英雄の話は肯定され───

申し訳ございません、締め切り増えてしまったので更新遅くなります(´;ω;`)


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 さて、盛大な余興が終わればパーティーだ。

 ひと思いに楽しんだ招待客は続々と元の会場へと戻り、思い思い積もった話を投げていく。

 もちろん、その話題の中心というのは英雄の兄であり、ごく潰しと馬鹿にされているあの青年だ───


「兄は帰るぞ、帰るったら帰るからな!?」

「おにいさま、パーティーの途中退場は特別な事情がない限り紳士淑女のマナー違反なんだよ……ッ!」


 入り口付近でじゃれる二人。

 じゃれると言葉を濁してはいるが、実際には帰ろうとしている兄の腰にアリスがしがみついて必死に食い止めようとしている構図。

 なんとも紳士淑女が集まるパーティーに相応しくない光景である。


「馬鹿、紳士淑女のマナーなんか気にしている場合じゃないのよお兄ちゃんは! だから、ほら! 早く逃げますわよこんな馬車馬のオークション会場から!」

「私はもっとおにいさまを自慢したいー!」

「もう隠そうともしないな下心をッ!」


 どうしてこんなことになっているのか? もう説明しなくてもお分かりだろう。

 一時の感情に流され、先程チシャは現役の魔術師団の人間と戦った。

 英雄とも呼ばれる妹と一緒だったとはいえ、正に圧倒。手も足も出させなかった実力は多くの人間の目に留まってしまった。

 それ故に、下心を隠し切れない貴族はチシャの話で持ち切り……当たり前だ、魔術師団の人間を圧倒できるほどの逸材が隠れていたのだから。

 驚きの余韻が残っている者、切り替えて政治や軍の道具として獲物を捕らえようとする者、新しい話題に興奮する者。

 様々だろうが、やるべきことは一つだ。

 アリスの話は肯定された。

 あとは、唾をつけられていない人材を確保するために動くだけ。

 そんな魂胆と視線を感じているからこそ、チシャは一刻も早くこの場を去りたかった。

 しかし、時はすでに遅し───


『チシャ様、今少しお話よろしいですかな!?』

『是非とも、我が娘と……!』

『我が領地に来ていただければ、それ相応の───』


 一瞬でチシャの周りに会場に集まった貴族が埋め尽くす。

 もう少し本気で抵抗して逃げていればこのようなことにはならなかっただろう……まるで逃がさんとばかりに、下心を隠していない貴族の群れがチシャの周囲を囲った。


「ひぃっ! 手首がねじ切れんばかりに手のひらを返してくる馬車馬の馬主が集まってきた!」

「むふん! ようやくおにいさまの凄さが分かったか!」

「お嬢さん、胸を張ってないで助けて! これもう普通に俺に対しての罵倒の方が心地いいぐらいよ!」


 アリスの話は肯定され、チシャの凄さは貴族に伝わった。

 領地を纏めるのはここにいる人間だ。そんな人間が信じれば自ずと領民にも信憑性が伝わってしまうだろう。

 今まで味わってきた『ごく潰し』という罵倒が聞けなくなりそうで、チシャは怯えるばかりだ。妹は誇らしげなのだが。


「ごめんなさい、ちょっと道を開けてもらえるかしら?」


 そんな時、またしても人混みの中からそんな声が聞こえてくる。

 声に従い道が開いた先には、リーゼロッテとセンシアの姿があった。

 二人はチシャ達の下へと向かい、ひっそりと耳打ちを始める。


「(ねぇ、ここから逃がしてあげましょうか?)」


 端麗で美しい顔立ちと甘い臭いが近づき、チシャは思わず胸が跳ねてしまう。

 だが、それよりも口にされたワードの方が刺激的で───


「(あぁ、救世主メシア! 俺、一生ついて行きます!)」

「(あら、そんなに喜んでもらえるとは思わなかったわ)」


 四方八方塞がれた状態で逃がしてくれるなど、チシャにとっては渡りに船どころの話ではなかった。

 溺れている時に手を差し伸べられたような気持ち。チシャは感涙しながら王女の手を取って頭を下げる。


「むぅー……距離が近いんですけどー、そこは妹である私のポジションなんですけどー」

「……羨ましいです」


 一方で、蚊帳というほど離れてはいない場所で二人のやり取りを見るアリスとセンシア。

 それぞれ頬を膨らませたり少しばかり羨ましそうな瞳で見つめたりと表情は違うが、二人は同じような感情を抱いていた。

 とはいえ、そんなこと救世主メシアを目の前にしたチシャが気づくわけもない。


「さぁさぁ、王女様どこに行きます何をします!? 今ならマッサージからトランプのお相手でもなんでもしますよ!?」

「じゃあ、応接間に行きましょうか。そこなら私達以外誰も来ないだろうし」

「承知っす!」


 おらおらどけどけー。なんて口に出しそうなテンションで開いた人混みの中を歩き始めるチシャ。

 正当な理由……王女が話したいというのであれば、群がっている人間がいくら重鎮だとしても遮ることはできない。

 だからこそ、チシャは溜まりに溜まった鬱憤が消え去ったような晴れ晴れとした様子で会場の外を目指した。



 ♦️♦️♦️



 そして───


「じゃあ、誰の邪魔も入らないし……早速♪」

「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 ───まんまと罠に嵌ったチシャの叫び声が、会場ではない別の場所で響き渡ったのであった。

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英雄を育てた伯爵家のごく潰し、妹の兄自慢により何故か王家の魔術師団に入団させられる〜私が強いのもお兄様の教育の賜物です!〜 楓原 こうた【書籍5シリーズ発売中】 @hiiyo1012

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