やるべきこと


 ヨミのダンジョン配信は、彼女が地上に出るところで終わった。


「今回の配信は、いつもに比べると短かった。

 けど、いつも以上に長く感じたな……」


 ハイ・オークとの戦い。

 そして、間中の乱入とリザードマンとの遭遇。


 今回の配信では、ありえないことが何度も起きた。

 それがアサヒの印象に強く残ったせいだろう。


「まさか僕のせいで読みのチャンネルが炎上するなんて。

 それもエアプ呼ばわりまでされて……」


 コメント欄が炎上したときのことだ。

 「伝説の探索者」をしつこくエアプ呼ばわりするものがいた。


 アサヒはリザードマンの特性を読み間違えた。

 彼らはそれを証拠として、伝説の探索者をニセモノと言い続けていたのだ。


 彼らはさらに伝説の探索者の正体を推測していた。

 いや、それは推測というよりも、ただの中傷だった。

 その中傷は、配信が終わるまで続いた。


「それでもヨミは僕のことを認めてくれていた。

 僕の知識は本物だと……」


 彼女は配信で伝説の探索者の知識を認め、信じていると言っていた。

 その言葉が、アサヒの頭の中で反響する。


「ヨミは……信じてくれている」


 ヨミの言葉にアサヒはなんどもみしめていた。


「何人かの視聴者は、伝説の探索者がエアプだと思いこんでいるだろう」


「でも、それが何だ。僕にとって大事なのは、ヨミを守ることだ。

 有象無象がなんと言おうと――関係ない」


 頼りなくゆれ動き、震えていたアサヒの目元が定まる。

 何かの決心がついたようだった。


「うん、やるべき事は、これまでと何も変わらない。

 ヨミのためにダンジョンの事を調べて、それを伝えるんだ」


 彼はノートを手に取ると、真っ白なページを広げて机においた。


「確かに僕はエアプだ。本当にダンジョンに行ったことはない。

 無責任で、ひどい嘘つきかもしれない……」


「でも、ヨミを助けたいという気持ちは――これはウソじゃない」


「やるべきことを……やるんだ!」



★★★



「ふぅ……もうほとんど塞がってきたかな」


 ヨミはパイプベッドの上で包帯を外し、太腿のケガを確認する。


 ポーションの効果は絶大だった。


 切り傷は針も糸も使わずに、完全にふさがっていた。 

 傷は赤い筋をわずかに残しているだけで、跡もほとんど残っていない。


「うん。これなら明日には動けるかな」


 ヨミはベッドに腰掛けると、傷が塞がったばかりの脚を曲げ伸ばしする。

 彼女の表情は平静そのもので、とくに痛みはない様子だった。


 無事がわかった彼女は、ベッドに寝転がってあくびをした。

 何とも無いとわかったところで、緊張が一気に緩んだのだろう。


 だらしなく脚を放り出し、動画サイトの巡回を始めた。

 しかしスマホをのぞき込む彼女の表情は、楽しそうにはみえない。


 眉間にシワがより、そもそも目が閉じている。

 それはむしろ、悩みに耐えかねているようですらあった。


「……ふぅ」


「伝説のエアプ探索者さん、か。ちょっと妙だなとは思ったけど……

 エアプにしたって、あの知識量はどうかしてる」


「フツーの視聴者のコメントはパッと見でダメなやつってわかるけど、

 伝説さんが残す内容は、私でもそうかなって思うのが多いからなぁ」


 ヨミはスマホの電源を切ると、これまでのことを思い返しはじめた。

 初配信のスライムとゴブリンに対するアドバイス。


 そしてアイアンリザードとスピリットウルフに対する戦術。

 とくにスピリット・ウルフに対しての対応だ。

 彼がヨミにさせたことは、彼女の常識になかったものだった。


「スピリット・ウルフを仲間にするのはバカげてると思ったけど……

 今回はそれのおかげで助かっちゃったんだよねぇ」


「伝説さんが成長してるなって部分は、戦術だよね……。

 最初は説明に微妙さがあったけど、最近は本当に良くなってるから」


「ゴブリンのときは見たものをそのまま言ってる。

 そんな感じだった。いやそりゃわかるけど、みたいな?」


「でも今はかなりいい感じ。

 私とその周りの状況を取り入れて総合的に判断している

 フツーならもっとパニックになるものだけど……」


「きっと彼なら……未知の状況に出会っても対応できる。

 ダンジョンが変化したとしても、アドリブで対応できるはず」


「私のウソを伝えるべきなんだろうか。うーん……」


「――うん、やるべきことをやろう。それしかないよね」





※作者コメント※

おっおっおっ?

何だ、何が始まるんです?!

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