第33話
予定通り屋上で放課後を迎える。
人気投票の発表は、昼休み最後と授業間の僅かな時間に大体把握した。
みんなにとって初めてのイベントだったからか、ある程度予想通りでも掲示板では物議を醸している様子で……教室は今も騒がしいだろう。
ちなみに、小野塚は一切の票が入っていない事に絶望したのか、今も放心している。
そういえば、那由多が妙な顔をしていた。二位という順位に満更でも無さそうな石倉の態度が鼻に着いたのかもしれない。
まあそんな事は、いい……俺はデジカメを用意しつつ屋上から見渡してみる。
「それで、これから香崎さんを助けるって、色々準備しているみたいだけどよ。どうすん?」
「まあ見てろって」
さっきまで放心していた小野塚は、やはり立ち直りが早かった。
待っている間、これから起こる予想を伝える。
ちなみにスマホでなくデジカメを使うのは、もちろん高画質に拘っているからだ。スマホの充電も多少は気にしているが。
小野塚の役割は、あくまで証人だ。
「お、いたいた」
目的の人物……お嬢様と花音を見つけたのは学校の裏庭。
花音の手には手紙が握られているが……不知火からラブレターでも貰ったのだろうか。
今時の高校生か、不知火。いや、今時の高校生か。
「うわ、マジで予想通りに来た」
俺が予想していた通りの展開に、耳元で小野塚の驚く声が聞こえる。
不知火が現れると、お嬢様は花音を背に警戒態勢に入った。
こうしてみると、お嬢様が花音の近くいる以上、ラブレターの方がいいのか。
優しい花音の事だから、無視することはないと頭のキレる不知火もわかっていたんだろうな。
しかし、そこにはお嬢様も付いてくる……花音に対して過保護な性格。計画通りだ。
手紙という視覚的に情報が渡る方法は、正直助かった。
計画の要であり、場合によっては俺自身が動く必要があったから。
「で、笹江の言う、香崎さんを守る対策って何するんだ?」
「見てればわかる。俺達の役割は、この場面を撮影するだけだ」
「おい待て、見ているだけなのか? このままだと不知火が二人を襲うかもしれないだろ!」
小野塚が俺の肩を揺らして焦りを見せる。
だがその懸念は、小野塚が情報不足なだけだ。
「早まるな。そう言えば小野塚には話していなかったんだったな」
「こんな時に何をだよ」
「以前、体育の授業を抜け出したことあっただろ?」
「あ、ああ」
「実はそこで、塩峰とはひと悶着あったんだ」
嘘は言っていない……ここまではな。
「それで実はな――」
当たり前だが、弁当の件まで話す訳にはいかないので、急用から帰った時に花音のカバンに触れたと勘違いされたことにしておく。
お嬢様目線からも判断のつかないことで、解決済みであり万が一に備えたお話。
重要なのは、その時お嬢様が木刀を握り俺を圧倒させたことだ。
「だから、塩峰のお嬢様は俺の推測だとほぼ確実に剣道を習っている」
「そうか! そういうことか! わかったぞ! 本当は香崎さんが本当のお嬢様で、塩峰さんの方が護衛だったんだな!」
「……過度な妄想だから今のうちに忘れておけ。ほら見ろ、木刀を手にしている」
なんか妙な誤解が生まれていたので、無視することにした。
お嬢様は木刀を持ち歩いていた……那由多が取り計らってくれたんだろう。
しかし那由多の姿はそこにいない。彼女の仕事は、仕事を外してもらうことだ。
――この計画の肝は、那由多がこの舞台にいないことなのだから。
護衛係という役割を放棄してでも、お嬢様と花音を裏切るような形になったとしても、きちんと俺が与えた仕事をしてくれたみたいだ。
態々那由多にこんなことをさせたのは、花音を守ってみせる役割がお嬢様と剣道でなければならないからだ。
その場面を撮影することで、お嬢様が剣道を習っていてもそれが悪いイメージを持たないようにできる。
不知火という敵から、花音を守ろうという構図……誰もお嬢様を批難できない。
それどころか、お嬢様は一躍英雄になるだろう。
この計画は、お嬢様の剣道を肯定させ自信を回復させることができる絶好の機会なのだ。
「ほ、本当に大丈夫なんだよな?」
「ああ。俺の推測だが、お嬢様は滅茶苦茶強いぞ」
屋上だから、三人の会話は当然聞こえないけど、耳元で囁くな。
微妙に聞こえたりしたら撮影者がバレる可能性がある。
それはそうと、遂にお嬢様が木刀を手に持ち不知火へ向けた。
動画映えのする、分かりやすい対立の構図だ。
お嬢様は……俺の、藤倉道場師範代理の後継者として、現役……負ける想像が付かない。
未だ不知火は、木刀を構えたお嬢様に対して踏み出さず警戒しながら、されど逃げ出すような真似はしない。
あの人一倍度胸のある不知火が女子一人に怖じ気づくなんてあり得ない。
だからこそ、お嬢様の大義名分の為に……犠牲になってくれ。
「…………」
ふと気になる事が残っているとすれば、俺自身の感情。
きっと俺自身、花音を危険に晒したことを疑問に思っているんだろう。
この行いは果たして好きな人に対するものか? 答えは否。
俺は花音に恋をしていなかった……きっと庇護欲だったんだろう。
結局、俺もお嬢様となんら変わりなかった……最初はあった恋愛感情がいつからか、一緒に暮らす中で庇護欲に変わっていた。
達郎という明確な敵を前にして、俺も正義だと振りかざしていただけに過ぎなかった。
そうでなければ、もう踏みとどまっていた筈だ……今、ここまで来ても俺の心に拒絶感が残っているのは、花音ではなく那由多の顔が頭に過るからだ。
この計画を立ててから、よく彼女の事を考えてしてしまう。
那由多は純粋に正義感が強い子だから、耐えられるのかと心配していたつもりだけど、もしかして違う? だったら俺は……那由多に恋をしているのかな?
「……っ」
わからないけど、何となくそんな気がして苦笑してしまう。
だって、もしそうなら残酷な事だ……それもまた絶対に叶わない恋なのだ。
自分に酷い役割を背負わせた俺の事を那由多は……決して許さないだろうから。
(それは苦しい……なぁ)
使命感さえ揺らぐほどに、胸が痛い。
花音の為にお嬢様の名誉を揚げる計画。どうして花音を囮にしなければいけないんだろう。
俺は一体、何を望んでいたんだっけ。
到底正解とは思えない手段を正当化しようとしても脳が拒絶する。
しかしこれは結果だけを追い求めた計画……もう覆す事は出来ない。
動き出した歯車はもう止まらない。
俺はもう……止まれないんだ。
「待って!」
お嬢様が不知火に木刀を突きつけ、次に足を踏み出した時、裏庭に現れた一人の女子の声が屋上にまで届いた。
その声は俺のよく知っているものだ。
視線を送ればそこには……那由多がいるのが見える。
「おい……あれも、笹江の策ってやつか?」
小野塚の言葉に、ハッと意識が戻る。予想外の展開に頭が真っ白だった。
那由多の後ろからやってくる俺の知らない男子生徒。その見た目からして恐らく上級生。
俺の策にはないイレギュラーだ。
「なんだ……それ」
那由多……一体何をしようとしているんだ?
『約束ノート』のルールはどうしたんだとか、そんな事を考える以前の問題。
俺にはまるで、理解できなかった。
本来、エキストラが主役に昇格するのは、ミステリで犯人として浮上した時だけだ。
そして那由多の行動そのものが皆目予測が付かないミステリだった。
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