第15話 一気に崩れてしまった。

 そして、あれからジョリー・クロウに延々と植物と魔法薬理学の魅力について語られた、アイファ・シューラーとジェン・オネットは専攻を物理から、魔法薬理学に変えた。


 魔法薬理学者を、目指すと、決めた。


 この二人と、働きたいと、強く、願った。


 彼らはこの時、魔法科学大学MSC二年目で、魔法科学大学MSCは四年制。残りは二年、彼らの変更と挑戦は無謀に思え、止める教授たちも多かった。

 だが、彼らは止まらなかった。止まる、はずがなかった。


 目の前で、あんなにも、何事も恐れずに村人を助け、輝いた笑顔で帰ってきては、子供のように魔法薬理学の魅力を伝えてくる、先輩に出逢ってしまったのだから。



 

 そして、二人は、大学での専攻と独学の猛勉強の末に、無事にディックとジョリーが働いている、魔法植物研究所MPLに入所できた。


 すぐ二人はやってきて、アイファとジェンを祝福した。


「おめでとう! 二人共!」


「ありがとうございます」


 ディックは二人と出逢った時と同じように、草で汚れたような白衣と、髪に葉をたくさんつけていた。


「祝いに“俺の助手”という贈り物を用意しておいたぞ!」


「……はい?」「……は?」


「この人ね、この間の論文で教授になる事が決まったの。大丈夫、安心して。私もとしてサポートするから」


「え、えーと。あなたも助教では?」


「うん、だけどね」


 ジョリーは少し大きなお腹を、愛おしそうに撫でた。


がいるから、敢えて助手に落としてもらったの」


「お腹に、お子さんが?」


「うん」


 少し恥ずかしそうにジョリーは微笑んだ。


「わっはっは! いい事づくめだな! 良い時に来たな! お前らも俺も本当に幸せ者だ!」


 ディックは豪快に、嬉しそうに笑った。


 アイファとジェンは、この二人から学べるなら、幸せだ、と思った。



 だが、この幸福は、長くは続かなく、そして悲しくも、一瞬で砕けた。

 


 それは、二人がディックの助手になって数日後に起こった。



 





 いつも通り二人はディックとジョリーの元で、植物が人間にもたらす効果を研究していた。その時だった。

 パリンッと、ディックは突然フラスコを落とした。


「大丈夫ですか!?」


 二人が駆けつけると、ディックは自分の手をじっと見ていた。


「うむ! これはまずいな!」


 いつものように笑い飛ばすから、アイファは大した事ないと思い、彼の手を覗き込んだ。だが、ディックの手は、皮膚がなっていた。


「……ディック先輩、これは」


「どうやら感染うつっていたようだ! わっはっは!」


 二人が、ディックとジョリーと出逢う起因となった村の、あの病だった。


「笑っている場合じゃないでしょう!」


 ガタン! という音に振り向くと、ジョリーは大きなお腹を押さえ倒れていた。

 そしてジョリーの手足も、なっていた。


「ディック先輩! 早くあの時に作った薬を!」


「……いいんだ」


 そう言ったディックの声は、いつもの賑やかさから信じられない程、穏やかだった。


「何がいいんですか!」


「もう、間に合わない」


 そして、ディックは目を閉じて優しい笑みを浮かべた。


「なぁ、アイファ」


「嫌です」


「まだ何も言ってないじゃないか」


「聞かなくてもわかります。だから、嫌です」


 アイファは両耳を手で塞いだ。


「——アイファ、聞いてくれ」


 段々、白く固くなっていく手で、ディックはアイファの手を耳から離した。


「嫌です」


「お前にしか、いや、お前だから、頼めるんだ」


「嫌です!」


 ディックの手は、もう殆ど白くなっていたのに掴む力は強く、アイファは振り解けないでいた。


「恐らく、ジョリーは赤ん坊を産めば死ぬ。俺も長くはない。だが、一度、我が子をこの手に抱ければ本望だ。だから——」


「嫌です! 聞きたくありません!」


 アイファは、駄々をねる子供のように大きな声を出し、ぎゅっと強く目を瞑った。


「……だから。我が子を抱いた後、俺たちを解剖してくれ。医師免許を持つ、お前だから、頼めるんだ」


 アイファは若くして医師免許を取得していた。手術の経験もあった。


「……あと少しで、教授じゃないですか」


「そうだな」


「子供も、産まれるんですよ……?」


「めでたいな」


「何で勝手にせいを諦めているんですか!」


 アイファは涙を床に落としながらディックを見た。


「生を諦める? 馬鹿を言うな。俺は諦めたわけではない。んだ。お前たちや」


 ディックは、アイファとジェンを見て、


「産まれてくる我が子に」


 ジョリーとお腹にいる赤ん坊を、愛おしそうに見つめた。ジョリーは頷き優しく微笑んで、大きなお腹を小さな体で支えながら立ち上がり、ディックと同じように、希望に満ちた瞳で二人を見据えた。

 未来はないのに、これからを生きれる二人より、希望に満ちた瞳で。


「俺の、俺たちの、のお願いだ」


「……ずるいですよ」


「ん?」


「卑怯ですよ……。その言い方」


 そう言うと、アイファは力なく崩れ落ちた。

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世界−君〜世界という数式から引かれた、君という値を足すために〜 冥沈導 @michishirube

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