伝説のエアプ野郎


『間違えって何が?』


『おいおい、ちゃんと見とけよ……

 リザードマンは敵の位置を振動で知覚してたんだ』


『だけど「伝説の探索者」はそうじゃなく、音だと思っていた。

 リザードマンが目を潰したのは、音を聞くためだってな』


『あ、そういうことか』


『もし伝説の探索者がリザードマンと戦ってたら、

 最初からそのことに気づいているハズだろ?』


『あー、確かにそうだ』

『言われてみると変かも』

『伝説の探索者(笑)』


 ヨミの配信のコメント欄に、ヨミの間違いを指摘するコメントが並ぶ。

 視聴者もそれに乗っかって、面白おかしくかき立てた。


 次第にコメントは口汚くなっていく。

 そして、コメントを書いたアサヒに対してのデタラメな推測が並んだ。


『初心者にマウントして喜んでるオッサンだろ』

『あーありそう』

『どうせ中層も行ってないぜ。イキってたんだろw』


「まずい、炎上した……」


 これはネット上でよく見られる「炎上」と言う現象だ。


 炎上とは、ネット上のコメント欄などで、

 特定の個人に批判や誹謗中傷の内容を含んだ投稿が集中することだ。


 現代社会では人は法律や文化で攻撃を禁止されている。

 そのため「攻撃していい存在」をみつけると、執拗に攻撃する習性があるのだ。


 攻撃していい存在と認識されると、次々と悪口を集中砲火される。


 その様子が、火が勢いよく燃えあがる光景にたとえられ、「炎上」と呼ばれるようになったのだ。


(く……一度こうなってしまうと、もう手がつけられない。

 反論や説明をしても、さらに炎上してしまうだけだ)


『ダンジョンの知識が足らないみたいだな?』


『いや、っていうより……

 シンプルにエアプ・・・なんじゃね?』


『だな。実際に戦ってたら間違えんやろ』


『伝説の探索者は、伝説のエアプ野郎だったとw』


「――ッ!」


 エアプ。


 その文字を見たアサヒの顔色が変わる。

 実際その通りだった。

 アサヒは一度もダンジョンに行ったことがない。


 これまで彼がヨミにした数々のアドバイスは的確だった。

 それはダンジョンの情報を、前もってくわしく調べ上げたからだ。


 しかし、今回はそうではなかった。


 ハイ・オークも、リザードマンも、事前に調べてはいなかった。

 そもそも、このダンジョンにいないはずのモンスターを調べるはずがなかった。


 ヨミがケガを負ったことでアサヒはパニックになった。

 それで彼は気がはやり、直感を頼りに不確かなアドバイスをしてしまった。


 だが、これが命取りになった。

 彼の「伝説の探索者」のメッキはがれてしまった。


 コメント欄はアサヒをバカにするコメントがあふれ始めた。

 彼はそれを見て歯を食いしばる。


「くそっ、僕のせいでコメント欄がこんなことに……」


「何か書いたほうが……いやダメだ。炎上させたやつが喜ぶだけだ。

 僕が何を言われても良い。ここは無視するんだ」


「ヨミのチャンネルが、これ以上荒れるようなことをしちゃいけない。

 僕がしくじったせいでヨミのコメント欄が……本当にごめん」


 アサヒは自分がバカにされることはどうでも良かった。

 それよりも、ヨミのチャンネルに汚いものを持ち込んでしまった。

 その感覚に罪悪感を感じているようだった。


「伝説の探索者さんがエアプ……?」


「――ッ!」


 ヨミは霊狼に乗り、ポニーテールを揺らしながらダンジョンを進んでいる。

 その彼女が配信のコメントに気づいたのだ。


「伝説の探索者さんがエアプなんてことはありません! ただの誤解ですよ」


「え……?」


「さっきの戦いでは、リザードマンは私の声に反応してました。

 音は空気を震えさせて伝えているわけですから……同じものですよ!」


 彼女は、コメントの内容を信じようとはしなかった。

 それどころか、伝説の探索者の正しさを視聴者に伝えようとしていた。


「悪口はダメですよ! 実際にリザードマンを倒せたんだからヨシです!」


「ヨミ……でも僕は本当に……」


 アサヒは力強く拳を握りこんだ。

 指の先が真っ赤になり、爪の先が白くなる。


「僕は本当はダンジョンなんか言ったことなんか無いんだ。

 いつかこれが原因で、君を今以上の危険にさらすかもしれない」


 アサヒは画面に向かい、震える声で恐れを吐き出した。


 最初は彼が自分を守るためのウソだった。

 ほんの小さな、安っぽいプライド。それを守るためだった。


 しかしアサヒのプライドを守ったウソは、今はヨミの命を危険にさらしている。


「ヨミには本当のことを言うべきだと思う。でも……」


 アサヒは手をキーボードの上に持っていく。

 しかしその手の指はクルリと内側に巻いて、軽い握りこぶしになった。

 彼はコメントを打ち込む決心がつかないのだ。


 ヨミのチャンネル。

 ここには、コメント欄を見ている者がいる。

 それも、悪意をもって。


 だれかが情けないことをしたらあざ笑う。

 不道徳な行いをしたら怒り出して罰する。


 正しさを振り回せるなら、それを振り回される相手のことはどうでもいい。

 そういった類の悪意と暴力性をもった者がいる。


「だめだ。ここでは言えない。今は何も言うべきではない」


 アサヒはキーボードの上から手を外す。

 そして彼は配信画面のヨミを見た。


 彼女はカメラを向いている。

 顔には様々な感情が混ざりあったであろう、複雑な表情が浮かんでいた。


「大丈夫です。私は伝説の探索者さんの知識・・を信じてますから」








※作者コメント※

オリハルコンメンタルを持つアサヒ君と言えども、

さすがにこれは……


いや、普通に立ち上がる気がしてならねぇな(

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