奴隷令嬢は国を救う

TEKKON

第1話 奴隷令嬢は国を救う

――私、リスティ・キル・ノーデルフィアは孤軍奮闘していた。



「またお会いしましょう。今度はゆっくりお茶が飲めたら嬉しいわ」


 私は会場の皆に礼を言って、自慢の長い金髪をなびかせながら、次の会場へ足早に向かう。


 隣国との関係が急速に険悪になり、ついには戦争の噂まで出ているが、私にはそんなの関係が無い話。

 私は独自の外交ルートをフルに使い、両国の関係修復に全力を尽くすだけよ。


 それは双方の国の良さ、そして人の良さを知っているから。何としても戦争だけは避けなければならない。その一心で私は動き続ける。 


 しかし屋敷に戻ろうとした時、いきなり国王直属の兵が私を囲んだ。


「な、何よあなた方は!」

「リスティ・キル・ノーデルフィア、あなたを逮捕します」

「……い、一体何を!」


 問答無用で私は拘束されて、そのまま牢屋に入れられた。

 罪状は”国家機密を漏洩させた罪”らしい。身に覚えが無い。バカバカしい。

 

 すぐに無実が判明して解放されると確信していた。しかし状況は悪化していき、もうすぐ有罪になる所まで来てしまった。

 私に残された道は2つ。私が生きてきた時間と同じ25年間を牢獄で過ごすか、それともあの忌々しいギラン家を頼って有罪を回避するかだ。

 

