* SS 2月22日、猫の日
「恵真ちゃん、今日は何の日か知ってる?」
「うーん、天皇誕生日は明日だよね」
「ほら、猫の日ですって。猫モチーフの可愛いお菓子やグッズが人気なんですって」
テレビを見ると今日、2月22日は猫の鳴き声にちなんで猫の日と言われると流れている。もちろん、日本国内に限ったことだが諸外国でも異なる日に「猫の日」が制定されているようだ。
可愛らしいグッズに恵真も惹かれるが、もう一つ思うことがある。
「そっか、じゃあもっと良い朝ごはんあげれば良かったかな」
猫の日であれば、一応猫であろうクロにも何か特別なことをしてあげればよかったと思ったのだ。
「みゃう」
既に皿を空にしたクロが抗議の鳴き声を上げる。不服そうなクロを抱き上げ、恵真はその小さな額に自らのおでこをくっつける。
「ごめんごめん。だって、今知ったんだもの。じゃあ、今日はクロの日だね。何か特別なことをしなきゃね」
「みゃう!」
恵真の腕の中で優しく撫でられたクロはすぐに機嫌を直す。魔獣であるクロだが、恵真のことは気に入っているし、おまけに「特別」という響きは魅力的だ。
「あら、でも猫の日って何をすればいいのかしらね」
そんな様子を見ていた瑠璃子が不思議そうに恵真に尋ねた。
一般的に「○○の日」と名前がついている場合、それを称えたり、感謝をすることが多いと恵真は考える。
「か、感謝とか、何かしてあげたり……かな?」
「みゃ!」
「あら、期待してるみたいよ? 大丈夫、恵真ちゃん」
「た、多分?」
「みゃうん」
クロは嬉しそうにゆらゆらとしっぽを揺らす。
こうして猫の日である今日、クロにしてあげられることを朝食も食べずに、考え始める恵真であった。
*****
「ねこの日! そんな日があるなんてクロさま凄い!」
「うん、記念されてるなんて流石、魔獣だな」
アッシャーとテオの誉め言葉に、クロは得意げだ。
リアムとバートは紅茶を飲みながら、そんな様子を眺めている。
今日のクロはいつも座るソファーの上に更にふわふわのシートを置き、その上に丸くなっている。
その姿が普段より上品にも見える。そこでアッシャーがいつものクロとの違いに気付く。黒い毛並みが艶やかなのだ。
「ふふ、気付いた? 今日は朝から入念にブラッシングをしてるんです! さわってさわって!」
「本当だ! クロさま、ふわっふわだ!」
「すっごく綺麗! 柔らかいね!」
「……んみゃう」
三人の称賛にまんざらでもなさそうにクロが鳴く。
魔獣は高い知能を持ち、気位が高い。そんな魔獣であるクロは子どもであるアッシャーやテオにも気安く触らせる寛容さを持つ。これは魔獣の主である恵真の気性も大きいのだろうとリアムは考える。おそらくは自らの主に必要な者を見抜いているのだろう。
「他にはどんなことをするんすか?」
「うーん、それを悩んでいて……皆さんなら何をして貰ったら嬉しいですか?」
恵真の問いにリアムとバートは首を傾げる。魔獣が何をすれば喜ぶのかなど知識として持っていないのだ。
頭を悩ませる大人たちだが、テオが自信満々に断言する。
「僕はクロさまを褒めてあげるのがいいと思うな」
「褒める……クロを? さっきみたいにかな」
「うん。褒められると僕、頑張れるもん。ね、お兄ちゃん」
「まぁ、確かにそうかもしれないな」
「よし! 僕たちでクロさまを褒めよう!」
ソファーのクロの元に近付き、しゃがみ込んだテオはクロをじっと見つめる。
「クロさま、可愛い!」
「みゃ」
「よし、俺も。クロさま、ふわふわ!」
「みゃ」
「可愛い……! 見てください! あの光景を、心が、心が洗われます!」
テオとアッシャーがクロの元にしゃがみ込み、その可愛さを褒める姿を恵真が絶賛する。そんな恵真に呆れたようにバートが言う。
「これじゃ、喜んでるのトーノさまになるっすよ」
「は! 本当です、どうしたらいいんでしょう。新しい首輪、美味しいご飯、うーん難しいなぁ」
「おそらくは、そんなに悩むことではないかと思います」
リアムの声に恵真が目を瞬かせる。
そんな恵真に穏やかにリアムは提案する。それは恵真にも出来て、難しいことではない。むしろ、恵真がいつも感じていることを伝えればいいのだ。
「そ、それでいいんでしょうか?」
「きっと、クロ様は喜んでくださると思いますよ」
「わ、わかりました。あとで、皆さんが帰ってから言いますね」
「はい。きっと喜んでくださいます」
「そうっすねぇ」
何の話か分からないアッシャーとテオは大人たちの様子を不思議そうに眺める。
クロは耳を尖らせながら、素知らぬ顔をして「みゃ」と一声鳴くのだった。
*****
その晩、ルーティーンのパトロールを終えたクロがテトテトと戻ってくるのを恵真は抱きかかえる。クロは恵真の寝室で共に寝ているのだ。
おかげで恵真より早く起きたクロに起こされる羽目になるのだが、もはやそれが当たり前のことなのだ。
ベッドに潜り込んだ恵真は枕元のクロを抱き寄せる。
「クロ、一緒にいてくれてありがとう。これからもよろしくね」
リアムが恵真に提案したのは、素直な思いを伝えること。恵真からの率直な労いこそが何よりの報いになるだろうとリアムは考えたのだ。
ぐるると満足げに喉を鳴らしたクロを抱きしめ、恵真は眠りへと落ちていく。
そんな恵真の腕の中で、クロもまた幸福感と温かさに包まれながら眠るのだった。
次の日、なかなか起きない恵真が久しぶりにクロのジャンプで起こされるのは今夜のことからすれば些細なことである。
「裏庭のドア、異世界に繋がる」こぼれ話とSS置き場 芽生 @may-satuki
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