修行の果てに、目指すべき場所
ある日のこと、おばあちゃんの剣を鍛冶屋に研いでもらうことになったのだが、おばあちゃんは用事で行けないので、私が代わりに行くことになった。気兼ねなく預けてくれるようになったのは嬉しいんだけど、早くこの剣を譲って欲しい気持ちもある。
研ぎ終わって、無事に受けとった帰り道、おばあちゃんの家の黒猫が横から飛び出してきた。
「にゃ」
私のスカートの裾を噛み、ぐいぐいと引っ張る。何だか嫌な予感がして、ひょいと猫を抱いて走り出す。
向かった先は、かなり酷いことになっていた。昼間なのにあの黒い化け物がいて、人間を襲っている。血で真っ赤に染まった地面に目を向けると、だらりと落ちている腕があった。その先に、あるべき体は無い。
今も、何人も襲われている。鋭い牙と爪を持つ、形容しがたい見た目の化け物の口からは、肉と血が零れていた。
私は吐き気を覚えて、その場にうずくまろうとした。でも、化け物の手が次の人に触れようとするのを見て、必死に堪えて自分の剣を抜いて駆け出した。
音がどんどん遠くなって、視界が狭くなる。助けなきゃ、私がやらなきゃ。私は、あの漫画の主人公になりたいんだ。だから、戦わないと。
喉の奥から悲鳴が絞り出される。おばあちゃんに習った技で、がむしゃらに切りかかるけど、化け物には少しも効いていなかった。
気が動転して、大きく振り上げた剣を、化け物はあっさりとへし折ってしまった。そのまま、血溜まりに尻もちをつく。呼吸が荒くなって、つんと血の匂いが、鼻の奥にたちこめる。
どうしよう、どうすればいいんだろう。雑音が響く脳内に、突然鈴のような声が聞こえた。
(私を使って)
私に覆いかぶさろうとした化け物が突然、動きを止めた。何も理解できない。
しばらくすると、ずるりとその体が斜めに滑り落ちて、化け物は黒い煙になった。
私の手には、おばあちゃんに預けられたあの剣が握られていた。どくんどくんと鼓動し、火傷しそうな程の熱が手の平に伝わってくる。
その熱さではっと気がついて、辺りを見渡す。まだ、逃げ遅れた人がいる。急いで立ち上がって、声をかける。
大丈夫ですか?
声をかけると、その人は何か恐ろしいものを見たように悲鳴をあげて、
「化け物!」
と、叫んだ。それを聞いてか、周囲の人々はさっきと変わらないほどの悲鳴をあげて、人によっては石を投げてきた。
私は何が起きたか全く理解出来ず、慌ててその場から立ち去った。その時、信じられないほど体が軽くなって、少し踏み込んだだけなのに、びっくりするほど飛び上がっていってしまった。
どしん! と勢いよく着地して、勢いを殺しきれずにすっ転んで細い路地の向こうに入っていく。今は、ここがとても落ち着く場所だった。
「何やってんだい、あんた。酷い顔と格好してるよ」
背後から、声をかけられた。顔を見ずとも、聞き覚えのある声ですぐにわかった。
「大方、あの化け物が現れて咄嗟に戦って、やらかしたんだろ。まったく、あんたはまだまだ未熟だね、嬢ちゃん」
……
「だんまりかい。んま、腐りたきゃ腐ればいいさ。けど、その剣は返してもらうよ」
その一言で、私はさっきからおばあちゃんの剣を握りっぱなしなことに気がついた。でも、手から離れない。
「おい、イウ聞こえてんだろ? とっととその子の手から離れろ」
イウ? この剣の名前だろうか、いやそもそも、どうして呼びかける必要が?
