コールドブラッド(2)
「Shaaaa!!!」
片目を潰されたリザードマンは、怒りの雄叫びを上げた。
そしてヤツは怒りに任せ、槍をやたらに振り回す。
だが、霊狼に乗ったヨミをとらえることはできなかった。
なぜなら、単眼では距離感がつかめない。
霊狼がすばやく動くのもあって、槍は壁や床をたたくだけだ。
「すごい。まるでふたりの相手になってない。
リザードマンのやつが、ひとりで勝手に踊ってるみたいだ」
やつが鱗に覆われた腕で武器を持ち上げた瞬間だった。
戦狼が弾けたように加速し、リザードマンのすぐ横を通り抜ける。
その時ヨミは片手で剣を水平に構え、牛の角のように突き出していた。
そして、そのままの勢いでリザードマンの腹に剣を激突させる。
直立したワニのような姿をしたヤツの鱗は、背中側が青くて腹側が白い。
体の外側を覆っている青い鱗は、ゴツゴツとして分厚く岩のようだ。
他方、腹の鱗はきめ細かく、ゴムのような質感になっている。
こちらはヨミの剣でも十分つらぬける強度のようだった。
彼女の剣は、剣身の三分の一ほどがワニの腹に埋まる。
そのままえぐり込み、腹の筋肉を横に引き裂きながら剣を引き抜いた。
「Sorr Yethe!!」
リザードマンは、初めて怒り以外の声をあげた。
何を言っているのか、言葉はまったくわからない。
だが、声色から苦しみを感じていることはアサヒにもわかった。
「よし、効いているみたいだ。これなら戦える!」
しかし、ヨミに腹を裂かれたリザードマンの動きが変わった。
武器を振り回すのをやめ、不気味に立ち止まったのだ。
「……なんだ? あれほど怒りにまかせて武器を振り回していたのに」
リザードマンは武器を引き戻し、槍の石突を床にドンとつけた。
そのまま槍を肩にかけると、槍を持っていた手が
するとリザードマンは、短い指先を自らの目に向けた。
そして――
<グシャ!>
「「えっ!」」
アサヒとヨミの驚きの声が重なった。
リザードマンが取った行動は、あまりにも異常な行動だったからだ。
「自分で目をつぶした……だって?!」
リザードマンは自らの手で目をつぶした。
あまりに異常な出来事に、アサヒはあっけにとられてしまった。
両目からだくだくと血を流す
しかし、彼は槍をもう一度持ち上げると、低く
「Shiiiiiii!!!」
「ウソだろ……? まだやる気なのか?」
両目を失ったというのに、沼竜の戦意はより
「リザードマンのやつ、まだやる気なのか?
おかしい。目が見えなくなって、不利になったはずなのに。
これは何か……マズイことが起きている気がするぞ」
『ヨミ、気をつけろ! あいつの行動は普通じゃない!!』
「はいっ!」
アサヒのコメントに対して、ヨミがいつものように返事をする。
すると、彼女に向かって沼竜人の槍が突き出された。
「くっ!」
<ギィン!>
彼女は危うい所でバックラーをひるがえして
ノコギリ状の穂先は円盾の上を滑り、派手に火花を散らす。
霊狼に乗ったヨミが盾を使ったのは、これが始めてだ。
繰り出された槍の穂先は、確実にヨミの
「どういうことだ? リザードマンの攻撃はいやに正確だ」
沼竜の動きは、さっきとはまるで別物だ。
アサヒはリザードマンの動きの違いを分析する。
「さっきまでヤツは槍を振り回して面で制圧しようとしていた。
なのに、今は確実に「点」で攻撃している」
アサヒが見ている中、リザードマンは構えをかえた。
槍の石突を地面につけると、杖に向かって頭を垂れたのだ。
それはまるで、何かに祈るような姿勢だった。
「あれは?」
リザードマンの奇妙な動きをアサヒは
「あれは一体……何をしているんだ?
