家路へ


「剣持さん、すごい人だったな……」


 アサヒはたくさんの知識をノートに貯め込んで、家路いえじについていた。


 彼が剣持から教えられた武器と防具の知識は、大変貴重なものだった。

 なにしろこの知識は、剣持本人が実際に体験して得た知識だ。


 こうした体験した知識というのものは、ネット上には少ない。

 実のところ、ネットにある情報というのは「複製」なのだ。


 ネット上でよく見られる「〇〇まとめ」といったまとめサイトは転載が多い。

 いや、転載だけならまだ良い方だ。


 ネット上にある「まとめサイト」は、サイトを見てもらう事が目的ではない。

 広告や情報商材の販売で収益をあげるのを目的にしているのだ。


 その都合上、まとめサイトは他のサイトより目立たないといけない。


 そこで目立つために、元となった情報の編集……。

 いや、歪曲わいきょくが行われる。


 例えば、こんな見出しにする。


「〇〇はヤバい!」「〇〇が終わっていると話題な模様」


 人目を引くために、情報を誇張こちょうしてねじ曲げるのだ。

 そして、これは実際に効果がある。


 人々は正確な情報を知りたいのではない。

 その情報で楽しんだり怒ったりしたいのだ。


 情報が本当に正確なのか、役に立つか、それは関係ない。


 そんなことよりも「話のネタにできるか?」が重要なのだ。


 面白い人だと思われたい。

 不正に怒る道徳的な人だと思われたい。


 そういった読者の欲求を満たせるように、情報を「調整」すること。

 それがまとめサイトの管理人の役目なのだ。


 情報が人の役に立つかよりも、感情が動くかが重要なのだ。


 こうして複製された情報は、人々によってさらに複製され変異していく。

 感情を動かす情報は、伝えたいという魔力を持つ。

 実際には経験したこともないのに「真実」としてかたる。


 ネット上にはこうした「真実っぽいもの」があふれているのだ。


 アサヒは散々これに悩まされてきた。


 彼がネットで情報を得ようとすれば、こうした無数の情報――

 感情を煽ったり、逆なでする情報と触れ合わないといけなかったのだ。


 だが、剣持との対話は違った。

 武器を作る者、そして使う者、両者を見た、誠実な対話だった。

 

 アサヒが何よりも得難いと感じたのは、この誠実さだったのかも知れない。


(早くこの情報をヨミに伝えたいな――ッ!!)


 夕方になり、街灯が点灯し始めた街角をアサヒは家まで歩いていた。

 しかし、歩みを進める彼の表情が急に固くなる。


 決して外で出会いたくない連中を、前方に見つけたからだ。


 向かいの歩道からこちらに来るのは、肩で風を切って歩く3人の少年だ。


 彼らは小剣を腰に差しており、スタッドを打たれた革で補強されたクロスアーマーを着ている。


 彼らはアサヒの同級生だ。


(うげ、ここでアイツらにうなんて……いやだなぁ)


 探索者を目指している者は、中学生くらいからダンジョンに入る。

 眼の前を歩く彼ら3人もそうだ。


 中央の少年は間中まなか

 向かって左が佐古さこ、右が右田みきただ。


 以前、アサヒは彼らからダンジョンに入ろうと誘われたが、断った。

 両親のことがあったからだ。

 しかし、彼らはそれ以来、アサヒのことを目の敵にしていた。


 モンスターを倒した、宝箱からアイテムを得た。

 そう言ったことを自慢した後、必ずアサヒの事をバカにしてくるのだ。


(いや、何も悪いことをしているわけじゃないんだ。このまま行こう)


 アサヒはノートを抱え、黙って歩道を歩き続ける。


 しかし、横に広がって歩く3人の少年は、彼に目をつけたようだ。

 たちまちアサヒを取り囲むと、間中がぐいっと彼の肩を押した。


 思いがけない力をかけられたことで、よろめくアサヒ。

 すかさず彼の胸ぐらを、中央の少年がつかんだ。


 たまらず「うっ」と悲鳴のようなうめきをあげるアサヒ。

 それを気にする素振りも見せず、間中は彼に怒気をぶつけた。


「おいアサヒ、オレたちを無視する気かよ!」


 おこりながらも、サディスティックな笑みを浮かべる間中。

 それは他人に苦痛を与えられることを、心から喜んでいるように見えた。


「き、気づかなかっただけだよ……」


「そんなワケあるか!」


 アサヒは突き飛ばされ、抱えていたノートが歩道に落ちた。


(いけない、ノートがっ!)


「ん、なんだこれ……?」


 ノートを拾い上げた間中は、ノートの中をあらためる。

 すると彼は、冷ややかな、意地の悪い笑みを口元に浮かべた。


「おいコイツ、行きもしないダンジョンのことを調べてるぞ?」


「はぁ? だっせー」


 佐古と右田は、眉をしかめながら、ゲラゲラとアサヒをあざ笑った。


「そんな笑ってやるなよ。臆病なアサヒにゃ、こんな事しか出来ないんだから」


「悪ぃー悪ぃー。出来ないやつが頑張ってるのに、笑ったら可哀想だもんな」


「調べるだけじゃ、何の意味もないけどな」


「ギャハハ!」


「調べるより、ダンジョンで学んだほうが早いって」

「それなー」


 彼らは大層楽しそうに微笑むと、自信に満ちあふれた眼差しでアサヒを見る。


 白けた笑いをつくる皮膚の下には、

 アサヒに対する軽蔑を隠そうともしていない。


「ま、頑張れよ」


 そういうと間中はノートを埃っぽい歩道の上に落とした。


 アサヒがノートを拾おうと、表情を押し殺し、ったまま手を伸ばす。

 すると間中は、彼のノートをぐしゃっと踏みにじった。


「じゃあな、負け犬」


 間中と仲間たちはノートを丁寧に踏みつけながら、アサヒの前を去った。

 後に残ったのは、クシャクシャになって、砂埃すなぼこりで汚れたノートだけだ。


 アサヒは何も言わない。


 ただ黙って、歩道の砂でざらつくノートを拾い上げる。


 ノートを持ち上げるとバラバラとページが落ちる。

 彼はそれを一枚一枚丁寧に拾い上げると、ぽつぽつと地面に黒い点が出来た。


 全てを拾い上げたアサヒは、大事そうに紙の束を抱えると、家路を急いだ。






※作者コメント※

(#^ω^)ビキビキ

三馬鹿ェ・・・この恨み晴らさでおくべきか

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