ウソの終わり(1)

 ――配信の次の日。


「あれ……間中は?」


「知らないよ。ダンジョンから帰って来ないんだって」


「死んだんじゃないの~?」


 アサヒが学校に行くと、教室には間中の姿がなかった。

 クラスメイトの話によると、昨日から家に帰ってないそうだ。


(間中が帰ってきてない?

 ヨミを置いて逃げた後、さらに何かあったのか?

 ……うん、その可能性が高いな。

 ダンジョンのモンスターはバカみたいに強くなっていた。

 逃げている時にモンスターと遭遇したら、まず遭難するだろう)


 負傷したヨミが無事地上に帰れたのは他でもない。

 道中、スピリット・ウルフが警戒してくれたおかげだ。


 しかし間中は一人。

 それも敗走してパニックになっていた。


(間中はリザードマンを見てパニックになって逃げ出した。

 敗走している間は、注意力や集中力が格段に落ちる。

 そんな状態の間中では、モンスターに気づけないだろう。

 となると……最悪のことが起きたか)


「あいつらイキってたからな。いい気味だぜ」


「な、ダンジョンに行ける俺たちスゲェみたいなの、

 マジでうざかったよな」


「なー。自業自得ってやつ?」

「アサヒもそう思うだろ?」

「間中のやつに目つけられてたもんなー」


「いや、僕は別に……」


(たしかにザマァってやつなんだろうけど……。

 なんだかスッキリしない)


「あーそっか。そういうことか」


「どういうこと?」


「ほら、もしかしたら間中のやつ、

 ダンジョンから帰ってくるかも知れないだろ」


「あーそれが怖くてビビってるんだ?

 ザマァしたら、怖い怖い間中にボコられるかもしれないもんなー」


「へへ……大丈夫だよ。だまっといてやるから」


「そういうわけじゃ……」


「じゃあ、どういうわけなんだよ」


(いまここにいない人間の悪口を言うのが見苦しい。

 ただそれだけの事なんだけどな……)


(間中の悪口を言っている様子が、どことなく――

 ヨミのコメント欄で暴れていた連中に重なる。

 そんなこと言ってもわからないだろうし、

 こいつらの気を逆なでするだけだろうな)


 クラスメイトは、アサヒのことを誤解していた。

 彼は間中のことを心から恐れている。

 だから悪口を言わないのだと考えていたのだ。


 だが、そうではなかった。

 間中よりむしろ、間中に悪口をいう彼らに醜悪さを感じていた。

 だからアサヒは、その仲間になりたくなかったのだ。


(思えばこれは、間中の誘いを断ったときもそうだった。

 僕はダンジョンに入ること、モンスターと戦うことは恐れていなかった。

 ただ……周りを見下すあいつの仲間になりたくなかったんだ。)


 アサヒの脳裏に、間中にダンジョンに誘われたときの光景がよみがえる。


ーーーーーー

「なぁアサヒ、ダンジョン行かないか?」


「えっ、ダンジョンに?」


「そうだよ。ダンジョン配信とか流行ってるし、それに金も入るし……

 モンスターを倒して有名になれば、高校の推薦入学だって取れるらしいぜ」


「なにそれ……誘うにしても雑すぎない?」


「何だお前、ビビってんのか?」


「そういうわけじゃないけど……

 ダンジョンは危ないし、入るならもっと慎重になるべきだと――」


「あーあーやだやだ。

 お前も他の連中と同じビビリかよ」


「間中、知ってるか?

 こいつの親父、ダンジョンで死んだらしいぜ」


「――!」


「あ、それでビビってるわけか?」


「父さんのことは関係ないだろ」


「なんだ。怒ったのか?

 やるか?」


「雑魚の子は雑魚だろ」


「――この!!」

「……ッ!! やりやがったな!!」


ーーーーーー


(父さんのことを言われてカッとなった僕は、間中に殴りかかった。

 それでケンカになって負けて……。

 間中はことある事に僕に突っかかってくるようになったんだっけ。

 思い出すとなかなか腹が立つな)


「おい、お前ら席につけ~!」


「あっいけね」


 休憩時間が終わり、教室に教師が入ってきた。

 それによって、アサヒの前からクラスメイトたちが散っていった。


 授業の始まりに助けられたアサヒは、空気を吐き出して息をはらう。


(はぁ……たしかに間中のことは好きじゃない。

 嫌なやつだし、関わりあいになりたくない。そう思ってた。

 ざまぁみろ。そう言いたい気持ちはある。

 だけど、みんなのリアクションを見てると――)


(……間中の悪口をいって、そしていつしか忘れてしまう。

 それは僕がイヤなヤツと考える連中と、同じことをしているだけだ。

 そうじゃない。僕は間中とは逆のことをするんだ)


 アサヒが間中の逆をする。

 つまりそれは、間中のことを助けようとする。

 そういうことを意味していた。


(間中はもう死んでいるかもしれない。いや、むしろその可能性が高い。

 あのダンジョンのモンスターは明らかに強すぎる。

 ……僕がダンジョンに入っても、返り討ちにされるだけだ)


(ということは、必然的に僕はヨミに頼むしか方法がない。

 そして伝説の探索者が、通りすがりの中学生の素性を知っているはずはない。

 知っているとすれば、同級生か先生くらい……)


(つまり、助けることを望むなら――

 僕は自分がウソをついていることを、ヨミに明かさないといけない。

 ……僕にそれが……できるのか?)





※作者コメント※

クラスの治安悪すぎてワロタ。

なんでこの状況でアサヒは(比較的)まっすぐに育ったし。

人の心が焼け野原すぎる…

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