第34話
あたしが秀吏に頼まれたことはシンプル。
お嬢様に木刀を持たせ、万が一男子生徒に襲われてもあたしが助けに入らないこと。
自画自賛じみているけど、あたしは護衛係として優秀だったんだと思う。
あたし一人が欠けるだけで簡単に隙が生まれるから。
とはいえ、あたしの中にある葛藤はお嬢様を裏切ることだけではなかった。
もう一つあった葛藤は、秀吏に対して。
この計画が限りなく利益になることは理解できる。けど、同級生を社会的に抹殺して何も思わない訳がない。
あたしは不知火という男子についてよく知らないんだ。
秀吏の予測した彼の行動が本当に怒れば、客観的には自業自得かもしれない。
だけど――それでも計画的に濡れ衣を着せるような真似は果たして正しいことなのかな?
きっと違う……もしかしたら秀吏にとって忘れられない過去になる。
今までだって、秀吏はクラスメイトを騙したり不正をしたりしたことは何度もあるけど、人を傷付けるようなやり方は一度だってしたことがない。
あたしが落ち込んでいる時だって、秀吏は言葉で慰めてくれた。
そんな秀吏が、真逆のやり方に耐えられるの?
(あたしは、これ以上迷惑をかけちゃいけないって自分に言い聞かせていた。
でも……いつか認められる日を信じて鍛錬しているお嬢様を見て、あたしは逃げていたんだってわかった)
人気投票であたしに入った一票が、背中を押してくれた気がした。
秀吏の目的の終着点は、お嬢様が不知火を剣道で圧倒し、正当性を与えること。
その出来事によって、お嬢様が剣道をするイメージを正しく定着させること。
確かに、お嬢様の自信を回復させる最善策。だけど――。
(あたしは……認めたくない)
お嬢様の傍にいて全てを知っているあたしだから出来ること……あたしにしか成せないことがきっとあるはず。
不完全だけど微かな希望は、思考を重ねる度見えてきた。
放課後になった後、あたしは急いで教室を出て……剣道部へと向かう。
お嬢様の話から考察して、例の人物は自分が卒業した後の剣道部を気にかけていて顔を出しているかもしれない。
その可能性に賭けて……あたしは賭けに勝った。
「待って!」
とてもギリギリだったけど、お嬢様が不知火を攻撃する前に間に合った。
告白が行われる場所の分析結果を秀吏から受け取っておいて良かった。
驚いた顔の空奈。
あたしが帰ったと思っていただろうし、当然だ。
「な、那由多? どうしてここに……それに先輩までいるのはどういうことなの?」
お嬢様に迷惑をかけた先輩を連れてきたんだから、困惑して当然だ。
説明をしようとした瞬間、隣の先輩が大きな声を出してお嬢様を咎める。
「失望したぞ! 塩峰! 強いばかりであっても、正道を行かなければならない!」
体育会系だからなのか、声が大きい。
その衝撃に、あたしの方が口を出しにくくなってしまったけどお嬢様は言い返す。
「先輩には関係ないわよ。事情も知らないのに、わかったような事言わないでくれるかしら」
同調して、不知火も口を出す。
「そうだぜ。誰か知らないが俺達は決闘したいだけっすよ。放っておいてくれや」
言葉を濁しているけど、不知火は花音に告白するためにお嬢様を叩きつぶそうという気概を感じる。
ストイックな性格であることは知っていたけど、やけが過ぎる。
「僕へのため口はこの際咎めない。だが、素手で相手するには分が悪いだろうな」
「あ? おいおい、随分と舐められているみたいだけどよぉ……その言い分はつまり、俺にもその得物を貸し付けてくれるのか?」
不知火は先輩が手に持つ竹刀へ注目した。
お嬢様と対立を見抜いた以上、敵の敵は味方であるように捉えたのか或いは、利用できる手として先輩を探っているようにも聞こえる。
不知火は圧倒的に情報が足らずとも、そのコミュニケーション能力の高さで状況を有利に動かそうと模索しているみたいだ。
すると、何が面白かったのか先輩は笑いだした。
「得物か知らないが、やるならお互いに竹刀を貸そうじゃないか」
「あん?」
「決闘なら公平じゃないとね。塩峰も……この件、師範に知られたら、色々と面倒だぞ」
「それはっ……」
道場の大原則。
剣道を脅しや暴力の道具に用いられることは、破門されるレベルの類である。
「稽古場を貸してやるから、そこで決闘しなよ」
「先輩、そもそもどうして貴方がここに……いえ、那由多が教えてくれるのよね?」
空奈は再びあたしの方へと、顔を向けて問うた。
もちろん、ここまでした以上、あたしがすべて納めないといけない。
「……うん、成り行きは後で話す。けど、あたしもこの惨状を無視できなかった。ただ一言で伝えられるなら、あたしは友達として空奈を止めるべきだと思ったから……!」
あたしの言葉に偽りはない。
気持ちが顔に出やすいというなら、伝わってくれると信じている。
あたしの言葉に再びお嬢様は気持ちを切り替えると、先輩の方を睨んだ。
「強制的に勧誘しようって話じゃないんだからそう睨むなよ。稽古場へ行こうじゃないか……そこの君もね」
「…………」
そう先輩から呼ばれた花音は、声を出さず静かに頷いた。そして、あたし達は計画通り稽古場へと移動を始める。
一瞬だけ見上げた屋上に、好きな人の絶句する顔が見える。
「今は恨んでくれていい……何も知らないまま、秀吏には待っていてほしいから」
伝わらない距離で、唇だけ自然と動いていた。
あたしの計画はお嬢様と不知火を正々堂々と戦わせることだった。
不知火を悪として罰するのではなく、挑戦者として倒せる環境を構築することが出来れば、それで秀吏の思い描く以上の結果を導ける。
野蛮さの無い真っ当な正義こそ、あたし達のお嬢様に相応しいイメージだと思う。
約束通り……あたしはお嬢様と花音を助けなかったけど、秀吏を助けることは禁じられていなかったから。
あたしは賭けに勝った。
そして――もし秀吏が許してくれたら…………その時は、もう一つ賭けたい。
勝っても負けても、今日はあたしの人生で最も青春を感じる日になる、そんな賭けを。
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