第15話 一気に崩れてしまった。
そして、あれからジョリー・クロウに延々と植物と魔法薬理学の魅力について語られた、アイファ・シューラーとジェン・オネットは専攻を物理から、魔法薬理学に変えた。
魔法薬理学者を、目指すと、決めた。
この二人と、働きたいと、強く、願った。
彼らはこの時、
だが、彼らは止まらなかった。止まる、はずがなかった。
目の前で、あんなにも、何事も恐れずに村人を助け、輝いた笑顔で帰ってきては、子供のように魔法薬理学の魅力を伝えてくる、先輩に出逢ってしまったのだから。
そして、二人は、大学での専攻と独学の猛勉強の末に、無事にディックとジョリーが働いている、
すぐ二人はやってきて、アイファとジェンを祝福した。
「おめでとう! 二人共!」
「ありがとうございます」
ディックは二人と出逢った時と同じように、草で汚れたような白衣と、髪に葉をたくさんつけていた。
「祝いに“俺の助手”という贈り物を用意しておいたぞ!」
「……はい?」「……は?」
「この人ね、この間の論文で教授になる事が決まったの。大丈夫、安心して。私も助手としてサポートするから」
「え、えーと。あなたも助教では?」
「うん、だけどね」
ジョリーは少し大きなお腹を、愛おしそうに撫でた。
「この子がいるから、敢えて助手に落としてもらったの」
「お腹に、お子さんが?」
「うん」
少し恥ずかしそうにジョリーは微笑んだ。
「わっはっは! いい事づくめだな! 良い時に来たな! お前らも俺も本当に幸せ者だ!」
ディックは豪快に、嬉しそうに笑った。
アイファとジェンは、この二人から学べるなら、幸せだ、と思った。
だが、この幸福は、長くは続かなく、そして悲しくも、一瞬で砕けた。
それは、二人がディックの助手になって数日後に起こった。
いつも通り二人はディックとジョリーの元で、植物が人間にもたらす効果を研究していた。その時だった。
パリンッと、ディックは突然フラスコを落とした。
「大丈夫ですか!?」
二人が駆けつけると、ディックは自分の手をじっと見ていた。
「うむ! これはまずいな!」
いつものように笑い飛ばすから、アイファは大した事ないと思い、彼の手を覗き込んだ。だが、ディックの手は、皮膚が白くなっていた。
「……ディック先輩、これは」
「どうやら
二人が、ディックとジョリーと出逢う起因となった村の、あの病だった。
「笑っている場合じゃないでしょう!」
ガタン! という音に振り向くと、ジョリーは大きなお腹を押さえ倒れていた。
そしてジョリーの手足も、白くなっていた。
「ディック先輩! 早くあの時に作った薬を!」
「……いいんだ」
そう言ったディックの声は、いつもの賑やかさから信じられない程、穏やかだった。
「何がいいんですか!」
「もう、間に合わない」
そして、ディックは目を閉じて優しい笑みを浮かべた。
「なぁ、アイファ」
「嫌です」
「まだ何も言ってないじゃないか」
「聞かなくてもわかります。だから、嫌です」
アイファは両耳を手で塞いだ。
「——アイファ、聞いてくれ」
段々、白く固くなっていく手で、ディックはアイファの手を耳から離した。
「嫌です」
「お前にしか、いや、お前だから、頼めるんだ」
「嫌です!」
ディックの手は、もう殆ど白くなっていたのに掴む力は強く、アイファは振り解けないでいた。
「恐らく、ジョリーは赤ん坊を産めば死ぬ。俺も長くはない。だが、一度、我が子をこの手に抱ければ本望だ。だから——」
「嫌です! 聞きたくありません!」
アイファは、駄々を
「……だから。我が子を抱いた後、俺たちを解剖してくれ。医師免許を持つ、お前だから、頼めるんだ」
アイファは若くして医師免許を取得していた。手術の経験もあった。
「……あと少しで、教授じゃないですか」
「そうだな」
「子供も、産まれるんですよ……?」
「めでたいな」
「何で勝手に
アイファは涙を床に落としながらディックを見た。
「生を諦める? 馬鹿を言うな。俺は諦めたわけではない。次の未来に繋いだんだ。お前たちや」
ディックは、アイファとジェンを見て、
「産まれてくる我が子に」
ジョリーとお腹にいる赤ん坊を、愛おしそうに見つめた。ジョリーは頷き優しく微笑んで、大きなお腹を小さな体で支えながら立ち上がり、ディックと同じように、希望に満ちた瞳で二人を見据えた。
未来はないのに、これからを生きれる二人より、希望に満ちた瞳で。
「俺の、俺たちの、最初で最後のお願いだ」
「……ずるいですよ」
「ん?」
「卑怯ですよ……。その言い方」
そう言うと、アイファは力なく崩れ落ちた。
世界−君〜世界という数式から引かれた、君という値を足すために〜 冥沈導 @michishirube
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