第4層へ(2)


 ――アサヒがヨミにコメントを残した次の日。

 今日は月曜日なので、アサヒは学校にいる。


 しかし、学校にいるアサヒは、まるで上の空だった。

 まったく勉強に集中する様子が見えないので、担任も首を傾げていた。


(ヨミは僕のコメントを見たかな……気になるなぁ)


 アサヒが朝に確認した時は、ヨミの返事はなかった。


(返事が書かれるとしたら、お昼かな? きっとそうかも知れない)


 しかし学校は、スマホの持ち込みが禁止されている。

 そのため彼は返事を確認するすべがないのだ。


 アサヒはそわそわして、無駄にシャーペンをカチカチ押す。

 隣の席の女子がそれに嫌な顔をするが、それも目に入っていないようだった。


 アサヒは自分のコメントがヨミにちゃんと受け取られたか?

 それが気になって仕方ないのだろう。


 放課後になると彼は荷物をまとめ、誰よりも早く教室を出た。


 足早に家に帰り、自室に入ったアサヒ。彼はすぐパソコンに電源を入れる。

 もちろん、ヨミのチャンネルを確認するためだ。


「ふぅ、ようやく確認できる。今どきスマホ禁止とか石器時代かな」


 実はほとんどの生徒たちは、学校にこっそりスマホを持ち込んでいる。

 だが、アサヒは一度も学校にスマホを持ち込んだことがない。

 担任に見つかってスマホを取り上げられる危険を考えてのことだ。


「プログラムやAIを必修にしてるくせに、なんでスマホがダメなんだろう。学校ってまったく道理が通らないよな」


 日本の教育制度をうれいつつ、アサヒはコメントを確認する。

 するとそこには――


ーーーーーー


伝説の探索者さん、ありがとうございます!

コメントを参考にしてお店で探してみました!

今日の夕方の配信で使ってみます!


ーーーーーー


 彼が残したコメントにヨミの返信があった。

 彼女の元気な声が聞こえてきそうな、そんな書き込みだ。


 返事を見たアサヒは、ガッツポーズを取って雄叫びを上げる。

 彼の叫びには、興奮と深い喜びが混じっていた。


「よっしゃあ!!」


 彼がまる一日かけて調査したことは無駄ではなかった。

 アサヒは伝説の探索者が残したコメントのを見る。


 すると、あることに気がついた。

 彼のコメントには、他のユーザーがたくさんの書き込みを残していたのだ。


「えっ2けた? コメントにすごいたくさんの返事がついてる」


(もしかして炎上……とか? どうしよう……)


 彼は恐る恐るツリーを見る。

 だが――


『クッソ詳しくて草。』『さすが伝説』

『だれだよ、ヨミちゃんにカイトシールドなんて持たせたエアプ野郎は』

『攻略面はもう、伝説の探索者だけでいいんじゃないかな……』


「あれ、以外と好意的だ……」


 炎上どころか、伝説の探索者を支持するコメントが書き込まれていた。

 アサヒの意見はヨミ以外にも認められていた。


(なんだろう。心の中に温かいものが湧いてきたみたいだ。ネットで発言すると、大抵そうじゃないって言われるもんだけど……こんなこともあるんだ)


 アサヒの心のなかに湧いてきたもの。

 人はそれを自信。あるいは勇気という。


 彼はこれまで傍観者ぼうかんしゃだった。

 配信に彼がコメントしても、それが読み上げられることは無い。

 意見が認められることも一度も無かった。


 だが、今は違う。彼は「伝説の探索者」として認められた。

 それがアサヒの自信になったのだ。


「よし、もっと頑張ろう。ヨミだけじゃなく視聴者も信頼してくれる」


 彼は決意を新たにすると、キーボードの横に開いたノートを置いた。

 そして筆記具を握りしめてると、画面をにらむ。


 アサヒの母親が見たら、熱心に通信教育を受けていると思うだろう。

 

「今日のヨミの配信は……もうすぐだな」


 返信のとおり、ヨミは夕方からダンジョン配信を始めるようだ。

 配信が始まるまで、アサヒは軽食を取って待機することにした。



<リン!>


 配信の開始を知らせるメッセージがアサヒのもとに届く。


「お、時間だ。始まるぞ……!」


 彼は早速、彼女の配信画面を開いた。


 ちょうど画面では、ヨミがダンジョンに入ろうとする所だった。

 ぽっかりと黒い口を開けた入口を背に、ヨミはこちらを向いている。

 

「えっと皆さんこんばんは!! 今日も配信をやっていきますね!」


 弾けるような笑顔で、画面に向かって挨拶をするヨミ。

 彼女の姿を見たアサヒの口元に笑みが浮かぶ。


 彼女の元気な姿につられたというのもあるが、原因は彼女の装備だ。


 ヨミはバックラーを手に持ち、背中に予備のラウンドシールドを背負っている。

 そして身につけているよろいには、すね当てと小手が増えていた。


 アサヒがコメントした内容が、そっくりそのまま採用されていたのだ。


 ヨミが自分のコメントを信用している。

 それを再確認したアサヒは、とっさにキーボードを叩いた。


『お、ヨミの新しい装備はいい感じだな!』


「はい! 伝説の探索者さんのコメントどおりにしてみました!」


 ヨミはそう言って目を細めて笑う。


(彼女は僕のコメントを信用している。裏切るわけには行かないぞ)


「第四層の情報は既に調べてある。まかせろヨミ……!」


 胸を高鳴らせ、ノートを開くアサヒ。

 しかし彼はまだ知らなかった。


 ダンジョンは「中に入った人間の強さに応じて」成長する。


 それが釜の淵ダンジョンに何を引き起こすのか。

 そもそもダンジョンがどういうものか。


 アサヒはそれを知ることになる――





※作者コメント※

なんぞ、不穏なことになってきたな……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る