ウソの終わり(2)


「はぁ……」


 今日も学校が終わった。

 しかし、家路につくアサヒの様子は沈んでいる。


 差し当たりどうすべきか、それは彼にもわかっている。

 だが、その方法が見あたらない。


 とりとめのない考えをたどりながら、アサヒは背を丸めて歩く。


「自分はウソをついていました」。

 そう肯定するだけの勇気が出ずにいたのだろう。


 アサヒは小さくなったまま家に帰った。

 そしていつものようにダイニングを通って、自分の部屋に向かう。


「あ……」


 彼はダイニングテーブルの上に、ラップのかかったサンドイッチを見つけた。

 おそらくパートに出た母親が作っておいていったものだろう。


「今日は夜まで帰ってこない感じかな……」


 サンドイッチはハムにマヨネーズをかけてパンで挟んだものだった。

 夕飯というにはあまりにも簡素なそれをもって、アサヒは階段を登る。


 机についた彼は、パソコンの電源を入れて動画サイトに行く。

 ヨミのチャンネルを確認するためだ。


「いくらやる気に満ち溢れているヨミでも、

 ケガをした次の日にダンジョンに行くことはないだろうけど……。

 念のため確認しておこう」


 アサヒがヨミのチャンネルを開くと、すでに配信が始まっていた。

 そればかりか、彼女はダンジョンの中にいた。


「えっ、ウソでしょ?!

 脚にケガをしてたのに、もう配信を!?」


 ヨミは霊狼に乗って、ダンジョンの中を風のように進んでいる。

 アサヒは目を凝らして彼女の脚を見る。


「ケガは……ない。

 そういえば、ヨミは包帯を巻く時に何か飲んでいたな……。

 あれはポーションだったのか」


「いつものことだけど、ヨミは無理するなぁ。

 何が彼女にそこまでさせるんだろう」


 アサヒは画面の前でうなる。

 以前、彼女が配信で言っていた内容を

 頭の中で整理しているのだろう。


「そういえば……以前もダンジョンに潜る理由について訪ねたけど、

 ヨミはそれに答えず、はぐらかしていたっけ」


 以前からヨミは、ダンジョンの先へ先へと進もうとしていた。


 それは今も変わっていない。

 自分の安全を顧みず、強引すぎるほどに前に進もうとする。


 それがアサヒの頭に引っかった。


「ヨミの動きは、時間がなくて焦っているように見える。

 まるで何か、時間制限が迫っているような……?」


 アサヒはハッとなった。

 ダンジョンで変化し続けているものがある。

 そのことに気づいたのだ。


「――そうか!

 ダンジョンのモンスターが突然強化された。

 だからヨミは急いでいるのか?」


 彼は指を弾いてシャーペンを手に取ると、

 ノートに推測を書き込んでいく。


『ダンジョンは入った者の力に応じてモンスターが強化されていく』

『だからそのうち、ダンジョンはヨミの手に負えなくなる』

『彼女はそうなる前に、最深部へ進みたい』


「だとするとわかる……わかってしまうぞ。

 彼女もウソをついている……僕と同じように。」


「そもそもの話、彼女は初心者なんかじゃないんだ」


 アサヒのノートに、新しい一行の文字列が加わった。

 ――『ヨミはダンジョンの初心者じゃない』


「彼女がダンジョンの奥底に行く本当の理由はわからない。

 でも、何をしているのかはわかる……」


 アサヒはノートの上にシャーペンを走らせた。

 そこに書かれた内容はこうだ。


『ダンジョンの最深部に簡単に行く方法は?』

『ダンジョンが変化しきる前に、強い探索者が自力でゴリ押す』


「きっとこれが彼女がやろうとしている事にちがいない。

 ダンジョンが変化しきる前に、彼女は最深部に行くつもりなんだ」


 そこまで言ったところで、アサヒの動きがぴたっと止まる。

 まるで見えない壁にぶち当たったようだった。


「それでもわからないのが、ヨミの正体と目的だな……」


「ヨミくらい強い探索者なら、途中から話題になるはずだ。

 ダンジョンにまったく入らず、訓練だけであの腕前になるとは考えづらい。

 まるで……突然現れたみたいに」


「それに、目的もよくわからない。

 僕の知るかぎり、ダンジョンの最深部に到達したっていう人たちは、

 宝物を手に入れてそれで終わりのはず」


「ダンジョンが強くなる前に速攻で最深部に向かえば、

 たしかにたどり着くことができるだろう。

 ……でも、たどり着けるだけだ」


「モンスターが弱いダンジョンは、戦利品も貧弱なはず。

 成長したダンジョンで戦ったほうがヨミは良いものが手に入る」


「ヨミがやってることは意味がない・・・・・ってことになる」


「いや、意味のないことにヨミが必死になるはずはない。

 彼女はダンジョンの最深部に行くこと、それ自体が目的なんだ。

 でも……そこで何を探すつもりなんだろう?」


 アサヒはノートから顔を上げ、配信画面をみる。

 そこにはダンジョンを進むヨミの姿が写っていた。


 彼女はまっすぐ前を見据え、遠くにあるなにかを見ている。

 ダンジョンの暗闇を見るヨミの目に迷いはない。

 その先に何があるのか、それを知っているかのようだった。


「僕とヨミは、お互いにウソをついている。

 そうだ……そこから始めよう」


「ウソをついているのは僕だけじゃない、彼女もだ。

 そして僕の推測が正しければ……

 このウソはもう捨てなきゃいけないんだ。」



「そう、僕と……ヨミのためにも――」





※作者コメント※

なんとか締め切り間に合った(


しかし色々細かいところが繋がってきたな……

僕とヨミのためにとは一体なんぞや

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