カルディア(2)


「えーっと……」


 アサヒは口ごもる。


 カルディアの店主の風貌は穏やかで、分厚い鉄の板を打っては曲げ、剣やよろいを作っている人間にはとても見えない。


 どちらかと言うと、アサヒのようにパソコンを前にキーボードを打っている方が似合いそうな見た目だ。


「ココにある商品は、おじさんが作ったんですか?」


「そうだよ。ここに並んでいるものは、全部僕が作ったものだよ。説明もできるから、遠慮なく聞いてね。ダンジョン探索者に興味があるのかな?」


「えっと、はい。えーっと……」


「僕は剣持けんもちといいます。持つんじゃなくて、持たせる方だけどね」


「……その、すみません。実は今日は買いに来たわけじゃないんです。」


「おやおや」


 アサヒはなぜか、自分が買うわけではないことを正直に言ってしまった。


 しかし、店主はそんな彼に「出ていけ」とは言わなかった。

 ただ、その優しそうな目をいっそう細めるだけだった。


「君くらいの歳だと、こういったモノに興味を持つのもわかるよ。僕もそうだったからね。まさか仕事にするとまでは思ってなかったけど」


「そうなんですか?」


「うん。ココに並んでいる武器や防具は、僕が子供の頃は映画やゲームの中にしかなかったけど、今は現実に存在して売り買いできる。すごい時代だよね」


「そうですね」


「あまりピンとこないかな?」


「そうですね……物心ついた頃には、もうダンジョン配信がありましたから」


「だろうね。さて、何が知りたいのかな?」


「えーっと……」


(この人に本当のことを言うべきだろうか。推しの配信者のために、お薦めできる装備の事を知りたいだなんて、妙な奴に思われるんじゃないかな)


 アサヒは本当の事を店主に言うべきか、迷っている様子だった。


 改めて問われたことで、アサヒは自分がしている行為を客観視できてしまった。


 推しの配信者のため、自分が使うわけでもない装備の事を調べてまわるというのは、献身的ではあるが、献身的すぎて逆に奇妙に思えてしまったのだ。


(自分で言うのも何だけど、ちょっと気持ち悪いことしてるよな)


 アサヒは顔に熱を感じ、せわしく自分の耳や頬を触る。

 それは自分の行為に気持ち悪さを感じ、拭い落とそうとしている様だった。


「ははぁ、なるほど。贈り物かな?」


「……えっと、そんなところかも知れません」


(いや、ヨミは「自分に合う装備を教えて欲しい」と言っていた。だからその事を店主さんに伝えればいいだけだ)


