 あれから。ハイゼルさんが私を庇って砕けたオーロラの欠片に見たのは、彼が子供の頃に受けた仕打ちの数々。


 人生の恥部。無力な自分が悪意ある誰かにいじられる屈辱。そしてそれをどうしようもない自分。


 それから、アビサル公爵。


 ボロボロの彼を引き取り、ここまで育てながら。彼に見つかってはいけない、プロイサ王家転覆の計画の紙を知られた……いえ、ハイゼルさんはわざと知らせたと思っていますが。


 自分をどん底に叩き落とした主敵であり、二人目の育ての親である。


 私は彼に記憶を見たことを話すべきでしょうか。


「ピュイー」


 アプリコットの声がするとハイゼルさんは戻ってきました。


 プロイサを発ったのはそれから数刻の事です。

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