伝説の探索者として


 ヨミの配信に映り込んできた間中まなかは、立ち止まって肩で息をしている。

 コメント欄も突然の乱入者が気になっているようだ。


『なんやこいつ?』『どっかの厨房か?』

『中学生でダンジョンに? 来るの早くない?』

『いや、最近はそうでもないぞ』


 若いと言うよりも、幼い探索者が現れたことに対して視聴者が反応する。

 コメント欄に書き込まれた言葉は、賛否両論といったところだ。


 視聴者はヨミに対して、アサヒが思いもよらない事をいいだした。


『奥で何かあったんじゃないの』

『ヨミちゃん、何があったか聞いてみたら?』


「はい! 聞いてみようと思います」


「えっ?!」


 アサヒはこのなり行きに困惑した。


 間中は自分を足蹴あしげにしてあざ笑った。

 彼は決して助けたいと思うような性格の人間ではない。


 しかし、ヨミはコメントに従って、間中に何があったか問いただしている。

 アサヒはその間、キーボードの上で手を泳がせていた。

 コメントを打とうとしても、打てなかったのだ。


「……間中のことを、僕はなんて書き込めばいいんだ」


『間中たちはノートを踏みにじってバカにした。

 ヨミのために調べた事をいっぱい書いたノートを……

 そいつはゲス野郎だ!!』


 アサヒはコメントでそう言いたかった。


 しかし、この配信の中で彼は伝説の探索者ということになっている。

 そんなことを言えば、アサヒのウソがバレてしまう。


 伝説の探索者が、どうしてこんな子供を相手にするだろうか。

 いや、相手にするはずがない。


 彼はコメントを書くか思い悩む。

 だが、アサヒはそのまま手を止めるしか無かった。


「ダメだ。何も書き込むわけにはいかない……」


 息を整えた間中は、何があったのかをヨミに話はじめた。

 自分に対して横柄な口を聞いていた間中だが、彼女と話す時は違った。


「えぇっと……ちょっとそこの先で、モンスターと鉢合わせて……

 俺はやめろって言ったのに、友だちが勝手に攻撃して……

 それで襲われて」


「うん、そのまま落ち着いて息をして。頑張ったね。きみの名前は?」


「間中です。俺は本当にやめろって言ったんです。

 でもモンスターに矢を射かけたことで目をつけられてッ!

 俺は助けようとしたけど何も出来なくて……」


 言い訳めいた説明を必死にする間中。

 それを見るアサヒの目は冷たく、白けていた。


(あいつが直にヨミに声をかけられている。

 僕のノートを踏みつけて、ゲラゲラ笑ったあいつが……)


 うつむいたアサヒの顔に影が入る。それはまるで、アサヒの中から込み上がってきた仄暗い感情が彼を染め上げてしまったようだった。


「……助けようとしたけど? どうだか」


 アサヒの指がキーボードに落ちる。

 危ないから助けるな。そういった内容を発言欄にうち込んだ。

 しかし、どうしてもエンターキーが押せなかった。


「だめだ。僕は伝説の探索者なんだから……」


 伝説の探索者なら、こんなことはしない。

 自分を偽ってしまったことが、ここにきてアサヒのジャマをした。


 彼は発言欄に打ち込んだ内容をすべて消し、光の中に顔を上げた。


「……この場にいる視聴者やヨミは、僕と間中の問題なんか関係ない。

 ここは『伝説の探索者』として、するべきことをしよう」


 アサヒは復讐心よりも、伝説の探索者としてあるべき姿を優先する。

 彼はまず現状を整理すると、それを口にした。


「第一層のモンスターは、ゴブリンみたいな弱いモンスターだった。

 しかしそれが変わっている」


 このダンジョンの敵は、以前はもっと弱かった。

 しかし昨日の今日で敵の強さが格段に上がってしまっている。


 アサヒはこれについて心当たりがあった。

 もっとも、都市伝説めいた話だが。


「ダンジョンは成長する。確かネットにそんな話があったな。

 もっと深い階層にいるはずのハイ・オークがいるのは明らかにおかしい……

 原因はダンジョンの成長かも」


 アサヒはキーボードをたたく。

 その動きに先ほどまでの迷いはなかった。


『どうやらこのダンジョンは成長しているようだな。

 ハイ・オークが出てきたのもそのせいだろう。』


「えっと伝説の探索者さん……ダンジョンが成長している、ですか?」


『そうだ! ダンジョンは成長することがあるんだ。

 敵の種類が変わったのはそのせいだろう』


「ダンジョンだ成長する。そんな事があるんですね……」


『そうだ。しかしヨミの実力ならハイ・オークも倒せる。

 だが、まだ何か別のモンスターが出てくる可能性もある。

 普段以上に慎重に行ったほうがいい』


「そうですね。他のモンスターが出てくる可能性もあるんですね」


『そうだ。無理だと思ったらすぐに退け』


「わかりました!

 伝説の探索者さんの言うとおりにします!」


「ふぅ……本当はこのまま帰ってほしいんだけどなぁ」


 ヨミの目はいつも以上にはつらつとして輝いている。

 さっきハイ・オークと戦ってから、ヨミはこんな感じなのだ。


「ひょっとして、ヨミって思ったよりバトルジャンキーだったりする?」


 そうつぶやく彼をよそに、ヨミと間中はずんずんダンジョンの奥に進む。


 レンガの壁がスクロールしていくだけの配信画面。

 それを見つめながら、アサヒは一言も発しない。


 コメント欄も静まり返ってる中、ヨミの後ろに続く間中が声を上げた。


「あの……そろそろはぐれた場所です」


「うん」


『まだモンスターがいるかもしれない。足音をたてるな』


「わかりました。伝説の探索者さん。」


 ヨミはゆっくり足を進める。

 すると通路の先に大きな黒い影があった。


 影はゆっくり振り返ると、鼻先を明かりの下にさらけ出す。


「歩くワニ……?」


 青と白色の鱗が入り混じったワニが直立して立っていた。

 松明たいまつで照らし出されたワニの口先は真っ赤に染まっている。


 まさか、血――


「うわぁぁぁ!」


 ダンジョンにひびき渡る大声で間中が叫ぶ。

 すると振り返ったモンスターが何かをぶんと投げた。


「危ない!!」


 ヨミが叫び、バックラーで間中に向かって飛んできた物を弾き飛ばす。

 甲高い金属音がして、何かがダンジョンの床に落ちる。


「あれは、投げ槍? ……投げやりを使い、直立するワニ……

 リザードマンか!!」


 ヨミに伝えようとしたところで、アサヒは異変に気づく。

 彼女がは苦しげにうめいて膝をついていたのだ。


「?! 一体何が……あっ!!」


 彼女の太ももが血に染まっていた。

 盾で跳ね返った投げ槍の先が回転して、ヨミに当たったのだろう。


 リザードマンが振り返ってヨミの方に向き直る。

 その巨躯はハイ・オークをしのぐほどの大きさだ。


 やつはごつごつとした手に大きなやりをもっている。

 槍の穂先ほさきには、サメの歯のようにギザギザとした小さな刃が並んでいる。


 あれで突き刺されたら、引き抜くときに肉がズタズタにされるだろう。

 見るからに恐ろしげな武器だ。


「ひぃぃぃ!」


 間中はヨミを置いて逃げ出してしまった。

 あとに残されたのはモンスターとケガを負ったヨミ。


「まずい……絶体絶命だ」






せっかくダークサイドからライトサイドに戻って助けたのに

間中ェ…… (#^ω^)ビキビキ

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