ウソの終わり(3)
「ヨミに伝えよう」
アサヒはキーボードをたたき、コメントを打ち込み始めた。
彼の顔つきは、いつもの浮ついたものとはちがる。
冗談めかしたような薄い笑みは消え、まさに真剣そのものだった。
「よし、コレで――」
キーボードのエンターキーの上に、アサヒは指を乗せた。
しかし、キーは押し下げられない。
灰色のプラスチックの上で、ピタリと止まっていた。
「一度言ってしまったら、もう引き返せない。
……いいんだな?」
彼は自分で自分に問いかける。
その答えは、彼の指が知っていた。
<タンッ>
『ヨミ、ダンジョンを進んでるところ悪いんだが……。
ちょっといいかな』
「あ、伝説の探索者さん! なんでしょう?」
彼のコメントを読んだヨミは、いつものように返事をする。
昨日、彼女のチャンネルのコメント欄はアサヒのせいで炎上した。
だが、ヨミはそれを気にする素振りをまるで見せない。
しかし、あれだけの炎上があったのに、
何もなかったように振る舞うのはかえって不自然だった。
ヨミの気遣いに気づいたアサヒは、その手を一瞬止める。
「……彼女の反応はあまりにも不自然だ。
きっと彼女は、僕がウソを言ったことに気づいている。
傷つけまいと、見て見ぬフリをしているんだ」
伝説の探索者が本物でないことにヨミは気づいている。
アサヒはそれについて、何か確信があるようだ。
彼は続いてコメントを打ち込んだ。
『あー……なんだ、その。
ヨミと俺はお互い伝えないといけない事があるはずだ。
俺は伝説の探索者なんかじゃない。
そして君もダンジョン探索者の初心者なんかじゃない。
――そうだろう?』
アサヒのコメントが、ヨミの配信チャンネルのコメント欄に並ぶ。
彼のコメントを目にした彼女は、明らかに動揺していた。
「えっ、なんのことです……?」
『もっとストレートに言おう。
僕とヨミはお互いウソをついていた。
でもそれは終わりにしよう。』
『だけどそれは……関係を終わりにするためじゃない。
もっと協力し合うために、だ。』
「――ッ!」
音もなく疾走していた霊狼の足が止まる。
霊狼は首を回し、ヨミのほうに振り返った。
主の様子に気づいたのだろうか。
実際、彼女は激しく動揺していた。
ひんぱんに顔をさわり、落ち着きがない。
安穏とした普段の彼女の動きではない。
「と、突然何を言い出すんですか?
私がウソを言ってるだなんて――」
ヨミはアサヒの書き込みに対して、戸惑いの声を上げる。
するとそれと同時に、彼女の配信のコメント欄も激しく動き出した。
『伝説の探索者、変になった?』
『ヨミもうこいつバンしちゃえよー』
『チャンネルから追い出しちゃえ』
視聴者によって、攻撃的なコメントが書き込まれる。
鈍く、軽く、それでいて強い敵意がアサヒに向けられている。
しかし、彼はそれでもコメントを打ち続けた。
『振り返ってみると、君の行動には奇妙な点がある。
初心者を自称しているのに強すぎる。まずこれが一点。
ハイ・オークとリザードマンは、はるか格上の相手だ。
にもかかわらず、君は冷静に対処して倒した』
『それは、伝説の探索者さんを信じて動いたから……』
『いや……僕の言葉がなくとも、
最初から何をすべきか、わかっていたはずだ。
君の行動がそれを示している』
『ハイ・オークと戦った時は僕は逃げろと打ち込もうとした。
でも君は武器を振り回すオークの懐に潜り込み、
的確に甲冑の隙間を狙って仕留めた。
――それも、前から使っていた、ただの鋼の剣で』
「――ッ!!」
『ヨミの装備を相談した、装備屋さんの人に聞いたんだ。
君がダンジョンで拾って、今も腰につけているその赤い鞘の剣。
それはスピリットサージというコボルト銀の剣だ』
『その剣は銀の特性を強く持ち、霊体に対して効果がある。
しかし丈夫とはいえ、コボルト銀は鋼よりも柔らかい。
上質な鋼と真っ向からうちあうと負けることがある』
『君はダンジョンで上等な武器をひろった。
なのにそれを使わずに、鋼の剣でオークとリザードマンを相手にした。
それは君がその剣の正体を知っていたからだ』
「ハハ、ソウナンデスネー……
な、慣れた剣のほうが使いやすいかなーとか
ほら、特に強い敵と戦う時は?
伝説の探索者さんは、考えすぎですよ~」
『その強い敵、スピリット・ウルフと戦った時も、
君は何もためらわずスピリットサージを抜いた。
手に入れたばかりに関わらず……。
その剣が霊体に効果があることを知っていたからだ』
「!」
『まだまだ証拠はある。君は初心者じゃない。
あきらかに上級者だ』
「うぅ、かなわないなぁ……さすがの洞察力だなぁ。
伝説の探索者じゃないかもしれないけど、
あなたの見る目と考える力は、まちがいなく本物だね」
画面を見ていたアサヒは息を呑む。
ヨミの雰囲気が変わった。
彼女は霊狼の上で足を崩し、手の甲にあごを乗せる。
もはやヨミは、頼りなく庇護欲を刺激する女子高生ではない。
彼女が身にまとうそれは、むき出しの刃物によく似ている。
ふれようとすれば、即座にその手を切り落とされそうだ。
彼女の瞳が配信画面ごしにアサヒを射抜く。
アサヒは敵なのか、味方なのか?
もし味方なら、
それを見定めようとしているようだった。
『君が初心者を装った理由も、だいたい想像がついている。
ヨミ。君がだまそうとしたのは僕らじゃない』
「へぇ……」
『君が騙そうとしたのは、ダンジョンそのものだ』
・
・
・
※作者コメント※
スピリットサージ=サン。
オマエガ伏線ダタノカ……
読み返すと確かに鋼の剣ってなってる。
このために装備屋にヨミの配信動画を見せる必要があったんですね(RTA感
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