一戦が終わって

 リーゼロッテの唐突な敗北宣言。

 その言葉は訓練場にいる人間全員を驚かせた。


『お、おい……嘘だろ?』

『まさか王女様から敗北宣言をされるとは……』

『しかし、まだ王女様は戦われて―――』


 疑問、疑問、疑問。

 そんな空気がありありと伝わってくる中、リーゼロッテはただただ両手を挙げるだけ。

 なんと拍子抜けなことか……と、思う人間も少なからずいただろう。

 しかし、その思いも疑問も激しい地鳴り音で中断された。


「……おい」


 ッッッッッッッッッッッッッッッンンン!!! と。

 チシャが勢いよく地面に踏み出すような形でクレーターを作る。


「敗北宣言するなら、まずはアリスを解放しろ。問答はそれからだろ?」

「驚いた……まさか私の魔術を自力で抜けるなんて。これなら本当に手を挙げて正解だったかもね」


 リーゼロッテが軽く指を鳴らすと、アリスは紐が解けたかのように一瞬体を崩した。

 そして、居心地が悪かったのか、息を大きく吸い込んでその場にへたり込んだ。


「うぎゃー……きっつい、王女様の魔術きっつーい」


 先程まで己の体を縛っていた力。

 それが解放されたのだろうというのは、アリスが動けた時点で察せられた。

 とりあえず妹の体が動けるようになったことで、チシャの額に浮かんでいた青筋が元へと戻っていく。


「本当はこれが正しい反応なのだけど?」

「そりゃ、アリスと俺とじゃ毛色が違うからな……あ、いえ違います」

「もういいわよ、そのまま話して。変に取り繕われる方が寂しいわ、不敬罪も手遅れだし」


 いいんだろうか? と、チシャは首を傾げる。

 一方で、動けるようになったアリスはフラフラとした足取りでチシャに向かって両手を広げた。


「おにいさまー、私疲れた頑張ったー」

「おいこらそんな動いてないでしょ抱き着くんじゃありません今の腕でッッッ!!!」


 アリスは魔術でインプットした巨大な隻腕のまま。

 今の姿で抱き着かれれば容易に肋骨も背骨も砕けるだろう。妹のスキンシップが一生寝たきりの自堕落生活への切符である。


「でも、王女様? 最後までやらなくていいんですかー?」


 一瞬で華奢な腕に戻したアリスはチシャに抱き着きながらリーゼロッテに尋ねる。

 その純粋な疑問に、リーゼロッテは肩を竦める。


「客席からでも分かるゴールデンコンビに単体でやっても恥を晒すだけよ。こんなことなら様子見せずに早めに参入しておくんだったわ」

「それでもおにいさまと可愛い妹が勝ってましたけどね!」

「アリスさんやい……過剰なアピールはやめておくれ。自堕落ボーイっていうレッテルの挽回が難しくなってくるから」

「あら、もう手遅れだと思うわよ?」


 はて、なんのことやら? チシャは首を傾げ、さり気なくリーゼロッテが指を差した客席の方へ視線を向ける。

 すると―――


『それより、あのごく潰しが……』

『アリス様の話は本当だったってことだな!』

『如何に我が家に取り込めるか……会議が必要だな』


 ……そんな、悲しいお言葉が耳に届いた。


「なぁ、アリス……お兄ちゃん、亡命しようと思うんだ」

「何事!? エンドロール手前のシリアス展開に出くわしたぐらい涙出てるけど、本当に何事!?」


 今更ながらに、ことの重大さを知ったチシャ。

 そりゃそうだ、こんな公衆の面前で王家の魔術師団をボコって実力を見せれば皆アリスの話を納得するよこれはもうトンズラするしかないよね自堕落ライフのためにッッッ!!! 的な内心故に、現在チシャは涙を流しているのであった。


「それより大丈夫、センシア?」


 チシャが涙を流し、元凶であるアリスが驚いている間、リーゼロッテは倒れるセンシアへと声をかける。

 すると、重たく、ゆっくりと持ち上げているかのような動きでセンシアが体を起こした。


「私、は……大丈、夫……で、す」

「まったくそうは聞こえないのだけど?」

「本当に、問題ありません……」


 リーゼロッテの心配を他所に、センシアはおぼつかない足取りでチシャ達へ近づく。

 敵意は……なさそうだ。というより、今拳を向けられても億が一負けることはないだろう。

 だからこそ、チシャとアリスはセンシアが近づいてきても警戒態勢を取ることはなかった。

 そして───


「……申し訳、ございませんでした」


 センシアは、深く頭を下げた。


「今までの非礼、及び発言について謝罪いたします」


 もしも、権力の偉大さに溺れた小心者であれば、ここで負けを認めずやっかみでも口にしていたのかもしれない。

 しかし、センシアは第一声で謝罪を口にしてきた。

 下に見て、嫉妬して、信じすらしなかったこの少女がすぐに過ちを認める。

 恐らく、真面目な子なのだろう……そう、チシャは思った。

 だからこそ、チシャは思わず


「え?」

「謝罪は受け取った。っていうわけで、これで蟠りはなしってことで。頭下げてくれてありがとうな」


 何故、己の頭の上に手を置いてきたのか?

 何故、己にお礼を言ってきたのか?

 失礼なことを口にし、侮り、馬鹿にして妹を傷つけるような発言をした。

 にもかかわらず、謝罪した上で許された……だけでなくお礼まで言ってきた?

 何故? 噂に聞いていたあのごく潰しが? センシアの頭の中に疑問が並ぶ。

 しかし、向けられている柔らかい笑みから、どうしてか目が離せなくて───


「……おにいさまがタラシてる」

「……おっと妹よ、今なんかいい場面だったんだ。シチュエーションの矛盾を回避するためにも、お兄ちゃんの首を絞めないでおくれ」


 乙女なアリスちゃんは何やら感じ取ってしまったらしい。

 兄の首がゆっくりと絞まっていき、なんだかいい雰囲気が台無しになってしなった。


「まぁ、私は少し不燃焼で後味が悪いけど……綺麗に話が纏まったならよしとしましょうか」


 リーゼロッテが空気を締めるように手を叩く。


「じゃあ、これからよろしくお願いするわね───♪」

「待って何がこれからのよろしくなの? 不穏しかないけど何もしないからな帰るからなこの国トンズラするんだからッッッ!!!」


 かくして、兄妹と魔術師団の一戦は終わる。

 これによってどんな結果と代償が生まれるのかは……悲しくも、すぐに分かることになるだろう。

 少なくとも、チシャはそんな予感がするのであった。

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