第35話

 その後の展開は、俺の予想していない事だった。

 裏庭に集まった面子は剣道部の稽古場へと向かい、お嬢様と不知火が決闘。


 結果はあっけなくお嬢様の勝利で終わり、俺はその始末をデジカメに収めた。


 俺の想像通り……とはいかなかったものの、結果的に上手くいってしまった。

 不知火が想定以上の罰を受けなかった以外、何も変わらない。


 挑戦を受けたお嬢様が実は剣道の才を持っていたという噂は瞬く間に広がった。

 それは目的を達成するのに、充分な結果だろう……いや、充分過ぎる結果だ。



 しかし、後々になって一つだけ疑問が生まれる。

 お嬢様が試合を引き受けた理由だ。


 花音の為に邪魔者を退ける為なら、態々隠している剣道の実力を晒す危険性を冒してまで不知火と戦う必要がなかった。やりようは他に幾らでもあった。


 その理由となり得る回答もまた、俺の予想外にしていたものだ。


 お嬢様は以前、「花音には自分が認めた相手じゃないと許さない」と宣言していた。それだけで、決闘する理由には充分だった。


 浅はかにも、自分が聞き逃しただけで俺はこの要素を計画に考慮しなかった。


 元を辿れば、その宣言は俺に対する勘違いが発端。まさか、俺がお嬢様に警戒されて嫌われたことに、意味を見出せる時が来るとは思わなかった。


 すっかり暗くなった夜。裏屋敷へ帰ると、ソファーに腰かける那由多に声をかける。


「ありがとな……放課後の件」


 俺が完璧だと思っていた計画は、多分そう思いたかっただけで……実態はハリボテに過ぎなかったのだろう。那由多が何もしてくれなかったらきっと今頃、お通夜のような気分を味わっていたと思う。


 実のところ、不知火とは運動大会で責められた事などが重なって、犠牲にすることにあまりためらいがなかった。


 だけど……それも時間が経てばつまらない私怨のように思えるだろう。


「ふぅん、お節介だったと思わないんだ」

「思う訳ないだろ。お陰でこれ以上ない最善の結末だったよ」


 既に、学内の掲示板へ動画はアップロードし終えた。


 反応は予想通り……お嬢様の姿に驚くようなものが多く、近いうちにお嬢様の自信回復を期待できそうだ。


「でも、どうして那由多……あんな思い切った事したんだ?」

「別に、あたしが秀吏の思う通りに動かないのはいつもの事でしょ」


 いつも通りの事だと言うけど、大胆な行動は本当にそれだけが理由だろうか。


 ダメだな……那由多が俺の為に行動してくれたのが嬉しくて、不躾な質問だったかもしれない。また嫌われてしまうかな。


「でもそうね……ちょっとは素直になってみようと思ったのよ」

「何に対して素直になるって?」

「自分の気持ちに」


 すると、那由多はソファーに置いてあった『約束ノート』を開き……手帳の中に挟まっていた一枚の紙きれを摘まみ取った。


 紙きれは人気投票で使った投票紙で、那由多の名前が書かれている。

 投票箱は俺の部屋に放置してあったはずだけど、よく探し出したものだ。


「……誰かが入れてくれたみたいで良かったじゃないか」

「どうして誤魔化すの?」

「誤魔化すって……何を?」

「秀吏なんでしょ? これ書いて、あたしに投票してくれたの」

「…………」


 匿名性は守られている筈だったし、どうして那由多がその結論に至ったのか考える。

 いや……答えがすぐ目の前にあった。


「……筆跡か」


 『約束ノート』には何度も名前を記載している。

 お世辞にも綺麗とは言えない癖のある筆跡は、こうして見るとわかりやすいな。


「ああ、俺が書いたよ」

「どうして?」


 那由多の事が好きだからだよ。

 答えはすぐ頭に浮かんだ……実際のところは、無意識に書いていたんだ。


 最近、いつも那由多の顔ばかり考えてしまって、自然と手が動いていた。


 しかし、その回答を口にしてはいけない。

 ただでさえ同じ屋根の下で暮らしているのに、痴情のもつれを引き起こすなんてダメだ。


「前に那由多が陰口を叩かれていたって相談してきただろ? そう思わない男子もいるって証明したかっただけだ。俺だってバレちまったなら意味もなかったみたいだけどな。つまるところ那由多と同じさ。お節介ってやつだよ」

