* SS 遠野家の小春日和
「あら、恵真ちゃん。どうしたの、そのお花」
隣の岩間家から戻ってきた孫の恵真の姿に瑠璃子は驚く。
恵真は可憐な花を束にして抱えているのだ。
チェックのロングスカートに淡い色のカーディガン、そして花束を抱えた姿はわが孫ながら絵になると祖母である瑠璃子は思う。いや、我が孫だからこそだと些か自画自賛する瑠璃子だが、頂けないのは恵真の手である。
恵真の手は土に汚れているのだ。なんとも格好がつかないその手を指摘すると恵真は楽しげに笑う。
「岩間さんのお手伝いをしてて、そのお礼に花を頂いたの」
「それでなのね。わかったから、早く手を洗ってらっしゃい」
「ふふ、じゃあこれはお願いします」
そう言って渡された花を瑠璃子は花瓶に水を入れ、バランス良く生ける。可憐な花はそれぞれに微妙に色合いが異なり愛らしい。
少し開けた窓からの風に揺れるその花を見ていて、瑠璃子はふと思いつく。
「ね、恵真ちゃん。良いこと思いついたわ! そこに座って待っていて」
そう言って祖母はパタパタと二階へと向かう。
足元にいたクロを抱き上げていた恵真が再び、クロを下ろし椅子にと腰かけたため不服そうな「みゃう」という鳴き声が上がる。
パタパタと降りてきた祖母は座った恵真に手のひらを広げて持ってきたものを見せる。その手の中には小さな瓶が幾つかある。
「これは、マニキュア?」
「そうよ。恵真ちゃんこういうの使わないじゃない」
「うん、お店もあるからね」
「でも今日はお休み。たまにはこういうのも気分転換になるわよ、きっと」
そう言って恵真の向かいに座った祖母は恵真の手を取ると形の良い爪にベースコートを塗っていく。その手際の良さに恵真もついつい見入ってしまう。
匂いが嫌なのか、それともかまってくれる気配のなさを察したのか、クロはテトテト二階へと上がっていった。
それを視線で見送る恵真に祖母が話しかける。
「速乾性だからすぐ乾くのよ」
「それは助かるなぁ」
「恵真ちゃん、じっとしてなさそうだからね」
「ふふ、大人だからそんなことないよ」
「あら、大人でも孫は孫だもの。行動は予測できるわ」
全ての爪にベースコートを塗り終えた祖母は数本のマニキュアを見ながら、恵真の指に瓶を近づけては悩んでいる様子だ。
「恵真ちゃんのお好みの色はあるかしら?」
「うーん、普段つけないしあまり濃い色じゃない方がいいかも」
「じゃあこれね。私とお揃いよ」
そう言って祖母が手にしたのは淡いピンクのマニキュアだ。よく見ると細かいラメが入っているのも恵真の好みである。
恵真が頷くと祖母はにっこりと笑い、瓶のキャップを回す。
マニキュアを爪の中心にポンと置き、スッと筆を走らせ、そしてサイドの爪も塗っていく。祖母の手際の良い塗り方で淡く染まる爪先を恵真は不思議な思いで見ている。
「うん、一度塗りだと淡すぎるから二度塗りしましょう」
「は、はい。お願いします」
恵真の爪先は先程よりはしっかりとした、けれども愛らしいピンクになる。その色のせいか手まで先程よりも美しく見えてくるから不思議だ。
「うわーっ、可愛い桜色だ」
「ふふ、でしょう?」
「可愛い! 私はこういうのが好き。でも時期的にはもっと濃い方がおしゃれだったりするのかな」
恵真が選んだその色は例えるならば桜色。秋に似合い好まれるのは、少し濃い色合いや個性的なものが多いのだ。
そう言った恵真に同じ爪の色をした祖母がくすりと笑う。
「あら、これだって季節の色なのよ」
「?」
「ほら、見て」
そう言った祖母の指の先にはお隣から貰った花が風に吹かれて揺れている。
それを見た恵真もくすくすと笑う。
「本当だ。これも季節の色だね」
「そうよ。そして私とお揃いなんだから。さ、トップコートも塗るからね」
「お願いします!」
風がその愛らしい花を揺らす。
秋桜はその風に身を任せて、静かに咲いていた。
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