* SS 2人っきり(+1匹)のクリスマス
「ほら、あったわよ! クリスマスツリー!」
「本当だ。懐かしいね」
祖母の瑠璃子が押し入れの奥から取り出してきたのは、恵真が幼い頃には飾っていたクリスマスツリーである。
久しぶりに2人で過ごすクリスマスに何も飾らないのは寂しいと祖母の提案で飾ることとなったのだ。
「なんかもっと大きかった気がする」
「それは恵真ちゃんが大きくなったせいよ」
小さなオーナメントや雪を模した白い綿、電飾などを取り出しているといつのまにかクロがテトテトと近付いて横になったツリーに鼻をつける。
「あ、クロ。あまり近付くと―」
「みゃ!」
「ちくってするよ、って言おうと思ったんだけど」
ぺしぺしと前足でツリーを叩くクロを持ち上げて、膝の上に乗せた恵真はオーナメントを袋から取り出していく。木で出来たそれらは素朴で可愛らしい。一番上に飾る大きな星を取り出したとき、祖母が笑いだす。
「それ、恵真ちゃんが圭太が星をつけようとしたら『私もつけたい!』って泣き出してね」
「そ、そうだっけ?」
「そうよ。それで圭太が譲ってくれたのよ。恵真ちゃん、得意げに星を一番上につけてたわ」
幼い頃の話を聞くのは誰でも気恥ずかしいものである。祖母から聞く兄と自分の話に恵真もまたどこか照れくささを感じる。
だが、祖母のクリスマスの思い出はまだ続くようだ。
「ケーキの上のチョコレートをどっちが食べるかで喧嘩したり、おうちには煙突がないからサンタさんが来れないんじゃないかって心配する恵真ちゃんに、圭太が必死にサンタさんはどこからでも来れるって話したりね」
「なんか恥ずかしいな。でも、小さい頃はクリスマスって一大イベントだもんね。ケーキにプレゼントにって楽しいことばっかりだったなぁ」
大人になればクリスマスなどのイベントや行事の日でも仕事や様々な用事がある。家族はその多忙な中、恵真や兄の圭太のために様々な準備をしてくれたことも大人になった今ならばわかる。
大人になればそこまでクリスマスを楽しみにして過ごすことはない。12月は多忙なのだ。仕事も家庭も年末年始に向けて動いている。
だからこそ、大人になった恵真はクリスマスという日をくれた家族の優しさにも気づくのだ。
「あら、大人になってもクリスマスは楽しめるわよ?」
「あぁ、家族とクリスマスをする楽しみとかも―」
「違うわよ、いい? 大人になるとクリスマスプレゼントは自分で選べるようになるのよ。頑張る自分自身へのご褒美っていうやつね。ふふ、私はもう買っちゃったわ。恵真ちゃんも何か買えばいいのよ、頑張った自分にね」
「頑張った自分に、自分がサンタになって贈るのか。大人にサンタさんは来てくれないもんね」
「まったくサンタも気が利かないわよね」
サンタに文句を言いながらも祖母はツリーを立て、バランス良くオーナメントを飾り付けていく。その様子はどこか楽しそうだ。
恵真も同じようにオーナメントを手に取って飾り付けていく。
「でも、私もこうして恵真ちゃんが来てくれなかったらクリスマスをここまで楽しみに出来なかったわね」
「え?」
「恵真ちゃんが来てから行事やイベントも何か用意しようかなって思えるようになったわ。そういう季節の移り変わりに目が行くようになったっていうか、心が動くようになったのよ。自分にクリスマスプレゼント贈るのも今年が初めてよ」
祖母の言葉は恵真にとって意外なものであった。恵真の目から見た祖母の瑠璃子はいつでも活発で華やかである。そんな祖母が恵真が来て生活が変わったというのだ。
「迷惑かけてない? その、色々と生活の変化も大きいし」
裏庭のドアをきっかけに始まった生活。それが祖母の生活を乱していないかと恵真は気がかりでもあったのだ。
「全然。むしろ楽しいわ。この年になって新しい事や人に出会えるなんて滅多にないんだから。それに不思議な出来事にもね」
そう言って祖母はツリーに再び挑もうとするクロをちらりと見る。不思議な出来事の原因は深い緑色の瞳でこちらを見つめると首を傾げる。
その様子が愛らしく、恵真と祖母は顔を見合わせて頷く。
「あ、ねぇ。おばあちゃん、私も大人にしか出来ないクリスマスの楽しみ方に気付いちゃったんだけど」
「あら、何かしら」
思い浮かばない様子の祖母に恵真がにやりと口角を上げる。その似合わない表情は何か企みがあるのだろうかと、瑠璃子はじっと恵真を見つめる。
「孫とお酒を呑むクリスマスはどう?」
「まぁ! それは大人じゃなきゃ出来ないわね」
「お酒に合うケーキや料理も孫がご用意しますよ?」
「あらあらまぁまぁ! 孫が大人で良かったわ!」
2人は数秒、顔を見つめあった後に笑いだす。
大人になったからこそ出来ることや見えることもまたあるはずだ。
数日後、2人は大人になったクリスマスを大いに楽しんだのだった。
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