第5話 あたしは、終わり良ければ総て良しだな
後方に体重の乗った水月ちゃんは、このままだと後ろへ倒れる。あたしは反射的に彼女の上着を握りしめた。
水月ちゃんは、三角定規の角度で止まり、懇願するような涙目で訴えてくる。
「絶対離さないで⁉」
「どっちだよ……」
片手はシースルーの上着を持っているから、反対の手を水月ちゃんに差し出した。
だが、布の引き裂かれる音が耳に入る。
手から重さが消えていき、啞然とした水月ちゃんの顔が遠のいていく。
あたしの取り柄は頭脳だけでなく、運動神経もなんだ。
一瞬の迷いも拒絶し、あたしは前に飛び込み、水月ちゃんの背後に回り込んだ。一秒せず、女の子の体重が乗っかってくる。
「セーフ~」
安堵の息が自然と漏れ出た。
背中は少しぶつけたかもしれないけど、頭はしっかりと守った。中間テスト一位の脳味噌を傷つけては人類の損失だからね。
背中から這い出て、水月ちゃんを慎重に寝かせる。
顔を覗き込んで見たところ、呆気に取られているらしく、目をぱちくりっとしていた。鋭い眼光しか向けられなかったけど、敵意がなくなっちゃたら、綺麗な目だった。おせち料理の定番である黒豆みたいで、ペロッと舐めたくなってしまう。
涎を拭きつつ、仰向けで寝ころぶ水月ちゃんの顔の前で、手を左右に振ってみる。
「大丈夫? 真夜中だからってここで寝ないでよ」
手のひらに催眠術効果があったようだ。黒目の焦点がしっかりとはまり、あたしの黒曜石に匹敵する目と合う。
なんだろ、丑三つ時の清夜に女子高生が見つめ合う状況とは?
今誰かに目撃されてしまえば、あたしが水月ちゃんを押し倒している現場に見えないか。
「立てるかな。手なら貸すよ」
「……う」
「う?」
「うぅ……っ、…………っ」
「泣いた⁉」
己の腕で目元を隠し、小さく嗚咽を漏らした。
「泣いてないわよ! 隕石が降ってきて、目に入っただけ」
「キミはバカかな。隕石は恐竜を滅ぼせるんだぞ。ここに振ってきたら、あたし達は本当にゴーストになっちゃう」
「ぷふ……」
水月ちゃんの肩が小さく増え出した。
「あんたって、なんでそんな的外れな返答してくんのよ。あー、バカの相手はするもんじゃなかったわ」
「あたしのこと、みんなバカって言うけど、キミ達は自分をバカだと思ってないの」
涙を拭った水月ちゃんは、おもむろに立ち上がる。まだうるうるの眼差しを向けながら、ドヤ顔で言ってきた。
「あんたよりは全員賢いバカよ。そして私は、スーパーエンペラーウルトラクレバーの天才だわ」
「なにそれ、バカそうな肩書だな」
「ふふっ、わざとよ」
地面に落ちた教科書を拾い、水月ちゃんはあたしから距離を取る。
「もう会うことはないでしょうね、さようなら」
「同じ学園なら会うだろ。またね」
「もう会いたくないわ…………だけど、さっきは助けてくれて、ありがと……」
彼女は最後に小さなお礼を呟き、自動販売機の方に歩いて行くのだった。
――だった、だった、だった。
「あっ、ちょっと待って。一つお願いがあるんだ」
「お願い?」
「そうそう。今から服脱いで全裸になるんで、警察に通報してくれない?」
「はあ……?」
おいおい、小川でネッシを発見したような顔しないでほしいぞ。
「逮捕されれば、テストが受けられないよね。テストを受けなければ赤点は取れない!」
「あんた……筋金入りのバカだわ」
「うんじゃー、よろしく」
あたしはシャツを脱ぐ。
と、水月ちゃんが大慌てであたしの両肩を力強く掴んできた。
「テストを受けなくても、前回の得点から見込み点が付くわよ! あんたはどうせ、中間テストも真っ赤っかで悲惨な点数だったんでしょうから。警察に捕まっても意味なんてないの」
「マジか……?」
「大マジよ。はぁ…………これも乗り掛かった舟ね。今から
「本当かぁ! いやぁー中間テスト一位と、ワースト一位がタッグを組めば、最強だな」
「ワースト一位だったのね、あんた。それより服着て! 公衆の面前で不埒よ」
「あ、うん。水月ちゃんが見てたら、確かに公衆の面前だね」
勉強を教えてくれるなんて、水月ちゃんって良い人だな~。
あっ、あたしはバカってわけじゃないからな! 本当だぞ。
「期末テストも赤点祭りだと、あんた留年するわよ。仕方ないわね、私の貴重な時間を消費してあげるわよ」
仕方ないと、水月ちゃんはため息をつく割には、口角を上がって楽しそうだった。
けど。
「ねえ、朝四時で眠い。明日にしない?」
「うぬうぅぅ……奈良町絵馬のバカバカ、バーカ!」
なんでいきなり怒るんだよ……。
「あと、破いた上着分、私の命令聞いてもらうわよ」
嘘だろ?
あたしがバカじゃない証明はできなくても、あたし達が幽霊じゃない実証はできる 菓子ゆうか @Kasiyuuka
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