「……嘘吐き。あたしは今、純粋に自分の本音で喋っているつもりなんだけど……秀吏は素直に答えてくれないの?」

「……っ」


 目が合って、心の中を見透かされている気分になった。

 逆に俺もまた、今の那由多が嘘偽りのない想いを抱いていると直感で理解できた。


「なんで嘘だってわかったんだよ」

「わかってなかったけど……あたしがそう思いたかっただけ。だって秀吏、お節介如きで花音への投票をやめたの? 有り得ないでしょ」

「それは――」


 那由多の指摘通りかもしれない。俺らしくない行動に、疑問を持っているんだろう。


 俺だって本心を伝えたい……けど、そうする訳にはいかないもどかしさに胸がキュッと引き締められる。

 ああ俺、本当に那由多のことが好きなんだな。


「どうして、目を逸らすの?」

「ごめん。知らないままの方がいい真実もある。この話はここまでに――」

「ヤダッ!」

「えっ?」

「あたしはイヤだ。なんで隠すの? あたし気になって眠れないじゃない!」


 駄々をこねた子供のように言い返され反応に困った。

 言い方が悪かったんだろうか……或いは、嘘を認めるべきじゃなかったんだろうな。


「隠している訳じゃない」


 俺だって……隠したい訳じゃない。後々の事を考えているんだ。


「じゃあなんで教えてくれないの? 秀吏っていつもそうじゃない……一人で抱え込んで肝心な時誰にも頼らない」

「そうした方が効率的なことも――」

「今回の件、あたし役に立ったんでしょ?」

「……そうだな」


 言い訳を試みるが畳み掛けるように反論された。

 いつもは那由多が素直じゃないから俺が指摘する立場なのに、今の立場は逆転していた。

 だけど、そんな那由多に対して安心感を覚え始める。


 今回の件といい……那由多の成長は著しい。


 悩むことが多くて躓くことが多くて、正直今まで面倒くさいと思ったことも少なくない……それでも改善しようと努力する那由多だから、俺は恋をしたんだと実感した。


 もう……結果ばかりを考えず、素直になってもいいかもしれない。


「俺さ、那由多のこと一人の女の子として好きなんだ。だから投票した……納得したか?」

「そう……そうなんだ。そうなんだ……そうなんだ」


 一瞬だけ固まった那由多は壊れたように同じ言葉を連呼し始めた。

 しかし、その顔にショックを受けている様子がない。


 それどころか、那由多はソファーから立ち上がり俺の方へと近づいてきた。


 何だと思いながら寄って来る那由多に対して、緊張した俺の身体は動かず……気付けば那由多に口づけされていた。


「えっ?」


「あたしも秀吏のことが好きだから……秀吏に投票しただけだけど?」


 嬉しんでいるようで恥ずかしんでいるような……若干ニヤけた顔で、いつも通りのツンツンとした台詞を言い返される。


 その「好き」って言葉は……大胆な行動から考えて恋愛的な意味でいいんだよな?


 俺は戸惑っていた……てっきり頬でも叩かれて今までの事を説教される未来まで考えていたのに、これは一体どうしてこうなった?


「驚いた顔……そっか、悩んでいたのってあたしの方だけじゃなかったんだ」

「……いつから?」


 いつから、那由多は俺の事が好きだったんだ?

