ダンジョンの変化


★★★


 石壁に囲まれた通路を、3人の少年が進んでいる。


 通路は薄暗く陰鬱いんうつな雰囲気をかもし出していた。

 だが彼らはそんな暗闇をものともしない。


 流行りの歌の歌詞を卑猥ひわいな言葉で置き換えて、歌いながら歩いている。


 彼らの様子はまるで見知った近所を散歩をしているようだった。


間中まなか、こんな時間からダンジョンって本気かよー」


「こんな時間だからいいんだろ。いてるからな」


 顔に軽い軽蔑を浮かべながら、間中は佐古さこに答えた。


「いつものダンジョンでいいじゃん。なんでココ?」


 そう訴える右田みきたの声色は不安そうな調子だ。

 右田に振り返った間中は、彼に向かってうっとうしそうに舌打ちした。


「さっき言っただろ? もう1回説明しなきゃダメか」


「最近できたばっかりの新しいダンジョンって――」


「そうだ。俺たちがいつも行っているダンジョンよりもここは新しい。敵が弱くてうまみがあるってことだ」


「本当に?」


「間違いない。ちゃんとネット・・・で調べたんだ」


「それならいいけど……」


「お、敵のお出ましだぞ。みんな構えろ」


 薄暗い迷宮の奥から。ひたひたと何かの気配が近づいてくる。


 間中は剣を抜き、彼の左右の仲間はやりと弓を構える。


 彼ら三人は、前衛、中衛、後衛のそろった、バランスの良いパーティだ。


 剣を持つ間中は前衛で、一番前に立って敵と戦う。

 そして、彼の左に立つ佐古は、槍で敵を牽制けんせいするのが役割だ。

 佐古は長い槍で敵をおどかし、間中の戦いに邪魔が入らないようにする。


 残る右田は、弓を使って遠くにいる敵と戦う。

 つまり今が出番だ。


「くらえ!」


 右田は短弓に矢をつがえると、短弓を傾けて素早く矢を放つ。

 小さくとも強力な力を※矢筈に受けた矢は「ひょう」と風をうならせて飛んだ。

 

矢筈やはず:矢の末端の、弓のつるを受ける部分のこと。


 真っ黒な闇に向かって、矢羽の白が溶け込むように消えていった。

 少年たちは獲物の悲鳴を期待していた。

 だが次の瞬間――叫んだのは彼らのほうだった。


「おい、アレって……!」

「うそだろ?」

「間中、おい、間中!!」

「……ッ!」



★★★



「ではダンジョンの中に入っていきますね!」


 ヨミは笑顔をカメラに向け、ダンジョンに入っていく。

 その様子をアサヒは配信画面越しで見守った。


「まずは第一層からだけど。3度目だし、装備も良くなっているから楽勝かな?」


 第一層のモンスターは弱い。普段のヨミなら余裕であしらえるだろう。

 それにヨミは新しい装備も身につけている。


 彼女は真新しいバックラーを左手に持ち、

 背中にはラウンドシールドを背負っている。


 円盾は彼女の上半身を完全に覆っている。

 後ろから見ると、まるで盾が歩いているようにも見えた。


 そして彼女の腰には、以前このダンジョンで拾った豪華な剣と、

 配信を始めたころから使っている鋼の剣があった。

 2本の剣を下げる彼女の姿はサムライのようにもみえた。

 

『いいかヨミ。まずは確実に勝てる相手で装備を慣らしていこう!!』


「はい。わかりました!」


 伝説の探索者のコメントを見たヨミは、力強くうなずいた。

 彼女はバックラーを前に回すと、慎重に進み始める。


「第一層なのに彼女は警戒を解いてない。すこし真面目すぎる気もするけど、これはこれで、彼女の良いところだな」


 第一層の敵は小粒で弱い。

 だからといってあなどってはいけない。

 思わぬ大怪我をすることも珍しくないのだ。


「奥に行っても、ここにいるのは吸血コウモリやゴブリンくらいだからなぁ……。弱すぎて練習になるかちょっと不安だなぁ」


 ま、敵が弱くて悪いことはないか。

 そう言ってアサヒは配信に注意を戻す。


 ヨミは第一層を進んでいくが、その光景にアサヒはふと違和感を感じた。


「あれ……ここってこんな感じだったっけ?」


 アサヒは第一層の様子を記憶している。

 ヨミの配信動画を、何度も確認したからだ。


 それはアサヒが剣持に武具の相談をしたときのことだ。

 彼は剣持に彼女の動画を見せる必要があった。


 何度も確認したために、彼はいつしか第一層の構造を覚えてしまっていたのだ。


 だが、その彼の記憶と、今のダンジョンはすこし様子が違う。

 彼はそう感じているようだ。


「照明の間隔や通路の幅がなんか違うぞ……?」


 アサヒのいうとおりだった。

 ダンジョンの照明は、以前は等しい間隔で置かれていた。

 しかし今は違う。明らかに照明の位置が偏っている。


「いったいダンジョンで何が起きてるんだ」


「あ、モンスターです! ゴブリン……でしょうか?」


 ヨミは前方にいる存在を指さした。

 だが、カメラに映るそれ・・を見たアサヒは困惑の声を上げた。


「えぇ……ゴブリン?」


 第一層にはゴブリンというモンスターがいる。

 ゴブリンは人間の子供のように小さく、武器を持っている人型のモンスターだ。

 しかしこのモンスターは弱い。

 その日探索者になった初心者でも、ゴブリンは簡単に倒せる。


 というのもゴブリンは人間よりも体格、知性に劣っているのだ。

 連中は道具を使えるが、そんなに賢くない。


 だが……ヨミが指さした空間。


 そこにいる存在は、ゴブリンとの共通点を探すほうが難しかった。


 モンスターの筋骨隆々にして堂々たる体躯たいくは、明らかに人間を超越している。


 それは鉄塊と見紛みまがよろいを身に着けており、手には切先きっさきのない剣。

 いや――ヨミの身長より長い大鉈おおなたを持っていた。


 ゴブリンとの共通点は、肌の色が緑というだけだ。

 だがその肌の色も黒に近く、共通点にあげるべきかは怪しい。


「あれは……ハイ・オークじゃないか!」


 アサヒは驚きに声を上げる。しかしパニックにはならなかった。

 すんでの所で踏みとどまり、自分の頭にある知識を冷静に引き出した。


「こいつは第5層よりずっと奥、深部のモンスターのはずだ。なんでここに!」


「Warrrrrrrgrrrrr!!!」


 迷宮を征く戦士は、獲物を見つけた喜びに咆哮ほうこうした。


 すると配信の画面でヨミが体を縮める。

 それがアサヒには、彼女が恐れに支配されてしまったように見えた。


「まずいぞ!!!」


 アサヒはキーボードに「逃げろ」と打ち込む。


 だが、彼がコメントを送る前に、事態は急変する。


 オークが全身を深く沈めて、体ごとナタを低く構えた次の瞬間。

 地面で弾けたように跳躍し、ヨミに突撃してきたのだ!



※作者コメント※

ブタ型オークじゃなくて、洋ゲーにありがちなオークさんです。

ガチムチ二刀斧とか、大剣でオッスオッスしてくるタイプのやーつー。

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