第4層へ(1)


 ★★★


 家についたアサヒは、玄関の電気をつける。

 時間は既に午後7時を回っているが、帰ってきたのは彼だけのようだ。

 

 アサヒは2階の自分の部屋に向かう途中にあるダイニングキッチンを通った。

 キッチンは整然と片付けられ、コンロの上には何も乗っていない。


 彼は迷いなく冷蔵庫に向かってドアを開く。そしてラップのかけられたサンドイッチの乗った皿を取り出すと、それを持ったまま階段を登った。


 部屋に戻ったアサヒは、パソコンの前に座りノートだったものを開いた。


「ノートはバラバラになっちゃったけど、読むぶんには問題ないな」


 ノートのページにはシワが寄っているがそれ以上の被害はない。

 もし雨が降っていたら、この程度ではすまなかっただろう。


「最近晴れの日が続いててよかった。そこは良かった……かな?」


 歩道に押し付けられたせいでいくつか穴が空いている部分もあったが、内容が読めないほどではない。


 彼は踏みにじられたページの順番を確認して並べ直し、ホチキスで留め直した。


「これでよし、と」


 彼は修理したページをながめながら「うーん」とうなる。

 うなってはいるが、ノートを壊されたことに怒っている様子ではない。


「――こうなって冷静に見返すと、内容がとっ散らかってるな」


 ノートを破壊されたことで、彼の中で何かの変化が起きたようだった。

 彼は壊れたノートの横に真新しいノートを置くと、シャーペンを手に取った。


「ここをこうして、と――」


 アサヒは剣持から聞いた話を整理してノートに書き写していく。

 カルディアで彼がメモを取った時は、書くのに必死で整理も何もなかった。

 そのため不要な情報や、重複する情報が多かったのだ。


 彼が作った新しいノートは大事な情報がひと目で分かるようになっていた。


「うん、これでいい」


 アサヒは新しいノートをかたわらに置き、パソコンを付けた。

 ヨミの配信チャンネルにコメントを残すためだ。


「さて……『伝説の探索者』らしくいかないとな」


 アサヒはキーボードに手をかけると、文字を打ち込み始めた。


『俺だ、伝説の探索者だ! お前さんのこれまでの配信を見返して、装備を考えてみた。まぁ参考までに読んでくれ』


 アサヒは挨拶代わりのコメントを書いた。

 そしてメモと画面を交互に見ながら、彼はコメントを書き込んでいく。


『まず盾だが、これはバックラーが良いとおもうぞ。ヨミは機敏だからもっと軽くて素早く動ける盾のほうが良い』


『だがバックラーは遠くからの攻撃を守るには心もとない。遠隔攻撃を持つものがいるならラウンドシールドに切り替えるのが良いな』


 彼が書いたこのアドバイスは、剣持と相談して決めたものだった。


 バックラーはけっして万能な盾ではない。

 むしろ強みが尖っているぶん、弱点もきわ立つタイプの盾だ。


 近接攻撃には強いが、遠隔攻撃を得意とする相手には役立たずとなるのだ。


 一方のラウンドシールドは「初心者用」といわれる円盾だ。

 だが、初心者用といってこの盾を軽視してはいけない。


 初心者用と言われる装備はクセがなく、その分本人の能力を引き出せる。

 相手によっては十分役立つだろう。


『お前さんが前回ダンジョンに持っていったカイトシールドは遠距離戦向きだ。遠隔攻撃を持たないアイアンリザード相手に持っていくもんじゃなかったな!』


「こんな所かな。次は――」


『次によろいだが、ヨミの戦い方に合わせたものにするのが良いな』




★★★



 打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた殺風景系な部屋。

 部屋の奥にはパイプベッドがあり、少女が寝そべっている。


 スマホを片手にベッドの上でだらしなく寝そべっているのはヨミだ。

 彼女は動画共有サイトのショート動画を眺めていた。


<ピロン♪>


「ん、チャンネルに新着コメントがあります……?」


 ヨミはあるメッセージをスマホで受け取った。

 それは彼女のチャンネルにコメントの書き込まれたことを知らせるものだった。


「さては……伝説の探索者さんかな?」


 下品な笑い声をあげる動画を閉じると、ヨミはコメントの確認に向かった。

 彼女はスマホの画面上で指を滑らせ、じっとそれを眺める。


 人気のショート動画を見ているときでさえ、おおよそ表情というものが彼女の顔には浮かんでいなかった。


 しかし、今の彼女の口端は上がっている。

 ヨミは笑っているのだ。


「へぇ、面白いコンセプトだね……」


 アサヒのコメントを読み進めるたびに、彼女の笑みが深くなっていく。

 獰猛な笑みを浮かべたヨミは寝返りをうつと、天井に向かって話しかけた。


「バックラーはともかく、初心者用のラウンドシールドを勧めてくるっていうのがニクいね」


 通常、こういった装備や道具のオススメには、本人の見栄が出る。

 良いものは良い、と愚直に言えるものはそう多くないのだ。


「でも問題はバックラーよね。初心者って小さい盾は選びたがらないから」


 ヨミのいうとおり、普通初心者は大きい盾を選びがちだ。


 大きい盾は持っているだけで安心感を得られる。

 そうして初心者は使うには重すぎる盾を選び、バテて討ち取られてしまう。

 初心者にありがちな罠だ。


「私が前回の探索で使ったカイトシールドは、初心者感の演出のためにやったんだけど……これなら元の盾に戻してもおかしくない、か」


 ヨミはコメント欄を閉じる。

 そして通販サイトに接続して装備を選びだした。


「……ま、いいか。伝説の探索者のお墨付きだからね」


 彼女は手頃な価格のバックラーを選び、買い物かごに入れる。そして決済を終えるとスマホの画面を消してしまった。


 暗転したスマホの黒い画面には彼女の顔が写っている。

 ヨミは闇の中にある自分の顔を見つめて、うわ言のように呟いた。


「伝説の探索者は私の剣を知っている、本当に何者なのかしら……」




※作者コメント※

アサヒのメンタルの不屈のステータス、カンストしてない?

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