 全く気が付かなかった


「気付いたら……かな。結構前から好きだったけど、やっぱりこういう関係だと素直に伝えづらくて、ズルズルと今日まで引き摺って……」

「じゃあ俺は、とんだ鈍感だったって事なのか」

「ううん、あたし……偶に理不尽な八つ当たりしていたし、そう思うのも当然なの。だから秀吏が鈍感だったからじゃない」


 なんだよ……じゃあ本当にツンデレだったのかよ。


「ごめん……秀吏がいつも花音にデレデレしているから、素直じゃなかったあたしの勝手な嫉妬とかだったの」


 打ち明けてくれた悩みを聞いて、俺はつい那由多を自分の胸に引き寄せた。


「俺も煽ったりしていたし、理不尽だとか思ってなかったから。今までの事は気にするな」


 今までの八つ当たりが嫉妬だったなんて……今の俺からしてみれば、嬉しい以外の気持ちが浮かばなかった。


 まあちょっとは気付けなかった事に申し訳ない気持ちもあるけど、その時はまだ俺自身の気持ちに気付いていなかっただろうし、結果往来だ。


 俺が那由多への恋を自覚したのはほんの数時間前だけど、それから那由多が滅茶苦茶可愛く見えてしまう。


「もう一回、キスしたい……今度は秀吏の方から」

「俺もしたい」


 キスが気持ちいいなんて初めての感覚に驚いた。

 好きな人の顔が目の前にあって、その体温を感じると……心が通じ合うような気がした。




 そのまますっかり時間が進んでしまい、窓際に見える空は真っ暗に。


 いつもなら夕飯の準備に取り掛かる頃合いだが、今日の夕飯担当は那由多だ。


 今日は那由多に助けられたし、彼氏として夕飯くらい代わってやろうと思っていたんだが……何故か花音が裏屋敷にやってきたみたいだ。


「ただいま帰ってまいりました!」

「あ、花音……今日は早いのね。どうしたの?」

「お嬢様が達郎さんに呼び出されてしまったので、夕食は私もご一緒します。まだ作っていないなら私が代わりましょうか?」

「花音の料理食べたい!」

「おい……今日の料理担当だからって、サボるなよ」


 いつも通りの関係を装うような会話をする俺達は互いに目を合わせる度苦笑する。

 若干ぎこちない気がするけど、花音は上機嫌で気付きそうになかった。


「良いんですよ……今の私は元気をあり余していますので、やらせてください!」

「……良い事でもあったのか?」

「それはそうですよ! お嬢様が自信を持ってくれたんですから!」


 花音は、お嬢様の使用人という立場に誇りを持っていた。


 自分が守られる立場になって思う事があるかも……だなんて、さっきまでそんな懸念があったけど、杞憂だった。


 本当に花音は、昔からお嬢様想いだ。


「秀吏くんも手伝ってくれたんですよね。動画……ありがとうございます!」

「いやいや、俺は仕事を全うしただけだよ」


 伝えてはいなかったけど、動画を掲載したのが俺だと見抜いていたようだ。


 花音に笑顔で話し返すと、那由多が背中をツンツンと指で刺してくる。

 デレデレしている訳じゃないのに……嫉妬かな?


「それに……那由多が頑張ってくれたからな」

「そ、そうね!」


 付け加えると、背中を刺すのをやめてくれた。


「那由多ちゃんのお陰で稽古場借りられましたもんね。一時はどうなるかと思っていましたけど、助かりました」

「むしろ予め何も伝えていなかったの、実はあたし申し訳ないと思っているから気にしないで」

「大丈夫です。私は秀吏くんと那由多ちゃんをいつでも信頼していますから。それにしても、那由多ちゃんと秀吏くん何かありましたか?」

「いや、何かってなんだ……特別なことは何もないと思うぞ」

「……? そうですか」


 花音はそんな俺達の様子を不思議そうに見たが、頭の中がお嬢様のことでいっぱいなのか気付く様子はないみたいだ。


「お二人の好きな料理作りますから楽しみにしてくださいね!」

「楽しみ~!」


 那由多もさっきより上機嫌になって、俺も嬉しく思った。


 俺達の恋人関係を花音に伝えるかどうか……とか、まだ考える事は残っているけど、今は今ある幸せを二人と分かち合いたい。


 いや、これからも二人の幸せを俺は守りたいと思った。

 恋と庇護欲の差はあっても、想う心に変わりないのだから。


 それが俺の……新たな使命になったのだ。

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同級生の美少女二人とのワケあり同棲は、それなりに大変です 佳奈星 @natuki_akino

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