「なにか良さそうな装備があれば、それを教えて欲しいってこの子に言われて」


 意を決したアサヒは、自身のスマホを取り出した。

 彼はヨミの配信の過去動画の一部を、店主に見せることにしたのだ。


「ほう、動画か何かあるのかい?」


「えっと、これです」


 アサヒは、彼女がダンジョンで戦う様子を見せる。

 初心者用の盾と剣を使い、コウモリやゴブリンと戦う様子。

 そして第三層のアイアンリザードと戦う場面まで見せた。


「へぇ……この子、なかなかの実力だね。どこかで見たような――」


「え、えっとダンジョン実況者なんです」


「いや……実況ではなく、古い知り合いの剣筋に良く似ていると思ってね」


「そうなんですか?」


「お、これはいい動きだね。それにこの剣は……」


 剣持が感嘆の声を上げたのは、彼女が「スピリットサージ」を宝箱から手に入れた前後の部分だ。箱から剣を手に入れたヨミは、剣を抜くと短く演舞をする。


 アサヒもこの動きには魅入られたが、剣持も同じ感想を持ったようだった。


「なるほど……大体わかってきた。彼女が今使っているカイトシールドは、あまり彼女の戦い方にあっていないね」


「やっぱりそうですか?」


「うん、そうだな……よいしょ、彼女にはこの盾がいいんじゃないかな」


「それは……小さすぎませんか?」


 剣持が壁から取ってアサヒに見せたのは、小さな金属製の丸盾だ。

 鍋のフタの大きさくらいの、体を守りきるには心もとないサイズだった。


「これはバックラーと言って、主に接近戦に用いられる盾だ」


「接近戦に? 盾って接近戦に使うものじゃないんですか?」


「盾を大きくするのは何のためかな?」


「それはもちろん、身を守るため……剣とか、矢とか――あっ」


「そう、通常の盾は、そのために大きく作られている。矢や石といった、飛んでくるものを受け止めるためには、盾が大きい方が良いからだ」


「遠距離で矢を受け止めるために大きくしているってことですね」


「しかし、このバックラーはそうではない。目的が違うんだ」


 剣持が持っているバックラーの大きさは直径40センチほどだ。


 このサイズは一般的な歩兵用の丸盾の半分以下の大きさだ。

 少年であるアサヒの上体すら、隠しきれない。


「バックラーがこれだけ小さいのには理由がある。というのも、この盾は矢弾から体を守ることを目的に作られてないんだ。この盾が想定しているのは近くで剣を振り上げている相手なのさ」


「あ、だから接近戦に用いられるって言ったんですね」


「その通り。通常の盾は相手の攻撃を『受け止める』ために使う。しかし、バックラーは『打ち払う』ために使うのさ」


 するとアサヒは、剣持からバックラーを手渡された。

 持ってみると、思った以上にズシリと来る。


 バックラーの重さは1キロ以上あるだろうか。

 アサヒの体感だと、1.5リットルのペットボトルくらいの重さに感じられた。


「軽いとおもったかな、それとも重いと思ったかな?」


「えっと、思っていたのより、重いと思いました」


「それは一番軽い。通常の盾はそれの倍以上の重さがある。」


(ヨミはこれより重い盾を使っていて、あれだけ動いていたのか? 彼女みたいなダンジョン探索者って、やっぱりすごいんだな)


「すごいですね……これでも僕には、とても振り回せる気がしません」


「見栄をはらず、正直な感想を言えるのはいいね。君は探索者向きかも知れない」


「そんな……セールストークですよね?」


「いや、本気さ。探索者ってのは強がるからね。無理して体に合わない装備を持っていきがちなんだ。まぁ、いったん話を戻そう」


 そういって剣持はカウンターの中にあった棒を手に取る。

 右手にバックラ―左手に棒。そして彼は何かを実演しはじめた。


「相手が攻撃する時、そこには攻撃の「芯」というのものがあるんだ」


 そう言って棒を振りかぶって見せる剣持。


「例えば剣を振る時、剣は衝突する直前が一番力強くなる」


 手首を回し、軽く盾を棒で小突く剣持。

 扇状の軌跡を残す棒は、たしかに盾に近づくに連れて加速して、甲高い音を店内に響かせた。


「バックラーはそうなる前に打ち払い、相手の攻撃をくじくことに使う。そうやって反撃の糸口を作るんだ」


 剣持はそう言って、回る前の棒をバックラーで抑える。

 すると今度はゴツンと小さく鈍い音がするに留まった。


(この人なら、きっと信用できる。)


「武具のこと、もっと教えてください!」


「うん、いいとも。君の推しのためにも、じっくり学ぼうじゃないか」


「あ……はい!」


 目的を見透かされたアサヒは、照れくさそうにはにかんだ。


(ドンキホーダイにいけなかった分も含めると、残りの時間はたっぷりある。その時間は全て、カルディアで使おう!)


 アサヒはいつも使っているノートをを取り出し、剣持の口から次々と繰り出される貴重な武具の知識を、片っ端からノートに書き込んでいった。


 剣持から伝えられる知識は、決してネットの記事では得ることができない。

 血のにじんだ経験からなる、恥と後悔も混じった、活きた知識だ。


 アサヒは彼の言葉を聞き、彼の経験をノートに刻み続けた――





※作者コメント※

ふぅ……装備回はここまで(テカテカ

次回は日常回を挟み、ダンジョン探索回につなぐ予定です

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