『――別にいいじゃん、せっかく後継者が見つかったんだし、しばらくはこの子の傍に居させてよ』
「ダメだ。その子はまだ未熟で、弱い。何をしでかすかわかったもんじゃない」
『私はそうは思わない。少なくとも、君よりは最善を尽くすと思うし、この子の弱さはきっと強さになる。今回のはほとんど事故みたいなものなんだし、私が的確にアドバイスするから。ね?』
「……はぁ、あたしの時の二の舞にしたら、スクラップにするからね」
『それで困るのは君だろう。せっかく孫のように可愛い子が出来たからって大切にするのはいいけど、やりすぎて腐らせるのはもっと良くない』
「あーあー聞こえないね、ほら、嬢ちゃん困惑してるから説明してやんな」
『そうだね、えっと、聞こえてるかな?』
聞こえてるけど、この声はどこから?
「その剣だよ、魔法の剣イウ。詳細は一切不明。あの化け物退治に使われてた剣で、今はあたしが継承者」
『そうそう、そこの頑固ばばも、君と同じように大変な修行をして、私が使われることを認めてあげたんだよ』
「余計なことは言わんでよろし」
『それもそうだ。……さて、改めて自己紹介。私はイウ。この剣に宿って、清き心と優しい強さを持つものに、トザマを倒す力を与える魔法の剣さ』
トザマ?
『あの化け物のこと。あれは人のマイナスな感情を糧に生まれて、暴れ回る。人を喰ったり、殺したりしてね。それを代々倒してきたのが歴代の私の使用者なんだけど、大体が表舞台で戦っていない。さて、どうしてでしょう』
どうしてって……どうしてなんだろうか、こっそり倒せば、被害を受ける人が減るから?
『ぶー。不正解。正解は、トザマなんて化け物がいると知ったら、みんなが不安になるし、悪用する人が出てくるから』
悪用……不安になる、か。
『そう、だって、殺したいほど嫌いな人がいる時に、トザマをたくさん生み出せるって知ったら、自分の手を汚さず人殺しが出来てしまうし、それを知ってしまうといつ化け物が現れて、自分を殺しにくるかわからなくなるでしょ? だから、私たちは影の存在なのさ』
……
『さて、君はどうする? 血塗れで、引き攣った笑顔で、しかも化け物を殺した剣を持つ。そんなやつの存在が世に知れ渡ったとなれば、どうなると思う?』
大混乱になる……少なくとも、私が原因で新たなトザマが生まれる。それなら……
『それなら?』
私は、誰かを助けるんじゃなくて、全部を守る存在になりたい。
『ほうほう、つまり?』
私の大好きな漫画の主人公は、人知れず戦って、みんなを助けていた。でも、それじゃあダメなんだと思う。
『そうだね、その通り』
あの漫画の作者が書いた小説は、漫画版の主人公が、もしみんなにとっての憧れのヒーローだったらを描いていたの。私の目指すべきは、そこ。みんなが私を知っていて、どんなに嫌なこと、辛いことがあっても、助けてくれるヒーローがいる。その事を、みんなが知ればきっとトザマは生まれない。
『大正解! それが百点の答えだよ、フルゥ』
フルゥ? それって、おばあちゃんの名前でしょ?
『いいや違うよ、フルゥは私の認めた、正当なこの剣の所有者の名前。君こそ、新しい継承者だ』
私が、おばあちゃんの跡を継ぐ……
「遅いよ、答えを見つけるのが。ようやくあたしもお役御免だ」
あれ、おばあちゃんまだいたの?
「いちゃ悪いかい」
そうじゃないけど
「ふん。ま、その剣に認められた記念だ。いい事を教えてやろう」
?
「あんたの好きな漫画に出てくる影のヒーロー、あれのモデルはあたしだ」
……!?
「昔あいつを助けた時に、根掘り葉掘り聞かれてね。口が堅いやつで助かったよ。……その時に、あたしはあんたと同じくヒーローになりたいと願った。けど、失敗した」
失敗?
「死なせちまったのさ、人を。みんなはそれきり、あたしがいた事を黙って隠して、あの化け物がいることを少しでも口にすることを良しとしなくなった。それからあたしは、夜闇に紛れて戦うようになったのさ」
そんなことが……
「だから、あたしの代わりにあんたが上手くやってくれ。てことであたしは旅に出る」
えっ、突然すぎない?
