騙されたのは誰?



 ――騙そうとしたのはダンジョンそのもの。

 そのコメントを読んだヨミの口端がぐっと持ちあがった。


「それはとっても……面白い考えだね。

 伝説の探索者さん――いや、それはウソなんだっけ。

 これからはなんて呼んだらいいかな」


『エアプ野郎でも、視聴者Aでも、なんでも……。

 呼び方は好きにしてもらっていいです』


「私の好きにしていいなら、これまで通りにしようか。

 うん、伝説の探索者さんの考えを聞こうか」


 ヨミは霊狼の歩みをゆるませて、カメラに向き直った。

 画面の向こうでは、彼女の黒い瞳がアサヒを射すくめる。


(なんて力強い瞳だろう。

 見ていると頭の奥がしびれる感じがする。

 彼女の視線には、見る人がいいなりになってしまう、

 そんな魔力が宿っているようだ)


 アサヒとヨミは画面をへだて、お互い遠い場所にいる。

 にも関わらず、アサヒはヨミの雰囲気に呑まれつつあった。


 彼は大きく息を吸うと、キーボードの前で腕を組む。

 自分の痩せた体を抱くような姿勢で、アサヒは天井を仰ぎ見た。


 灰色の天井には柄はなく、砂嵐のような淡白なパターンしか無い。

 その何もない無色の空間に、アサヒは視線を預けた。


「これは彼女が僕に送った『テスト』だ。

 う~ん……でも、僕が考えていることを言葉にすると、

 それはそれで途方もない感じになっちゃうんだよな

 でも書かないとしょうがないか」


 アサヒが配信から視線をそらし、無地の空間を見つめたのは、

 そこに思考を投げかけ、並べるためだったらしい。


 彼は手を動かし、見えないカードを並べるようなそぶりをして、

 自分の考えを組み立てはじめた。


 アサヒの手によって、白い天井に1つ目のカードが置かれる。

 不可視のカードのタイトルは「ダンジョンの最深部に行く」だ。


「そこで問題になるのが、なぜこれをするのかだ。

 ダンジョンの最深部に行くのはあくまで手段であり、

 彼女の本当の目的ではない」


 もう一つの目に見えないカードが、置かれたカードのそばに置かれる。

 タイトルは「彼女の目的は?」だ。


「目的とは、それをする理由――行動の原動力だ。

 ヨミの行動をひも解くには、この目的を考えないといけない。

 彼女は今、それが僕にけるか試している」


 アサヒはカードを叩くように、指をトントンと動かす。


 彼はカードにピンを打ったのだ。

 そしてそのピンから伸びる糸を、別のカードにつなげる。


 そのカードには「ダンジョンの成長を抑える」とあった。


「なんで彼女が『自分は初心者だ』とウソをついたのか。

 それはダンジョンの成長を抑えるためだ。

 そして成長を抑えるのは、最深部に行きやすくするためだ。

 つまり、彼女の目的は最深部でしかやれないコトにある」


 ピンに繋がった糸が向きをかえ、ヨミの目的の先につながる。

 アサヒが導いた糸は、最後のカード――


 「ダンジョンの破壊」につながった。


「――うん、これしかない。

 金やアイテムが目的なら、ダンジョンを成長させた方がいい。

 戦いの経験が目的の場合も同じだ」


 アサヒは考える。


 ただ金銭やアイテムが欲しいなら、

 そもそもこのできたばかりの釜の淵ダンジョンに入る必要がない。


 もっと古いダンジョン。

 例えば都心にある市ヶ谷、新宿ダンジョンに行ったほうが、

 より稼げるはずだった。


 それに、熟練者であることを隠す必要がない。


 ダンジョンに入って稼ぐなら、

 3人か4人でパーティを組むのが普通だ。


 ヨミのようにソロで戦うのは珍しい。

 単純に危険だからだ。


 そしてパーティを組むのであれば、熟練者であることを隠す必要はない。

 初心者が熟練者をかたることは合っても、その逆はない。


 ヨミの目的を「稼ぎたい」にすると、どうにも収まりが悪い。


「それ以外の目的、名誉欲やチヤホヤされたいだけなら、

 あそこまで急いで奥に行こうとする必要はない。

 ヨミにファンはできてるんだしな」


 彼は天井を仰いでいた顔をパソコンの画面にもどすと、

 意を決したようにしてキーボードをたたき始めた。


 十数秒の後、ボタンを乱打する音が止んだかと思うと、

 エンターキーを押すタンッという短い音が部屋に響いた。


 アサヒのコメントがヨミに送られたのだ。


 彼のコメントを目に入れたヨミは、

 ぱっちりと開いていた目を、ゆるい山なりの形に細めた。


「なるほど、おもしろいですね」


 彼女はコメントに対して指でなぞる。

 彼女がなぞった文字の列は、こうだ――


『ヨミ、君はダンジョンを破壊しようとしている』


 続いて、アサヒは先ほどまでの考えをコメントで述べていく。

 彼の考えを全て読み終えた彼女は、フッと鼻を鳴らした。


「伝説の探索者さんは、とんでもないことを言い出しますね。

 ダンジョンが破壊されたことってありましたっけ?」


『僕の知るかぎり――ない。

 だからこそ、君も目的を秘密にしているんじゃないか?

 そんなこと言っても、雑音しか入らないだろう』


 実際、視聴者がチャンネルに残すコメントは、

 さっきから中傷だらけの内容で、コメント欄は地獄めいている。


 しかし、これにヨミは何の反応もしない。

 彼女の目的がチヤホヤされることでないのは、この時点で明白だった。

 

「仮にそうだとして、貴方はどうしたいんです?」


 ヨミは涼しい顔をして、そう言った。

 熱狂のるつぼと化したコメント欄とは対照的な態度だ。


 アサヒもごく冷静にコメントをうち込む。

 もはや視聴者のコメントは彼の意識に入っていなかった。


『――何も変わらない。

 君は初心者としてダンジョンをけおりる。

 そして僕は伝説の探索者としてこのまま君をサポートする』


「どうしてそんなことをする必要が?」


『ダンジョンは、中に入った者の実力に応じて強化される。

 そう、中に入ったものだ。

 ダンジョンが見るのは、中に入った者・・・・・・だけだ。

 僕が外から送る情報何かの支援は、ダンジョンの強化に関係しない』


「なるほど、そうしてダンジョンをだますと?』


『あぁ。ウソつき同士、うまくやれると思う』





※作者コメント※

更新再開でございます。

いやぁ……こういうINTが必要になる展開は難しい。

小魚食べなきゃ(ボリポリ

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【エアプコメから始まるダンジョン配信】~ダンジョンエアプの僕がコメントしたら、なぜか底辺ダンジョン配信者の美少女がダンジョン踏破してバズっちゃったんですけど…!?~ ねくろん@カクヨム @nechron_kkym

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