戦鬼


<ガキィン!!>


 闇の中に閃光が走り、火花が散る。

 

 戦鬼オークが横薙ぎに振った大鉈おおなたは、確実にヨミを捕らえていた。


 だが、分厚い刀身が振り下ろされた先はダンジョンの壁だった。


 あっと思ったアサヒはヨミの姿を確認する。

 すると彼女はバックラーを振り払ったような姿勢をしていた。


 ハイ・オークは雄叫びと共にヨミに向かって大鉈を振り抜いた。

 しかし直撃の前に、彼女がバックラーを使って刃筋をそらしたのだ。


「すごい! ヨミはあの一撃を見切ったのか!」


 アサヒは配信画面に向かって驚きの声をあげる。


「あのハイ・オークに対して、まるで怖じけずに対応するなんて……」


 ハイ・オークと戦う探索者の配信は、アサヒは何度か見たことがある。


 並の探索者であれば、剣を交える前に戦いが決まる。

 戦う前にオークの気合に負けてしまうのだ。


 しかしヨミはオークの雄叫びにも負けなかった。

 冷静に体を動かし、彼女はいつものように戦い始めている。


「ハァッ!」


 ヨミは大胆にもハイ・オークのふところに飛び込んだ。

 彼女はあの大鉈に対してまったく動じていない。


 ハイオークの足元で踏み込み、ヨミは剣抜き放って突きをくりだす。

 彼女の狙いは、分厚い鉄のよろいで守られていない関節の裏だ。


<ザス! ズシャ!!>


「Aggggg!!!」


 荒縄を束ねたようなオークの筋肉が鋼の剣で切り刻まれる。

 肉が裂け、黒ずんだ肌の上をインクのようにどす黒い血が流れた。


 傷を負った戦鬼オークは怒りにまかせて大鉈を振り回す。

 だがヨミはその剣嵐けんらんの内側にいる。


「なんで……そうか! 腕のリーチが長いぶん、その内側が死角になるんだ!」


 彼女が大胆にも飛び込んだのは、無謀や蛮勇ではない。

 そちらのほうが、かえって安全だからだ。


 アサヒはすぐにそれに気づいたが、戦鬼はそうでは無さそうだ。

 その動きには「なぜ当たらない」といった動揺の色が見える。


「Wrrrr!!!」


 ハイ・オークは明らかに戸惑っている。


 彼が戦いを挑めば、逃げる獲物がほとんどだった。

 逃げない場合は、おびえてすくみ、立ちつくす。


 逆に飛び込んでくる獲物などいなかった。


 そんな獲物に対して、どうすればよいのか?

 戦鬼にはそれが分からなかったのかもしれない。


「HURAAAAAAAA!!!」


 ハイ・オークは雄叫びを上げて、大鉈を振り回し続ける。

 しかし振り上げたときにはもう遅い。

 ヨミは俊敏しゅんびんな足さばきで戦鬼の後ろに回っていた。


「ドスッ!」


「AIEEEE!!!」


「うわぁ……痛そう」


 片膝の裏を続けて刺されたオークは、ついに床に膝をついた。

 膝をついていても、ハイ・オークの頭の高さはヨミよりも高い。


「こんな大きな相手を……すごい」


 アサヒがそのまま見ていると、ヨミはオークの背中に立つ。

 すると彼女は後ろから戦鬼のかぶとの内側に刃先を滑り込ませた。

 そして一気に剣を引き抜き、オークの首後ろにある延髄えんずいを切り裂いた。


<ズシャン!!>


 刃が肉を切る音がダンジョンに響く。

 急所を裂かれたオークは手をだらんとさげ、そのまま前のめりに床に倒れた。


<ズン……ッ!>


 戦鬼は受け身も取らず、床に沈む。

 どうやら戦いは終わったようだ。


「すごい、本当にハイ・オークを倒しちゃった!!」


 ヨミは剣を振って血払いをする。

 彼女は残心をとったまま、剣身をさやに納めた。


「あ……お、終わった?」


『うおおおおおおお!』『スゲー! 倒した!』

『ヨミSUGEEEEEEEE!!!』


 視聴者はコメントでヨミの戦いを褒め称えていた。

 アサヒも我に返って、彼女に向かってコメントを書いた。


『いいぞヨミ! よく慌てずにハイ・オークを討ち取ったな!』


「ヨミはすごいな。僕ならパニックになってそのまま真っ二つにされてるよ」


 彼女は書き込まれたコメントを見て、ニカッと笑う。

 その笑顔を見てアサヒもつられて笑った。


 安心したアサヒは、ふと自分が額にたくさんの汗をかいていたのに気づいた。

 彼は汗を拭うと、ふうと腹を固くしていた息を吐く。


「一時はどうなることかと……やっぱりヨミは上に行ける人だ」


「では先に進み――」


 戦いを終えたヨミが底まで行って声を途切れさせた。

 彼女はバッと後ろに向かって振り返り、剣を抜き放って構えた。


「ん、いったい何ごとだろう……足音?」


 配信画面を見ているアサヒは次第に大きくなる足音に気づいた。

 何かがヨミのもとに近づいてくる。


「なんだ……? まさかハイ・オーク? いや違うな。音がちがう」


 ハイ・オークが歩く音には、よろいがたてる騒々しい金属音が混ざる。

 それに体重が重いせいで、足音も「ドスドス」と低い音になっている。


 いま聞こえている音は、例えるなら「パタパタ」だ。

 この足音の特徴はゴブリンに近い。


 体重が軽く、重厚な鎧を着ていない者の足音だ。


「まだゴブリンが残ってたのか? ハイ・オークに追いやられたとか?」


 足音はかなり近くなっている。

 アサヒは緊張で息を呑む。


 そしてついに足音の主が近くにあったダンジョンの照明に届いた。

 音を立てた正体を見たアサヒは、それを見てあっと声を上げた。


「探索者?! よかった!! た、助けて……」


「間中じゃないか……! なんで釜の淵ダンジョンに?!」


 配信画面にヨミと一緒に写っているのは、間違いなく間中だ。


 つい先日アサヒに絡んできた三馬鹿。

 そのうちの1人の姿だった。


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