コールドブラッド(1)


(間中のやつ、モンスターを見て逃げ出してしまった。

 助けてもらっておいて、なんてやつだ!)


(しかし逃げてしまった間中のことはどうでもいい。

 それよりも問題なのは――!)


「くっ、足が……!」


 そう。

 問題は、ヨミが足にケガをしてしまったことだ。


 彼女の戦い方は、フットワークが重要だ。

 足が動かなくなると、ヨミの戦闘力はガクッと落ち込んでしまう。


「不味いぞ、このままだと……ッ!」


 リザードマンは丸っこいシルエットをした足を前に出す。


 その形は一見、幼児の手足のようにむっちりとしている。

 だが足の表面は岩のような鱗に覆われていた。


 リザードマンの鱗はぶ厚く、見るからに硬そうだ。


 ヨミが使う軍用剣は、布や鎖のよろい程度なら貫ける。

 だが、鉄板でつくられた頑丈な鎧には通用しない。

 あのリザードマンのように、装甲を持つ相手は苦手なのだ。


(あれでは全身すきまなくよろいを着込んでるようなものだ。

 せめて槍でもないと……。)


(ベストのコンディションでも苦戦しそうなのに、ヨミは負傷している。

 このままじゃ……ッ!)


 アサヒは最悪の未来を思い描いてしまったのだろう。

 手はふるえ、額には冷汗が浮かんでいる。


「治療は……間に合うはずがない。論外だ」


「盾をバックラーから取り替えて戦う……それもダメだ。

 足をケガしていたら踏ん張ることも出来ない」


「盾を構えても、あの長槍で突き飛ばされるのがオチだ」


 アサヒは必死に戦術を考える。

 しかし、どの方法も現状の打開はできそうにない。


「せめて何か、何か彼女の足の代わりになるものがあれば……。

 ――そうだ!!」


 アサヒは何かに気づいたようだ。

 彼の手の震えが止まり、猛烈な勢いでキーボードをたたく。


「ある……彼女以上に優れた足を持つ存在がいる!!

 きっと彼なら!」


 アサヒはコメントを書き込んで、エンターキーを勢い良く押す。

 すると、彼のコメントが配信画面に浮かび上がった。


『ヨミ、笛を吹いてスピリット・ウルフを呼び出すんだ!!』


「え、オオカミさんを?」


 コメントを見たヨミは、驚いた顔をして聞き返す。

 だが、次に書き込まれたコメントで、彼女は彼の意図を完全に理解した。


『そうだ!! ――狼の背に乗って戦え!!』

「……ッ! わかりました!」


 霊狼の動きは、人間であるヨミよりも素早い。

 アサヒは傷付いた足のかわりを霊狼にさせようとしていたのだ。


(先の戦いの後、スピリット・ウルフはすっかりヨミに懐いていた。

 彼ならきっと助けになってくれるはずだ!!)


 ヨミは首に下げていた笛を口に運び、息を吹き込んだ。

 しかし、銀の筒からは何も音もしない。


 だがその音色は「彼」にはしっかりと聞こえた。

 虚空に霜の霧が現れ、そこから輝く毛並みを持つ白狼が飛び出した。


<ウォォーン!!>


 霊狼は巨体を揺らめかせながらダンジョンの床に降り立つ。

 狼が膝をついたヨミと並ぶと、その体はずっと大きく見えた。


「ウルフさん、背中を貸してください!」


 ヨミが頼むと、スピリット・ウルフは姿を消した。


 アサヒが「えっ」とおもった次の瞬間。

 彼女の下から現れると、ヨミを乗せたまま、霊狼はすっくと立ち上がった。


「そうか、こいつはスピリットだった。それくらいの事はできるよな……」


 スピリットというモンスターは、瞬間移動の能力を持っている。


 しかしスピリットウルフは、前回の戦いでこの能力を使わなかった。

 そのためアサヒはすっかり忘れていたのだ。


(もしかしたらこの狼、ヨミと戦った時は本気じゃなかったのかも。

 こいつがその気になれば、姿を消して真後ろから奇襲もできたはずだ)


「Syceaaaaaaa!!」


 リザードマンは槍を逆手に持って振りかぶって何事かを叫ぶ。

 その声は、人間の発音とは明らかに違った。

 大型のタイヤから空気が漏れるような、なんとも名状しがたい叫びだった。


「来る!!」


 狼に乗ったヨミに向かってやりが突き出される。

 しかし、狼は槍の軌道を完全に読んでいた。

 横っ飛びに槍をよけると、そこには光の粒だけが残っていた。


 槍を突き出したことによって腕が伸びきる。

 ヨミはそれを見逃さず剣を振って、リザードマンの小手先を打った。


「Ah!! Schar!!」


 青い血が散って、リザードマンが叫ぶ。

 槍の先を握っていた手からぼたぼたと血が落ち、点々と床に跡を残した。


「剣なのに鱗を叩き切った!?……そうか、ヨミの剣に狼の速度が足された。

 だから剣でも、リザードマンのぶ厚い鱗をたたき斬れたのか!」


 左手を使えなくなったリザードマンは利き手だけで槍を振り回す。

 足を払って転ばせるつもりなのだ。


 しかし槍は狼の足を素通りしてしまう。


 ヨミのように生きた人間はスピリット・ウルフに触れることができる。

 だが、モノである槍は素通りしてしまうのだ。


 そして、槍を下に振ったということは、頭ががら空きということだ。

 狼は飛び上がり、それに合わせてヨミが剣を突き出した。


 腕を下げてしまったリザードマンは防御が間に合わない。

 ヨミの剣はそのまま邪魔されること無く、ワニ頭の片目をえぐった。


「Uhhh!! WacsShtar Wo!!」


「すごい、ふたりとも息がぴったりだ!

 これなら……勝てるぞ!」





※作者コメント※

Q なんで霊体のスピリットにヨミが乗れるん?

A 肉体の中にある魂と触れ合って持ち上げてるとか、そんな雰囲気です。

 じゃないとスピリットが生者に攻撃できないし、多少はね?

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