人気のアパート
久賀池知明(くがちともあき)
第1話
これは大学で出会った友人の話です。
県内にある大学へと進学して間もなく、サークル内で友人が出来ました。休日にはよく買い物に出掛け、互いの家で飲み明かすこともあるくらいに仲良くなり、親友と言っても過言ではありませんでした。
その友人は元々実家暮らしなのですが、何を思い立ったか一人暮らしを始めると言い出しました。別に止める理由も無かったので、そこそこに部屋探しを手伝いつつ、あーでもないこーでもないと適当に口を出していました。
暫くして、友人がとあるアパートを見つけたのです。
ロフト付きで1DKの部屋が各階二部屋ずつ。二階建てのアパートで、駅近の割に家賃はそこまで高くない。
防犯の面を考えればもう少し階の高い所にした方が良いとは思いましたが、友人はお金をとったようでした。一人暮らしへの羨望が垣間見え、私も心做しか嬉しい気持ちになりました。
初めてその物件を見たのは引越し当日でした。
一見普通の建物ですし、周りにも同じような物件が建ち並んでいるからだとは思うのですが、私はこの時強い既視感を覚えました。
別に変わった形をしている訳でもないし、この辺りを通った事も無い。それなのに何故かモヤモヤとしたものが胸につっかえて仕方なかったのです。
引越しも無事に終わり、後輩も交えて飲むことに。
友人は簡単に夕食を作ってくれるそうで、代わりに私が駅まで後輩を迎えに行きました。荷解きの忙しさもあって、あの既視感の事は頭の中からすっかり抜け落ちていたのですが、その後輩が家に近づくなり怪訝な顔をしてポツリと呟きました。
「違ったらごめんなさいなんですけど、ここ……ニュースになったとこじゃないですか?」
そう言いました。
私はどういう事か分からず聞き返しました。すると、先月の事なんですけどと詳細を話してくれました。いえ、詳細というほど情報があった訳ではないのですが、簡単に言えばここの住人が自殺したという話でした。
私は俄かに信じられず、単なる見間違いではないかと思いましたが、その記事を見せられ驚きを隠せませんでした。
友人が新居として構えたのはまさにその部屋だったのです。
たった十分前にいたあの部屋が、全く別の何かに見えて仕方がありませんでした。
しかしいつまでも友人を待たせる訳にもいかないと、勇気を振り絞ってその夢の新居へと戻ったのです。
部屋に戻るとターメリックの香ばしい匂いが充満していました。友人はシェフを目指しているので、こういったエスニック料理はお手の物でした。
後輩の挨拶もそこそこに、飲み会は始まりました。どことなくぎこちない始まりではあったものの、酒も入ればいつもの調子で話が弾みます。
二時間が過ぎた頃、後輩が例の記事を話題にあげました。私は軽く止めましたが、友人は酔っているのもあるとは思いますがあっけらかんとしていて、面白いもの見せてあげると契約書を持ってきました。
一見普通の賃貸契約書に見えましたが、友人が指さした所には見慣れない文字が。
「心理的瑕疵」
漢字の読みも意味も理解出来なくても直感で分かりました。つまりこれは
「そう、事故物件ってこと」
しんりてきかしと読むらしいと教えてくれましたが、そんな事よりも薄ら寒い空気がぬるりと部屋に入ってきた様な気がしてなりませんでした。
具体的に何が原因でどんな人付き合いがあったのかを教えて貰えなかったそうですが、どこで「それ」が起こったのかは教えて貰えたそうです。
ロフトには落下防止の為のカウンターが付いているのですが、架け梯子がある右側には小さい柱が天井へと伸びており、それに紐をかけ首を括った。
まさに今私達がいる部屋、私のいる真上にその柱がありました。
「ひっ」
と思わず悲鳴をあげてしまいましたが、友人は笑うばかり。後輩も後輩であまり気にしていない様子で、私がおかしいのかと思った程でした。
私は空気を悪くしない様にだけ徹し、会がお開きになるのを待ちました。契約書を見てから実際には2時間も経っていないはずなのですが、私には限りなく長い時間に思え、帰宅する頃には精根尽き果てていました。
友人に変わった様子は見られませんでした。私にはそう見えていました。いつも通り大学に通い、談笑する友人。本当にただいつも通りの日々だったように思います。
あの飲み会から1ヶ月後、友人が救急車に運ばれました。口論の末に後輩が包丁を持ち出し、腹部を刺したそうです。原因は後輩の好いていた人が友人と恋仲になった事。
叫び声を聞いた他の住人が警察を呼び、なんとか取り押さえてくれたおかげで命は助かりました。
取り調べで後輩は
「自分では止められなかった。頭の中で殺せと声がした。体が自分の物じゃなかった」
と語っているそうです。
後々インターネットで調べた所、あのアパートにはとある噂があるのだと知りました。今どれだけ探しても見つからないのでもう閉鎖されたのだと思いますが、そのサイトでは住所を入力するとその付近の物件をランキング形式で教えてくれるものでした。
皆さん何となく予想が出来るだろうとは思いますが、そのランキングとは「事故物件の危険度」を示すものでした。5段階評価で簡単ではありましたが悪趣味な概要も載せてあり、コメントも複数寄せられる知る人ぞ知るサイト。
◯◯◯アパート
★★★★☆
「築年数、立地、間取り、どれも好条件。しかし入居者の自殺他殺が絶えない凶物件! 巷ではここに住めば確実に死ねるとの専らの噂! 自殺したい人、誰かを殺したい人、一見の価値あり!?」
人気のアパート 久賀池知明(くがちともあき) @kugachi99tomoaki
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