第4話 あたしは、彼女に襲われる
「あたしが幽霊って証明できれば、幽霊がいることを実証できる。水月ちゃんなら、その実験方法を思いつくんじゃないの? ゴーストバスターなんて今は流行らないよ、令和はゴーストハッピーだぞ」
「南無阿弥陀仏」
「ぎゃあああっ――」
「あっ、案外効くのね」
「十字架と聖書の耐性はあったけど、お経は盲点だった……」
「ヨーロッパならまだしも、日本に出没するなら、真っ先にお経の耐性は付けなさいよ」
水月ちゃんのお経で地面に突っ伏していたけど、無傷の体を起こした。もちろん演技であり、元気なあたし様だ。
「で、幽霊の実証方法は閃いたかな? 頭の上に電球光らせたかな?」
「中間テスト一位の私が思いつかないわけないでしょ。私があんたに接触してみればいいだけよ。私は嫌だけれどもね、あんたみたいな汗まみれな人間は」
汗まみれじゃないわい⁉ 夏だから汗は普通に掻くよ。ちょっとだけどね。
「そうか、幽霊は触れられないもんね! 中間テスト一位にしては普通のアイデアだけど」
「悪かったわね、普通で。まあ数学でもなんでも、シンプルな方がいいものよ。それが理解できないバカが基礎を疎かにして、バベルの塔みたいに崩れるの」
「へえー」
バベルの塔ってなんだ?
「それより、あたしと水月ちゃんが触れ合えばいいんだね」
水月ちゃんは一つ先の電柱下にいる。距離は目測で三メートルぐらい。
「私気付いたのだけど。奈良町絵馬のバカさ加減なら、蝶々を追いかけて電柱で頭を打った結果、幽霊になった可能性もあるんじゃないかって。でも、今までのやり取りであんたが人間だってことは薄々感じていたわ。あんたに恐怖したのが不思議なぐらいよ。なにが天才幽霊よ、日本産のバカじゃない」
「はい? 薄々もなにも、あたしの体は透けてないだろ。どこをどう見れば、幽霊って勘違いするんだ?」
「あんたね……!」
水月ちゃんが地面を強く踏みつけると、アスファルトの悲鳴が静謐な真夜中に溶けていく。草木も眠る丑三つ時っていうのに、水月ちゃんは気にする素振りもなく、大きな音もたてるし、大きな声も出す。
あたしの配慮を考えてほしいよ。
「あんたの相手した私がバカだったわ。帰る」
ふんって鼻を鳴らした水月ちゃんは、振り返って早々に歩き始めた。あたしの正体には一切興味がなくなってしまったようだ。
ふ、ふふ、ふふふ。
はっはっはっはっは。
あたしは笑い声も心の中に留めるのだよ。だって深夜だからね。
それはそうと。あたしに背後を見せるとはバカだ。敵前逃亡をするなら走って逃げるか、煙幕でも張ってからだろう。
だからさ。
全力疾走したあたしに、水月ちゃんは捕まるのだ。
「うおぉ、危なっ⁉」
水月ちゃんの肩に触れようとした時、水月ちゃんが裏拳同様、丸めた教科書をスイングしてきた。してきたんだ、あたしによ。
まんまと交わした。間違った、なんとか躱した。
後ろに振りかぶった勢いのまま、水月ちゃんはあたしの顔に教科書を突きつけてくる。
「悪く思わないでね。あんたから攻撃してきたのよ」
「あたしが? 攻撃じゃなくてタッチだよ。鬼ごっこのイメージだぞ。ほらほら、水月ちゃんがあたしに触れなくても、あたしが水月ちゃんに触れば、あたしは幽霊じゃないって証明だろ。とにかく、教科書を下ろしてほしい。勉強しろって言われている気分だ」
「テストが近いのだし、勉強はしなさい。それから幽霊の証明だったわね。私が直々に回答してあげる。『Quo
「英語⁉」
「ラテン語よ、おバカさん」
水月ちゃんはニヤリっと怪しい笑みを浮かべて、教科書を武器に襲い掛かって来た。
教科書のリーチが短いことと、あたしの運動神経の良さが功を奏した結果、水月ちゃんの斬撃を華麗に回避することができた。
「水月ちゃん! 教科書は剣じゃないよ」
「フランシス・ベーコンは言ったわ。知識は力なりと」
「えっ、あの名言って物理的な話だったのか⁉」
右左、右左、右左。
思いのほか、水月ちゃんの攻撃は単純明快だった。躱した方向にただただ教科書を振り下ろすだけで、もぐら叩きの下手さが露呈している。悲しくも、成績優秀の四文字はうかがえなかった。
急に水月ちゃんが襲ってきたわけだが、その意図を天才のあたしは読み取った。以心伝心という言葉は、あたしと水月ちゃんのためにあるって言っても、過言なぐらい。まああれだ、教科書であたしを叩けば、幽霊じゃないってこと。
「あ、あんた……はぁ、はぁ、なんで当たらないの」
「幽霊だからかな?」
体力がないのか、水月ちゃんは息が上がっていた。手の動きも団扇をあおっているのかな?って思うぐらい遅い。殴られろって方がむずい。
だから、あたしは彼女の手から教科書を叩き落とした。
「なっ⁉」
武器を失い瞠目する水月ちゃんを見逃さない。彼女の両手をがっしりと掴む。両手共、貝殻つなぎをすることで攻防を阻害し、逃げられないようにする。
ひんやりしていた。彼女の手は絹を想起させる触り心地で、夏の間だけ一家に一台同居してほしいぐらいだったけど。
「やっと触れ合った。あたし達、幽霊じゃなかったね」
「知ってたわ⁉ 離しなさい、離して、離せ!」
お互いが生きてることを実感したってのに、暴走ロボットのごとく暴れる。脛を蹴られて痛いよ。
足を蹴っても動じなかったためか、水月ちゃんは体の重心を後ろにズラし、引っ張り始めた。二人綱引き状態だ。
「水月ちゃん手離すから。落ち着いて」
「じゃあ早く離しなさいよ。バカ菌がうつるわ」
「今、手離しちゃうと屛風倒しだから。あっ――」
夏の深夜なので気温はやや低かったけど、人と人が密着すれば暑いのは自明の理。あたしと水月ちゃんが繋いだ手が汗で滑ってしまう。特にあたしの汗で。
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