最終話 ヘリ操縦士からの報告
「……煙があがったのは間違いないんです。なにかを燃やした痕跡も、はっきり残ってます――でも、誰もいないんです」
海辺の教会の前庭から立ち昇る小さな煙を目印にして、百ヤードほど離れた空地にヘリを着地させた復興政府所属の操縦士は、本部への無線でそう報告した。
「自然発火なんかじゃありません。明らかに、人為的に燃やされたものです。煙があがった建物の地下を捜索したところ、生活の痕跡がありました。それに、機能停止寸前の家事用ロボットが一台。
ロボットが火を点けたなんて、それこそありえません。そんな、高級なロボットじゃないんです。本当は、ロボットなんて呼ぶのもおこがましいくらいのやつですよ。そもそも、スクラップ同然なんです。地下室の階段までも移動できません。絶対に、火を燃やした人間が近くにいるはずです。
これは推測ですけど、最初はヘリの気を惹こうとして煙をあげてみたものの、急に不安になって、慌てて逃げたってとこじゃないですかね? それなら、すぐに火が消えた理由も説明が付きますし……ええ、こちらに害意はないことを伝えられれば、自分から出てくるでしょう。
例のロボットにしても、ずっと放置されてたなら、今日までもちやしません。ヘリの予備バッテリーをつないで確認したら、メモリのログが毎日分残ってましたから、作業用に使えなくなったあとは、日記代わりにでもしてたんでしょうね――とにかく、絶対に生存者はいますよ。明日から、徹底的にこの周辺をあたってみるべきです。ロボットは今から基地に持ち帰ります。メモリを解析すれば、きっと、手掛かりが出てきますよ」
操縦士は通話を切ると、ヘリの後部座席に積みこんだ機械人形に視線を向けた。
人形は丁寧に手入れをされてはいたが、二十六年の時間の洗礼にはあらがえず、すっかり古びてしまっていた。つまるところ、廃墟の中の他の煤ぼけた品々と、そう変わらなかった。
新品の外部バッテリーから、数年ぶりに十分な量の電気信号を与えられた機械人形は、メモリの底に残っていたとおぼしき、無意味な単語の断片を喋り続けていた。「はい、お嬢さま……女の子はサナギです……死者と不死者には敬意を払え……わたしは頭がからっぽのブリキ缶です……お嬢さまを愛しています……お別れのあとも一緒です……」
操縦士はヘリを動かす前に、念のため、もう一度教会の前の痕跡を確認しておくことにした。
うららかな午後の太陽の下には、ヘリからの風であらかた吹き散らされてはいたが、綺麗な白い灰の山が残されていた。その灰を包み込むようにして焼け残った、ぼろぼろの黒モスリンのドレスの襟のあたりには、蝶の紋章をあしらったロケットの鎖が、炎の熱でねじくれながらも、まだ絡みついていた。
ステンレスのサナギ カスガ @kasuga39
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