「あたしの元々の目的は知らないものを知るための旅なのに、余計なお役目のせいでどこにも行けなかったからね。ようやく本来の目的を果たして、死に場所を探しに行ける」
死に場所って……
「なぁに、死んだら手紙ぐらい出すよ。だからそんな顔すんな。
……この国を守りし守護の剣、イウを継承せしものフルゥの名において、あんたを次期継承者と認める。選ばれし者の名、フルゥを冠し、その剣をもって新たにこの国を守りし剣士に祝福を」
おばあちゃんは私の剣をもぎ取って、跪いてから恭しくその剣を渡してくる。私はそれを、両手でしっかり受け取り、おばあちゃんに言った。
似合わないことはしない方がいいよ、おばあちゃん。
「生意気言うようになったね、嬢ちゃん……いや、フルゥ。色々大変だろうけど、頑張んなさい」
おばあちゃんは手を振りながら、路地から出ていく。私も、色々準備をしなきゃ。
「にゃん」
路地から出ようとすると、足元にあの猫がいた。しかも、子猫を連れて。君も、代替わりするのかい?
「にゃっ」
と、前足を振り上げて、私のふくらはぎ辺りを叩く。お互い頑張ろうとでも言っているのだろうか。
私はそんな猫を撫でて、家に一旦帰った。作戦を決めないことには、動きようがないから。
その道すがら、八百屋で立派な林檎が売られていた。久しぶりに食べたくなったので、一つ買って、せっかくだから放り投げて切ってみる事にした。さて、どんな切り方をしようか。
悩みながら帰ってきて、皿を用意する。とりあえず、適当に放り投げて、うさぎさんカットになるように剣を振ってみた。
ぼとぼとと落ちてくる林檎は、完璧なうさぎになってお皿の上に整列していた。
しゃくしゃくと食べていると、猫の耳がぴんと立ち、腰の剣が熱くなった。トザマが現れたのだと、すぐに気づいた。残りの林檎を冷蔵庫にしまって、家を飛び出そうとした時、猫に呼び止められた。
急がないといけないのに、猫はおばあちゃんの家の方向に向かっていた。
家の前に着いて、渡されていた合鍵でドアを開ける。中に入って、すぐの所に畳まれた服が置いてあった。そこに手紙も添えられており、
『しゃきっとやんな、ヒーロー』
――おばあちゃん、不器用すぎるよ。いくら元貴族でなんも出来ないからって、そういうのはちゃんとやろうよ……
呆れながらも、用意された服を着てみる。動きやすいしっかりした素材のシャツとパンツに、マント。関節や急所の部分にはしっかりと防具が仕込まれており、靴棚の中のブーツも底が厚く、鉄板の入った頑丈なもの。
着替え終わってから、ベルトにしっかりと剣を納めて、一呼吸。玄関を飛び出し、猫の案内のもと、トザマのいる現場に急いだ。
向かう先は、学校。既に多くの人が逃げてきている。その中に、センがいるのを見て、話を聞くと、黒い化け物が四体、学校で暴れているとの事だった。幸い、警備会社の人が近くに通りがかっていて、被害者はゼロだと言う。
私は、もしかしてと思って、更に足を早めた。
センは、私を呼び止めようとした。でも、
任せて。
と、微笑むと、踵を返して、追いかけてきた。
危ないよ? と声をかけると、それでも見てみたいの。なんて、可愛いこと言うもんだから、じゃあ特等席で見てみなさいな。と、返してみた。
さて、現場に着くと、学校の校舎から人が顔を覗かせ、化け物と現場にいた人たちとの戦いを見ていた。警備会社の人たちは、お母さんと、見慣れた人たち。警棒片手に戦っていたが、周りの人を助けるのが精一杯なのか、体のあちこちに傷が出来ていた。
私は抜刀して、ゆっくり歩いてトザマに近づいていく。私に気づいて叫ぶ人もいるけど、無視した。緊張と恐怖で震える手を抑えて、私は高らかに宣言した。
遠きものは音に聞け! 近きものは目にも見よ! 私こそ、この国を守るヒーロー! 剣士フルゥ! さぁ、化け物め! 成敗してやる!