そうか! ヤツはさっき、ヨミの声に反応していた。
彼女の立てる音を聞いて、それで攻撃しているのかもしれない」
「盲目になった剣豪が、音を頼りに攻撃するみたいなものか。
厄介だけど、分かってしまえばこっちのものだ」
なにせスピリット・ウルフは霊体だ。
ダンジョンの床を歩いても、霊狼は足音を立てない。
『ヨミ、リザードマンは音を聞いている。静かに行動しろ』
アサヒのコメントを読んだヨミは、こくりとうなずいて息を潜める。
すると彼女は、霊狼に向かってリザードマンの後ろの空間を指さして見せた。
どうやらリザードマンの後ろに回り込むつもりらしい。
彼女はリザードマンのそばを横切ろうとする。
だが、ワニは手に持った槍をヨミに向かって突き出した。
「――ッ!」
「音を立ててないのに、何で!?」
ヨミは完全な不意を突かれた。
だが、槍はヨミが背負っているラウンドシールドに防がれた。
耳ざわりな音を立てて木片が飛び散り、ダンジョンの床に散らばる。
その時、アサヒにはリザードマンが一瞬たじろいだように見えた。
「うん? いまのは――」
沼竜は槍の石突でダンジョンの床をトンとたたく。
そして、また祈るような姿勢になると、リザードマンはアゴを槍につける。
ここでアサヒはリザードマンが何を頼りにしているか気付いた。
「聴覚だけじゃない……? もしかして――振動か!」
アサヒの直感は正しかった。
リザードマンは空気の振動を読み取っているのだ。
ワニの口先やアゴには、非常に敏感な感覚器がついている。
人間はナノメートル単位の凹凸も見分けるが、ワニの感覚器はそれ以上だ。
水面に落ちた水の
このリザードマンは、そのワニと同じ感覚器を持っていた。
槍にアゴをつけることで、槍をレーダーの替わりにする。
そうしてリザードマンはヨミの動きを読み取ったのだ。
『ヨミ、ヤツは槍を使って、振動からお前の動きを読み取ってる!
槍を打て!』
「――!」
ヨミは背負っていたラウンドシールドをフリスビーのように投げる。
狙いはリザードマンの槍だ。
<ガツンッ!>
リザードマンが杖にしていた槍に盾が激突する。
するとリザードマンは一瞬ビクッとして、放心状態になった。
このスキを逃さず、ヨミと霊狼が飛びかかる。
霊狼が首元に食らいつき、リザードマンが口を開ける。
ヨミはその開いた口に、剣を力任せに突っ込んだ。
さしものリザードマンも、口の中に
彼女の剣は急所を貫き、巨躯が電気で打たれたように震える。
リザードマンは最後の力で腕をがむしゃらに振り回した。
だがその腕が何かをつかむことはない。
巨獣は最後の息を吐くと、その白い腹を天井に向けて倒れた。
「やった!!」
ヨミの勝利を喜ぶアサヒ。
しかし、彼の腹にはすぐに別の感情、怒りが湧いてきた。
「間中のやつ……よくもこんな怪物をヨミに押し付けて逃げたな」
元はと言えば、これは全て間中のせいだった。
腹立たしげにうなるアサヒ。
だが、その怒りはすぐに消えてしまった。
画面で喜び、霊狼をねぎらう彼女の姿を見たせいだ。
(これに水を指すようなことはしたくないな。
間中の事はもう放っておくか)
・
・
・
「はぁ……はぁ……!!」
一方の間中は、必死でダンジョンの中を逃げ回っていた。
すでに自分の位置は完全に見失っている。
間中は自分がどこに居るのすら、わからなくなっていた。
「クソ!! あの探索者、きっと死んだかな……多分死んだよな。
俺は悪くない。勝手に首を突っ込んだんだから」
間中は助けを求めて起きながら、自分の失敗を正当化していた。
そうでないと、彼は正気をたもてなかったのだろう。
クラスメイトを失い。
助かるチャンスも失ったのだから。
「俺は有名探索者になるんだ! こんな所で死ぬはずがない!」
彼は松明の光を追いかけてしゃにむに前にすすむ。
すると、彼の目の前に背の高いローブを着た男が現れた。
「あっ、助け――」
そこまで言って、彼はその先の言葉を飲み込んだ。
男の異様な風体に圧倒されたからだ。
男は頭がなかった。
いや、無いというのは不正確だろう。
その代わりはあるからだ。
男の頭に相当する部分には鉄のカゴがあった。
そしてそのカゴの中には、無数の頭蓋骨と生首が入っている。
生首はひとりでに動き、いっせいに間中のほうを向いた。
白濁した死人の瞳が間中を見つめる。
間中は腰を抜かしてダンジョンの床にへたりこんでしまった。
男はローブをひるがえし、その下に収まっているものを見せた。
血濡れの工具手術道具一式だった。
おそらく、彼が収めている無数の生首を切り取るのに使ったそれを――
「ひっ……ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
・
・
・
※作者コメント※
デデーン!
間中、アウトー!
みずから目を潰して戦うとか
このリザードマン、ワムウかな?
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