世界はのぞいている

リィーレ

第1話 配信開始!

「「配信開始!」」


 二人の合図とともに、この物語ははじまった。


 ***


 俺の配信者名は『ココノエ』。名字の『九重』をカタカナにしただけのシンプルな名前だ。

 友人に名付けセンスを笑われ、ココノエにされたエピソードがある。

 視聴者はココノエの名前に愛着を持ってくれているので、結果的には良かった。


 配信ジャンルは主に探索で、その過程で他種族交流や素材加工など多岐にわたる。先日の配信では探索レポートを学術会へ提出した。

 後半はエルフの長老たちの時の流れを楽しむような雰囲気に流され、ハーブティを3杯飲むというお茶会配信になってしまった。不本意だがゆっくりできたのは事実だ。

 いつもは外界探索というスリル満点の配信をしていたので、視聴者の心も休まったのなら嬉しい。


「よう! お前ら、お早い出勤だな」


 venny: おはよう!

 kikipo: おは!

 weein: はやすぎw

 liquidsan: ココノエさん、おはよーございまーす!

 zenom: 平日朝5時に初動から2万人はヤバいw

 minocoro: おはよう〜。昨日は早く寝たよ!笑


 そう、今回は外界遠征ソロ配信ということで朝の五時スタートを予告していた。

 初動で二万人も集まった理由は、外界探索という超人気のコンテンツに俺と視聴者はどっぷりハマっているからだ。

 これまでの傾向から数十万人に届くことはそれほど難しくはないだろう。


「本日のココノエの配信にお集まりいただいた皆さん、いつもありがとうございます。今回は外界探索ソロ遠征ということで、長時間の配信を行っていきます。探索ルートや装備、その他注意事項は説明文や固定コメントを読んでください。もうわかってるよ〜という人はお手数ですが固定コメントの既読欄をチェックしますと、非表示になります。――では、外界へ出ます。」


 osoba: お! お知らせモードだ!

 jokomochi: セルフお知らせ機能w

 uuu: 初見への配慮www

 assaku: お知らせモードの別人感パネェ笑

 kirokiro: ギャップ萌えーー!

 minami: このときだけは執事服来てほしい……

 venny: 執事ココノエ♡さいこうです


 俺は配信恒例のスタートを切ると、外界へのポータルをくぐり抜けた。


 ポータルとは人類の居住区である上空一万メートルと外界と呼ばれる地上を繋ぐものだ。

 俺は専門家ではないので詳しくは知らないが、魔力層を障害無く通り抜けるにはポータルを通るしかないらしい。


「さて……じゃあ、いつも通り騎獣を捕まえて、南へ探索に向かうから約一時間は移動だな。その間は雑談&解説タイムにしよう。質問もあれば答えていくぞ〜」


 weayky: いつも疑問だったのですが、なぜ危険を犯してまで探索に行くのですか?居住区住みならば労働から開放されていますよね?

 tuyu: 外界は怖くないのですか?

 quooo: 外界メシで一番は何ですか?

 duavy: 生粋のエンターテイナーなんだよ! きっと!

 zxcv: 強さの秘訣は?


 俺は周囲への気配に気を配りながら、ものすごい速さで流れる配信コメントを眺める。

 これだけは鍛えられた動体視力でも結構疲れるんだ……。


 俺を含む視聴者の殆どは、ポータルの先にある上空一万メートルの住人だ。そこでは人工知能を搭載したロボットたちが労働を引き受けている。

 地上のポータルを守っているのもそのロボットたちだ。


 基本的な肉体労働はロボットの方が効率的だし、最近ではコストも削減できたらしい。

 政府が管理するワーカーロボットがお金を稼ぎ、住民は無条件で生きるのに困らないお金が給付されている。


 人が労働から開放されると何が起こるのかというと、人の創造性が増すのだ。

 怠惰に生きることも可能ではあるが、死ぬまで怠惰でいるのは逆に苦痛だ。

 だからそれぞれが得意な分野で好きなことをして生きている。

 俺の場合はそれが外界探索だったということだ。


「危険を犯してまで外界探索に行く理由? そんなの簡単だ。未知なるものを見る、聞く、話す、食べる、戦うすべてが俺の生きがいなのさ。人間がどこまで強くなれるかに挑戦しているっていうのも理由の一つかなー」