 ギラン家。隣国への侵攻を主張するこの国で一番の強硬派。隣国を占領して植民地にしろと公言している最低な連中だ。

 しかし、その裏では隣国の一部と結託しているとも言われており、売国しようとしている噂すらあった。


「私達を敵に回した罰だ。ケケケッ」


 留置所で彼らに吐かれた言葉で全てがわかった。私は彼らの陰謀に巻き込まれた、と。

 彼らと正反対の立場な私が相当目障りだったのだろうが、ここまでするとは思わなかった。


…………


 悩んだ結果、私はギラン家に仕える選択を選んだ。

 しかしそれから半年後、私は隣国に送られることになる。ギラン家と親密な関係がある奴隷商人に売り飛ばされたのだ。


「リスティ。お前はもう用無しだ。お前が望んでいた隣国へ送ってやる。生き地獄を味わうがいいさ! ケケケッ!」


……

………



「ギャアアアアアッ!」



 隣国についた翌日、私の胸元につけられた”呪印”と呼ばれる奴隷の証。

 お気に入りだった青いネックレスの代わりに付けられたのが、こんな醜い呪印なんて笑い話にもならない。


 呪印を刻まれたら最後。誰かと契約したら呪印の力により、その人に生殺与奪を握られることになる。


 こうして、令嬢だった私は奴隷となった。


…………


 奴隷令嬢という希少かつ超高価な奴隷として、誰かに買われるのを待つ日々が始まった。

 超高額商品だからだろう。他の奴隷と比べたらまともな待遇を受けているが、逮捕される前の生活と比べたら目も当てられない。


「……でも、私にはやるべき事がある」


 どんなに困難な道だとしても、私はこの2つの国が平和である為に動き続ける。例え何も出来なくとも、祈る事だけでも……


……

………


 ここの過酷な生活に慣れてきた数日後、独居房の外から騒がしい声が聞こえてきた。


「いよっ!ここに良い奴隷が入ったと聞いたんだがぁ」

「セ、セギノ様……!」

「おいぃ~。良いのが入ったらすぐに教えろって言っただろぉ~?」


 いつもは何があっても平然と対応している奴隷商も、心なしか動揺しているように聞こえる。


 それから少ししてから扉が開き、「お客様だ。急いで準備しろ!」といつもとは少し違う強めの口調で呼び出された。


 一体どんな人が扉の向こうにいるのか。と不安になりながら扉を開けると、大柄で褐色な男性が椅子に座っていた。


「こ、こんにちは……」

「おぉ~っ! これは凄い。こんなに気品のある奴隷さんは初めて見たわ! イイネ!」

「……」


 何だろう。この人は身体中に高価な貴金属を付けているが、正直似合ってない。

 言葉使いで高貴な人でないのは一発でわかるが、見る限り冒険者という訳でも無い。

 この人を一言で表すとしたら“成 金 商 人”だろう。


「これがこいつの資料です」


 奴隷商は、セギノという男に私の情報を渡すと、彼は真剣な目で資料を読み始める。


 今まで数回経験した光景だが、こうやって値踏みされるのは気持ちの良いものではない。


「クッ、ククッ…… ワハハハハ!」

「セ、セギノ様!?」


 資料を読んでいた男性は、資料を読み終えると豪快に笑い始めた。


「最高だ! 相場の20倍の値段と聞いて、てっきり”ぼったくり”だと思ったらとんでもない。破格この上ない!」


 そう言うと、この男性は立派な革袋をテーブルに放り投げた。


「即決だ! こいつは俺のモノだ!」

「!?」

「あ、ありがとうございますっ……!」


 希望の額で売れた喜びと、値付け間違えたのか!? という不安で複雑な顔をする奴隷商を見ながら、ニヤニヤするセギノという男性。


 家すら買えそうな金額をポンと出す、この男性は一体何者なのだろうか。

 私はこれから仕えるご主人様の事を考えていた。


……

………


 そして、呪印の契りを交わして、私はセギノ様の正式な奴隷となる。


「よ、よろしくお願いいたします。ご主人様……」

「おぅ。よろしくな! "ノーデルフィア様っ"!」

「……!?」

「ハハハハハハッ!」


 この人は私を知っている……! 知っているから”破格”だと言ったの……!?!


