きみとは遊ばない

香久山 ゆみ

きみとは遊ばない

 あーあ、また泣いてる。

 公園の真ん中で陽菜子がぴいぴい泣いている。かくれんぼで鬼になったものの、一人も見つけられずに心細くなったのだろう。

 洸太は溜息を吐いた。陽菜子は同じ団地に住む二つ下の幼馴染だ。団地の子供達で遊ぶ時には必ず「ヒナコもまぜて」とくっついてくる。洸太としては本当は小学生の遊びに幼稚園児がしゃしゃりでてくるなと言いたいところだが、ぐっと堪えて仲間に入れてやる。すると案の定すぐに泣き出す。これだからじゃんけんのチョキも上手く作れないようなガキは嫌なんだ。

「おい、泣くな。泣くならもう遊ばないぞ」

 滑り台の下から飛び出すと、陽菜子はピタッと泣きやむ。「一緒に探してやるから」と言うと、小さな手で洸太の手をぎゅっと握って真っ赤な目を擦りながらついてくる。なぜか洸太じゃないと泣きやまないから、遊ぶ時にはいつも洸太が陽菜子の世話係になる。洸太は小さな手を握り返す。

 洸太が高学年になる頃には、団地の子供達と年齢を越えて遊ぶこともなくなった。

 けれど、陽菜子が泣いていたら駆けつけるのは洸太の役目だった。陽菜子にちょっかいを出す同級生には睨みを聞かせ、嫌がらせをした上級生は殴り飛ばした。教師に食って掛ったこともある。

 中学・高校に上がるとさすがに陽菜子がぴいぴい泣くこともなくなった。生徒会役員を努めるほどの優秀な生徒になっていた。対して洸太は、派手な格好の仲間達と深夜まで遊び歩くようになった。

「ねえ、洸ちゃん。私も仲間に入れてよ」

 夕方団地で擦れ違った時に、思い切って声を掛けた。

「……やだよ。お前とは遊ばない」

 洸太はそう吐き捨てて、そのままバイクに乗って行ってしまった。陽菜子はぽつんとその後姿を見送ったが、もう泣きはしなかった。泣かないのに、もう遊んでくれないんだな。ぎゅっと唇を噛んだ。

 陽菜子は東京の大学へ進学し、そのまま東京で就職した。

 帰省する度に、「洸太くんはいつまでもふらふらして仕様がない」と近所の噂話を聞かされた。

 そんな洸太の姿を東京で見掛けた。昔から洸太のことはすぐに見つけられる。けれど、今はどれだけ呼んでも迎えに来てくれない気がして、雑踏の中その後ろ姿を追い掛けた。パリッとしたスーツを着ている。洸太が笑顔を向けて手を振った先には、きれいな女の人がいた。その後も何度か見掛けたけれど、その度に違う女の人を連れていた。結局、声は掛けられなかった。

 なのに、思いがけず再会した。

 会社で新しいプロジェクトを展開する際の取引先として紹介されたのが、洸太だった。知り合いからベンチャー企業の立上げに誘われて、紆余曲折したものの、現在は軌道に乗っているらしい。昔から、困っている人を放っておけないような真面目な性格だものな。学生の頃、いじめられて親にも相談できずにいた私の様子に気付いて、真っ先に助けてくれたのも彼だった。

 仕事終わりに、二人で飲みに行ったりするようになった。思い出話やいまの仕事の話など、話題は尽きなかったが、互いに昔と変らぬ印象を持った。

 したたか酔った夜、陽菜子は思い切って言ってみた。

「ねえ、洸ちゃん。私とも遊んでよ」

 慣れないしなを作ってみたが、洸太はつれなかった。

「お前とは遊ばないよ」

 そう一蹴された。

 ちぇっ、陽菜子は唇を尖らせる。泣いてみようかと思ったが、洸太の目を見てやめた。

 高校生の時、友人のトラブルを解決するために昼も夜もなく奔走する洸太に対して、団地内では様々な噂が立った。そんな中、唯一変らず接してくれたのが陽菜子だった。そのままずるずると道を踏み外しそうになったところを踏み止まれたのも、彼女のお蔭だ。そんな陽菜子と遊びのような関係など、有り得ない。

 半年後、起業時に作った借金も女性関係も全部片を付けて、洸太は陽菜子を迎えに来た。

 彼女のための指輪を差し出すと、陽菜子も応じて手を伸ばした。

「泣くな」って言おうとした洸太自身の目から溢れるものが止まらなくて、真っ赤な目を擦る彼に、陽菜子は輝くばかりの笑顔を向ける。

 二人はしっかり手を繋いで、一緒に幸せを探しに行くことにした。

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