 faaat: 生きるための労働から開放されて暫く経つが、こんなに狂ったやつはいなかったぞ笑

 cutyobom: それなw

 lililiy: わたしたちに娯楽を与えてくれてる!笑

 utta: ずっと配信してくれーw


 和やかな雰囲気で会話が進む。


「おー、今日もいたいた。フォレストディアの群れだ。さっそく騎獣をテイムするからコメント読むのを一旦ストップするな。いつも通りやるからお前らもいろいろ頼むぞ」


 外界生物であるフォレストディアは群れで生活する。比較的温厚な生物で、雑食の鹿だ。

 その鹿たちを捕食対象とするダイアウルフを今回は狙っている。


 騎獣とは外界探索にはほぼ必須レベルの生き物だ。広大な土地と荒れた地形を踏破するには外界生物を使うのが一番だと俺は思っている。


 sdo: 鹿ちゃんかわいい

 quty: こんにちは! 今どういう状況なんですか!?

 xsun: 騎獣を確保する最中だよ


 俺の古参視聴者が代わりに現状を伝えてくれている。ありがたい。

 ちらりと見えたコメントから意識を外し、ダイアウルフが身を潜めていそうな場所を注意深く観察する。


 俺が息を潜めている茂みは、フォレストディアの群れから少し離れた場所にある。

 群れで一番弱いフォレストディアの逃走経路に近い場所に位置どることで、騎獣の捕獲率を少しでも上昇させる。

 ダイアウルフも馬鹿じゃない。確実に仕留められるフォレストディアを狙うはずだ。


 初見の視聴者は騎獣とだけ聞いているから、鹿の方を想像していることだろう。

 しかし、騎獣にするなら群れで動く生き物は向かない。ある程度一匹狼で行動できる生物のほうが、騎獣にはふさわしいのだ。

 どこかに潜んでいるダイアウルフを待ちながら、初見の反応を想像する俺と古参視聴者は息が合ったように意地悪な笑みを浮かべた。


 ――しばらく気配を消していると、フォレストディアが異変を察知した緊張感が俺にも伝わってきた。


(来た……!)


 絶好のタイミングを伺って俺は飛び出し、フォレストディアに致命傷を負わせたダイアウルフを地面に押さえつける。

 はじめは抵抗していたが、力の差を理解し大人しくなった。


 ダイアウルフは単なる力で押さえつけられると、このように大人しくなるのだ。

 外界生物は様々な特性を有しており、その種類は千差万別。

 学術会によると力の差を利用して、手懐けることが可能な外界生物は一定数生息しているとのこと。


 俺がこれまで外界を探索して感じたことは、俺たちよりも外界の生き物たちは力の差を理解しているということ。

 そして抗いようがない場合、一瞬で命を刈り取られるか、もしくは支配下に下るかその判断は力が強い方に委ねられる。


 知能が低すぎる場合はそれに当てはまらないのだがな……


 weein: ナイスー!w

 hux: な、なんじゃーこれは!!

 jethub: ダイアウルフだ!

 quty: ビ、ビックリした……

 zenom: 相変わらず、手際が良すぎるw


「ダイアウルフ捕獲成功だ。さて、お前らがお待ちかねのスキャンをはじめるぞ」


 ――個体名『ダイアウルフ』――

『心拍異常値』

『推定Lv.35』

『通常個体とは合致しないステータスが多数存在します』

『特殊個体認定されました』


 心拍異常値とは外界生物が力の差がある生物に制圧されたとき、相手に命を委ねたときに現れる状態だ。

 一定の知能がなければ現れない状態なので、言うことを聞くかどうかはこれで判断することができる。


 ――個体名『フォレストディア』――

『推定Lv.20』

『首元に大きな裂傷』


「こんなダイアウルフ初めてだ……」


 このときはラッキーとしか思っていなかった特殊個体ダイアウルフとの出会いは、今後大きな出来事へと発展していく。


 手懐けたダイアウルフの食事としてフォレストディアを与えつつ、盛り上がる配信コメントを読みながら、俺は少しの間休憩を設けることにした。




 ココノエはまだ見られていることに気が付かない……




 ――登録名『ココノエ』――

『推定Lv.50』

『浮遊都市ノースハーストNorthHurstの狂人』

『都市認定探索者』

『NH(NorthHurst)ソロ探索者ランキング1位』

『ポータルガーディアン』

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