 私は不安に心を潰されそうになりながら、この店を後にした。


……

………


 屋敷に入るとすぐにセギノ様、いや、ご主人様は言った。


「さて、早速で悪いが俺の部屋に来て頂こうか」

「えっ!?」

「色々とお話がしたい。ビジネスの話を」


 雰囲気がさっきと少し違う気がする。こっちが本性なのだろうか。そして、この人はいきなり何を言っているのだろうか。


「で、ですが私はご主人様の奴隷で……」


「俺は確かに多額のお金であなたを買った。しかし、奴隷としてではない。"あの"リスティ・キル・ノーデルフィアとして買ったんだ!」


「やはりご主人様は、私の事を知っていらっしゃったのですね……!」

「もちろんだ。何故なら俺は……」


 そう言うと、ご主人様は手元にあった書類を私に渡した。


「……えっ!?」


 そこに書かれていたのは、2つの国での武器や資材の売買契約書。その他に流通してはいけない物も多数取り扱っていた。


「こ、これは……」

「そう。俺はいわゆる闇商人。言い方を変えたら『死の商人』と言えるかもしれないな。つまり、あなたの敵だ」


 ご主人様は楽しそうに笑いながら、色々なモノを見せてくる。なるほど。そんな事をしていたら大金持ちになる訳だ。

 そう納得すると同時に、私は言いようのない悲しさと悔しさを感じていた。


「と、いう訳で、これから私はあなたの知恵や知識を借りて、更に商売の拡大を……っ!?」


 私の目から止めどもなく涙が溢れていく。


「……」


 その光景を見て、ご主人様は話すのを止めた。


 2つの国が争わない為に、私は全てを差し出して頑張ってきた筈なのに、気が付けば戦争に協力する側になってしまった。


 それだけは出来ない。出来る筈もない。

 私の命より大事なモノを奪われる訳にはいかない。


「お前は……」


 泣き止まない私を見て、察したのだろう。ご主人様は段々と厳しい目つきになっていく。


「ご主人様、申し訳ございませんが、私はその話はお受け出来ません」

「ほぅ」

「ご存じの通り、私は2つの国の関係改善の為に、今まで一生懸命活動してきました」

「……で?」


「しかし、ご主人様のなさっているのは、それとは真逆の行為です。ですから、私はご主人様にこんな仕事は止め……」

「わかった。もういい」


 そう言うと、ご主人様は手を上げて私の発言を止めた。


「で、仮にお前の言うとおりに今の商売を止めたとして、一体俺に何のメリットがある?」

「……」


「正直な話、俺は2つの国も戦争もどうでもいい。お金を稼げるチャンスがあったから動いただけだ」

「……」


「だから、お前がもっと良い話を持ってきたら、その話に乗ってもいい。いや、乗せてほしい」

「……」


「で、お前は俺を喜ばせる事は出来るのか? アイデアはあるのか? 答えろ」


「そ、それは…………」

「……答えられないか。残念だ」


 そう言うと、ご主人様は目をゆっくり瞑り、小さな声で何かを呟くとその瞬間、胸元にある呪印が光りだした。


「えっ…… うあ”あ”あ”あ”っああぁっっ!!!」


 想像を絶する痛みが私を襲う。まるで全身の痛覚を司る神経を、直に握られているようだ。


「わかったか」


 そう言うと、ご主人様はすぐに呪式を解いた。おそらく時間は一瞬だったのだろうが、それでも我慢不可能な痛みだった。


ハァッ……! ハァッ……!


「俺は今の状況を利用して、大金持ちになったんだぞ? おまけに俺はお前のご主人様だ。今すぐここで犯されても、殺されても文句は言えない立場だ」


 ご主人様は、今まで隠していた現実を私に突きつける。


「それでもまだ、お前は俺に同じ事を言うのか? この仕事を止めろと」


 ご主人様は私を試していると思った。いや確信していた。なら、私に出来る事は一つしかない。

 

「はいっ!」

「…………!!」


 即座にそう力強く答えた私を見て、ご主人様は初めて本気な表情で私を見る。あの呪印の痛みを受けて心が折れないのが信じられないのだろう。


 私は、そのまま心の内を曝け出す。


「私はあなたの奴隷です。ですから私はご主人様を助け、ご主人を幸せにする義務があります」


「……ほぅ。面白い事を言う」


「ですから、私はご主人様と一緒に平和な世界の中で生きたい。ご主人様と私の力で2つの国を、いえ、世界を平和にしてその幸福を享受していきましょう!」


……………


 実際の時間にしては数秒だろう。しかし私の中では永遠のような時間を感じていた。


「……ククッ」


 その静寂を破ったのは、一人の男のこらえきれないような笑い声だった。


「ハハハハッ! ハーッハッハッ!」


 その声は少しずつ大きくなり、いつしかご主人様は腹の底から笑っていた。


「つまりあれだ。俺はあなたの手伝いをして、その成功と功績でお金を稼げと!? まったく傑作だよこれは! 笑いがとまらん!」


 ご主人様から先ほどの毒気は感じない。あるのは子供のような純粋な笑顔だ。


 ひとしきり笑った後、ご主人様は私の顔をしっかり見て言った。


「なるほど。長期的に考えたら、こんな裏稼業に手を染めるより、あなたの考えが正しいのかもしれない。


「ご主人様……」

「考えてみるよ。ありがとう」


(ありがとう……)


 久しぶりに聞く「ありがとう」という言葉が私の心を癒していく。


 あまりにも高い金を払って買ったのに、説教までする奴隷に対して、簡単に言える言葉ではない。

 それが言えるご主人様は、本質的には良い人なのかもしれないとも思えた。


 だから私は、『このご主人様の奴隷になって良かった』と思いながら、ご主人様に笑顔で頭を下げる。


「はい! これからよろしくお願いいたします。ご主人様!」



……

………


 そしてそこから私の、いや私達の状況は大きく変わっていく事になる。


 ご主人様は少しずつ裏稼業から手を引きつつ、その財力を使って国の要人とのパイプを繋ぎ、私は昔の、そして今の身分を隠しながら水面下で活動を開始した。

 

 一方、ギラン家はこの国の反政府グループと結託して、国境付近でテロを起こし緊張状態を作り上げ、可能なら戦争状態まで持ち込もうと計画しているのを知る。


 それに対抗するために、私達は世界中の偉い人達が集まるパーティーで、今回の悪事を世界中に晒して、2つの国の平和を守る事に成功した。


 その後、ギラン家は国家反逆罪に問われ、死刑もしくは投獄されたという。


 そして2つの国の関係が落ち着いてきた頃、私達は結婚して2つの国の友好の象徴として崇められながら幸せに過ごした。



――私の胸元にある呪印は二人の“絆”としてそのまま残されている。



終わり

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