一難去って


「何とかリザードマンを倒せた……良かった」


 アサヒは配信の画面を見て、安堵の表情を見せた。


 画面に映っているリザードマンが動く様子はない。

 どうやら完全に息絶えているようだ。


「しかし……どう考えても、こんなのはおかしい。

 ハイ・オークだけじゃなくて、リザードマンまで出てくるなんて」


 彼はダンジョンの情報をまとめたノートをめくる。

 だが、ページをめくる彼の手はすぐに止まってしまった。


「下調べしたけど、下の階層にもリザードマンの情報はなかった。

 そもそも、できたばかりのダンジョンで、あんな強いモンスターは出てこない」


 若い・・ダンジョンは、モンスターも弱い。

 数日前は第一層にはゴブリンとコウモリしかいなかった。

 それが急に変わるのは、どう考えても異常だった。


「……ダンジョンが成長しているってことなのか?」


 画面に映るダンジョンを見つめ、アサヒは頭をかく。

 どうにも彼の考えはまとまらない様子だ。


「ヨミは探索者としては初心者だし、強力な装備を使っているわけでもない。

 なのに何で……このダンジョンで何かが起きているんだろう」


「――いや、それを考えるのは後だ。

 早くダンジョンを出るようにヨミに言わなきゃ」


『ヨミ、すぐ地上に戻るんだ。このダンジョンの様子はどうもおかしい。

 お前はケガをしてるし、何が起きるかわからない。


 アサヒはキーボードをたたき、コメントを残した。

 すると霊狼にまたがったヨミは、初めて悔しそうな顔をアサヒに見せた。


「そうですね。伝説の探索者さんの言うとおりだと思います。

 今日は戻ろうと思います」



★★★



(最悪。まさかこんなに早くダンジョンが変化するなんて――)


 ヨミは腰につけたポーチから包帯を取り出して包装を破く。


 この包帯は探索者なら誰でも持っているものだ。

 止血剤が塗られていて、出血をとめるのに役に立つ。


 彼女は手際よく腿に包帯を巻き、止血した。


(あとはポーションを飲んでおけば、明日には治るわね)


 彼女はポーチの奥から、赤色の液体が入った小瓶を取り出す。

 そしてコルクのフタをぽんと抜くと、そのまま一気に飲み干した。


 彼女が飲んだのはポーションという。

 ポーションとは、ダンジョンで見つかる液体状の薬のことだ。

 別名水薬ともいい、傷を一晩で癒やし、猛毒を打ち消すことができる。


 薬は赤や青といった様々な色をしていて、効果は色に応じて異なる。

 彼女が飲んだ赤は「治癒」の効果を持つポーションだ。


 ポーションは飲むだけで傷を癒やすというとんでもないシロモノだ。

 しかし、ポーションにはいくつかの欠点がある。


 まずひとつめの欠点は、ポーションは飲む必要があるということだ。

 傷口にかけたり、点滴をしても効果が出ない。

 ケガ人が意識を失っている場合、ポーションは役に立たないのだ。


 そして2つ目の欠点は――


(あー生臭くて胃の中がひっくり返りそう)


 そう、味が最悪なのだ。


(一週間冷蔵庫にほったらかした豚肉のドリップに、腐った魚のアラを混ぜた感じかしらね? 生臭さと油っぽい喉ごしが犯罪級だわ」


 ヨミはポーションの残り香に顔をしかめる。

 彼女が飲んだポーションの味は、よほどヒドイようだ。


(まぁ、薬を美味しくすると、飲み物代わりに飲むやつが出るから、

 わざと不味くしたのかもしれないけど……それにしても不味すぎでしょ?!)


 ポーションを飲んだヨミは。腿の包帯をおそるおそる触る。

 するとまだ鋭い痛みがあるのか、彼女の体がびくんと跳ねた。


『ヨミ、無理をするな。塞がるまで時間がかかるはずだ』


「は、はい!」


 これがポーションの最後の欠点だ。


 ポーションの効果がでてくるのは、普通の薬に比べると異常に速い。

 しかしそれでも緊急を要するケガにはおそいのだ。


 血をどくどく流しながらポーションを飲んでも意味はない。

 傷が塞がるまえに失血で死んでしまう。 

 ポーションを飲む前に出血をとめ、骨折した箇所を固定する必要があるのだ。


 そのため、包帯や添え木といった道具はいまだに現役だ。

 ポーションは便利だが、医療を全て代替するものではないのだ。


(伝説の探索者さんの言う通りにするしかないかな。

 私が先に行こうとしても、この子がね……)


「ワゥ!」


 実は彼女は、何度か霊狼にダンジョンの奥に行かせようとした。

 しかし霊狼は、先へ行こうとする彼女の指示に従おうとしなかった。


(あら、前のご主人様と同じようになってほしくないってこと?)


「クゥ~ン」


(はいはい、どうせ歩くのもしんどいからね。

 リザードマンから素材をはぎとったら、さっさと地上に戻りますよ)



★★★



 ヨミは応急処置を終え、霊狼に乗って帰路についた。

 その様子を見ていたアサヒは安心したようにため息をついた。


「ふぅ、ヨミは何とかなりそうだ。一時はどうなることかと……」


(ハイ・オークとリザードマンは、どちらもダンジョンの奥にいる。

 ヨミの実力は本物とはいえ、よく勝てたなぁ)


 ダンジョンでは、奥の方にいるモンスターほど強い。

 初心者探索者のヨミが勝てたのは、大金星と行って良い。


 画面を見ると、新しいコメントがついていた。


「ん、コメントが……うッ!」


 そのコメントを目にしたアサヒは、あっと息をのんだ。


 確かにヨミには何の問題もない。

 問題は、もう一方のほうにあった。


『なぁ、伝説の探索者のコメント、リザードマンの攻略方法が間違ってたよな?

 ――あいつ、本当にリザードマンと戦ったことあるのか?』


(……!!)





※作者コメント※

あっ(察し

確かに聴覚と振動を間違えてましたね。

君のように勘のいい視聴者はきらいだよ。

どうしよ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る