道中に適当に考えたこの文言を聞いて、この場にいた全ての人間の注意が私に向いた。これで良し。
私の目的は、助けを求める人を守ることじゃない。それより先に、みんなが安心して暮らせるように、私がいることを知ってもらうこと。
だから、負ける訳にはいかない!
手に持った剣、イウが更に熱くなり、鼓動が早まる。それに合わせて私の心臓もより強く血液を全身に巡らせて、体の内側からふつふつと力が湧いてくる。
はぁあああああ!
裂帛の気合と共に、一番手前にいたトザマを一刀両断する。返す剣で二体目の腕を切り飛ばし、襲ってきた三体目を回し蹴りで吹っ飛ばす。
お母さんと警備会社の人に、ここから離れて街の人を守るようお願いし、一気に加速する。
「頑張って!」
センの声が聞こえた。お母さんたちの声も、少し聞こえる。前と違って、体がすごく軽くて、視界が広い。
ぐっと踏み込んで、片腕のない二体目のトザマに切りかかるが、四体目が横合いから飛び出してきたので、そのまま体を捻って半回転。四体目に膝蹴りを打ち込み、二体目から距離をとる。
三体はそれぞれ一気に飛びかかってくる。剣を構え直して、動作の回数を減らしてトザマを斬ることを意識する。
最初に突っ込んできたやつを、突き刺して切り上げる。次の二体目を袈裟斬りで真っ二つにして、最後の一体を横凪に斬り払い、煙になるトザマたちの真ん中で、静かに佇む。
人々の歓声が聴こえるが、まだ終わっていない。
しばらく目を瞑って気を張り続ける。すると、大きな羽音と共に、翼が生えて、より大きなトザマが空から落ちてきた。
私はその一撃を受け止めたが、地面を削って後ろに押し込まれる。民家の兵にぶつかって体は止まるが、トザマは止まらない。
鋭い爪の生えた腕で何度も何度も殴ってくる。それを捌き、受け流すが、確実にダメージは溜まっている。
でも、私はこんなとこじゃ終われない。だから……!
私は民衆に叫んだ。みんな! よぉく見てろ! 私こそみんなを守る最強のヒーロー、フルゥ! この化け物を討ち滅ぼして、この国に平和をもたらすもの!
私はにっと笑って、トザマの振り上げた腕の隙間に潜り込み、勢いよく殴り飛ばす。
そのまま駆け出して、すれ違いざまに翼を切り落とし、腕を掴んで勢いよく上空に投げ飛ばす。
膝に力を込めて、トザマに飛び蹴りを下から浴びせる。更に浮き上がったトザマを追いかけて、空中でに十八連撃。さっきの翼も合わせて二十一等分に細かく切り飛ばし、黒い煙に変えてしまう。
その煙を突き破り、土埃を舞いあげながら地面に着地する。
徐々に晴れる視界の先で、多くの人々が、ぼろぼろの私を見て、口々に感謝や、感嘆や、様々な声を投げかけてくる。
私は手をぐっと突き出して、再度宣言した。
遠きものは音に聞け! 近きものは目にも見よ! 私こそ、この国を守るヒーロー! これからは、私がみんなを守る!
一瞬静まり返った民衆は、それから割れんばかりの絶叫を上げて、私の名前を叫んだ。
私の戦いは、まだまだこれから。でも、すぐに戦いは無くなるだろう。
いずれ来る、平和の為に今日も私は剣を取る。
さぁ、化け物に襲われても、もう安心。音に聞こえしヒーローは、今君の目の前にいるんだから!
剣士フルゥ 鈴音 @mesolem
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます